サイドA






花井の言葉に 確かに不便極まりない、 と内心でぼやいた途端にあることを思いついた。
そして チャンスだ、と思った。
何がなし、ウキウキした気分さえあった。

声は出ない。 けど三橋なら。
オレの考えていることをわかってくれるかも、しれない。
何しろ夫婦だ。
それも公式だけじゃなく、秘密裏にも立派に夫婦なんだし!
そうなってからの付き合いだってもうかなり長い。
最初の頃は本当に意思疎通が困難でイライラしたもんだけど今は違う。 (と思いたい。)
自分で気付いてないだけで、言葉で言えなくても意外と何でもわかっちゃうかもしんない。
うん、 いけるきっといける!!!

そう前向きに考えたオレは三橋に 「通訳」 を任命した。
遅れてやってきた三橋は不安そうな顔をしたけど。
きっと大丈夫おまえならできる!

確信しつつも、成り行き上皆が固唾を呑んで見守っているので、最初は無難な内容にしてみる。

『今日は声が出ないから、おまえがずっと傍にいて通訳するように』

そう念じながらじいっと三橋の目を見た。

「『今日も練習頑張ろうな』・・・・・?」

(違う!!)

顔を横に振りかけて、ハタと気付いた。
ここでダメ出しをしたら皆が 「なーんだ」 と思うに違いない。
しょせんはバッテリーと言っても他人だと。  それはオレとしては面白くない。
オレと三橋は「特別」なんだとぜひとも強固にアピールしたい。

コンマ1秒の間にめまぐるしくそう考えたオレは、大きく頷いた。
皆が歓声を上げ、三橋は嬉しそうな顔になった。
ホっとしながらもやや後ろめたい。
今度こそ、とまた強く念じながらじいぃっと三橋を見た。

『昨日投球数若干オーバーしたから、今日は少し抑えよう。』

「『今日は投球練習に重点を置こう』・・・・・?」

(ち、ちが・・・・・・・・・・・・うどころか逆だぜ!!!!!)

内心でがくっとしながらまたうんうん、と頷いた。 むなしい。
表面は平静を保ちつつ、心の中でがっかりしかけて 待てよ、と気を取り直した。
よく考えれば練習のことはやっぱダメで当然だ。
もっとプライベートなことならきっとわかるわからせてやる!!!!!

そう考えたら他の連中が邪魔になった。 2人になりたい。
まだ時間に余裕もあるし、その間に確認したい。
なので花井の言葉に まだ時間あるぜ? と不審に思いながらも
訂正せず (幸いというべきかできねーし) じりじりと2人になるのを待った。
花井の勘違いに密かに感謝しながら。
でも部室を出る直前の花井の言葉とその時の顔を見て。
わかってしまった。  わざとだ。  花井にはバレたのかもしれない。

(・・・・・・あいつ、ほんとにいいヤツだよな・・・・・・・)

改めて真面目に感謝しながら、慌てて着替える三橋を手伝ってやった。

「あり、がと。 阿部くん」

(どーいたしまして。 でも早く試したいんだもん。)

着替えを終えてドアに向かおうとする三橋の肩をつんつん、とつついたら
振り返ってオレを見てちょこんと首を傾げて なに? という顔で待っている。

(か、かわいい・・・・・・・・・・・・)

という思いをそのまま目に込めてみた。

『かわいいな、三橋』

「えーと、 『腹減った』・・・・・・・・?」

(ちっがーう!!!!!!!!)

いや待てよ。  「かわいい」 なんて今まで1万回くらい思ってるけど
そういえば口に出して言ったことは一度もない。
わからなくて当然だな、うん!  じゃあ次。

『今日うちに泊まりに来いよ』

(これならわかるだろう!!! 何度も言ってるし!!!!!)

三橋は訝しげな顔をしてしばらく考えた。
それからその顔がぱっと輝いた。  よし!いいぞ!!!

「『帰りにいっしょに肉まん食おう!』」

(何 で そ う な る ん だ よ !!!!!)

キレそうになりながらも必死で抑えて息を整えた。 やけくそでもう一度。

『好きだ! 三橋!!』

「『なんなら奢ってやる』・・・・・・・・?」

(こ、こ、こ、 こ の や ろ う ・・・・・・・・・・・)

と思った途端に。
三橋の表情が怯えた。 だけでなく1歩、後ずさった。

(何で逃げんだよ!!!!)

「え、だって阿部くん、 怖い顔、してる・・・・・・・・・」

(何でここだけわかるんだ?!!)

「あ、あ、べくん、 怒って、る・・・・・・・・・」

(だ か ら 何 で そういうのだけ!!!!!)

オレはもう腹が立つやら情けないやらで、今度こそぶちっとキレた。

(目だけで伝えようとするからダメなんだくそ!!!!)
(抱き締めてやるコノヤロウ!!!!!)

感情と行動がちぐはぐな気がするとどこかで思いながらも手を、伸ばそうとしたら。
それより早く三橋が びょん! と後ろに飛びのいた。

(・・・・・なんで? オレまだ動いてねぇのに!?)

「あの、今は、 その」

(わかったのか? オレの思惑が?)

「こ、これから練習だし、」

(だから・・・・・・・何でそういうのだけわかんだよ・・・・・・・・・?)

ぐったりと、オレは脱力して座り込んだ。  
そして思った。

(オレたち、よく恋人になれたよな・・・・・・・・・・・・・)
















                                            以心伝心 了 (オマケ

                                              SSTOPへ






                                                     ほんとだよね。