訪問-1





今日から部活がない。
試験まで1週間を切ったからだ。
学生の本分はやはり勉強(らしい)ので試験勉強くらいはちゃんとしなきゃならない。
でも何となく帰りがたくて、意味もなくその辺をうろついてみる。
その辺というか正確には9組の前の辺りの廊下というか。

昨日三橋は頭にボールを受けて病院に行った。
そのアクシデントで久々に至近距離で三橋に接して、
自分がものすごく無理をしていたことが痛切にわかってしまった。
心配しながらも、三橋の隣にいるのはひどく心地良かった。
理屈抜きで自分の場所はここだ、という感覚があった。
それに後悔もした。
幸いコブ一個で済んだから良かったようなものの、
もっと大事になっていたらと思うと体の芯がぞっと冷たくなる。

ちょっとだけ。   帰る前にちょっと見るだけ。
元気な姿を見て安心したい。

まるでオトメのような自分の思考に辟易しながらも、9組の教室を覗いたけど姿が見えない。
(もう帰ったのか?)  と思いつつも、
でも帰る気にもなれず、うろうろしていたら田島が出てきた。

「あ、阿部!」
「よう」
「ちょうど良かった!」
「? 何が?」
「阿部さ、今日三橋んち行く?」
「?? 何で?」
「あ、あいつ今日来てねーんだ。 休み。」
「何で!!!」

オレは慌てた。 昨日の検査では異常なしって出てたじゃないか。
あの後何か悪くなったのか?

「や、理由はよくわかんねぇんだけど。」
「・・・・・・・・・。」

内心焦りまくりながら考え込むオレに田島は
「行くだろ!」 と聞いてきた。 聞くというよりほとんど断定だ。

「何でオレが」
「だってバッテリーじゃん!」

それ理由になってないと突っ込みたかったけど、行かないと即答できなかったのは
やっぱりどこかで行きたい気持ちがあったからだ。
正直なところ 「どこかで」 なんてもんじゃなくて。
行きたくて気が狂いそうな自分も本当はわかっていた。

「でさ、これ頼みたいんだけど。」

がさがさとプリントの束を渡された。

「明日でもいいのかもだけどいつまで休むかわかんねぇし、
 それ試験の日程と範囲とかだから早いほうがいいだろ?」
「あー・・・・まぁそうだな・・・・・・・」

結局行くとも何とも言ってないのに。
「悪い、オレ今日ちょっと用事あってどうしても早く帰りたいんだ。 頼むな!」
言うなり、田島はさっさとまた引っ込んでしまった。

頼まれちゃったものは仕方ない。
頼まれたから行くんだからな! と自分に言い訳しながら三橋の家に向かった。
でも歩きながら気になったことがあった。
三橋以外家に誰もいないんじゃないか、ということだ。
具合の悪い三橋が一人でいる、ということの心配と同時に
そんなところにオレが行っていいのか (自分が信用できねぇから) という躊躇、の
2重の意味で不安になった。
けど、そんな心の中の言い訳とか葛藤とかとは裏腹に、
何だか猛スピードで歩いちゃったんで (ほとんど競歩だぜ) あっという間に着いてしまった。






○○○○○○

オレの心配は杞憂に終わった。 幸いおふくろさんがいた。
三橋によく似たおふくろさんは愛想よく迎えてくれた。

「あの子熱出しちゃったのよ。
 昨日のことがあったから一応病院に行かせたんだけど、風邪みたい。」
「風邪・・・・・ですか」

とりあえずホッとした。

「それで今眠っちゃってるのよね〜」
「あ、じゃあこれ、渡して下さい。」

どこかでがっかりしながら、オレは玄関でプリントだけ渡して帰ろうとした。  のに。

「起きるかもしれないから上がってって! ね!」 

言葉だけでなく、強引に腕を引っ張られた。  顔は似てるけど性格は違うんだろうか。
顔を見たい気持ちがあったせいできっぱり辞退することもできず、部屋まで案内されちゃって、
(いいのかなこれ、 相当まずいよなオレ的には)  なんて悩んだところでどうにもならず、
気付けばオレは三橋のベッドの傍に座らされてた。  ジュースまで出されちゃって。

しかも続いて。

「私、ちょっとだけ出かけなくちゃならなくて、
 悪いけどその間だけいてくれる?  30分くらいだから! ね?」

弾丸のように言われて、内心で焦ってワタワタしているうちにさっさと行ってしまった。
やっぱり性格違う。  ていうか。

(今日は何だかよく振り回される日だな・・・・・・・・・・)

仕方なく改めて三橋を見た。 上向いて寝てる。
顔がちょっと赤い。  熱のせいかな。  でもそんなに苦しそうでもない。
額に触ってみたいけど勿論そんなことする気はない。

眠っている三橋を見る機会なんてそんなにないから、この際開き直って思う存分眺めることにした。
三橋は色が白いから多分皮膚が薄くて (よくわからないけど)
そのせいか普段から唇が赤めなんだけど、熱のせいかいつもより赤く見える。
すっげーきれいな色。

じーーっと唇だけ見てたら心臓がばくばくしてきた。

よく寝てるから少しくらい触っても起きない、 かも。
なんて考えがアタマをよぎった。

(なーんてな、やらねぇけどな。)

慌てて自分で突っ込んでみたもののさらに心臓がうるさくなった。  体が熱くなる。
体ってホント正直だ。 もうイヤってほどわかってるけど。

(・・・・・・ちょっと。 ちょっとだけなら。)

イスから立ち上がってみたりして。
それから、三橋の顔のほうに少ーし、近づいた。  でも。
(もちろん何にもしないけどな!!)
頭の中で呪文のように繰り返す。
(じゃあ何でオレ立ってんだよ という別の小さな声が聞こえるような気がするけど。
 そこはまぁ無視。)
と、 その時。

彼女の存在が一瞬脳裏を掠めた。
途端に水を浴びせられたような気分になった。
悲しいような腹立たしいような、何ともいえないやりきれない気持ちになった。
やるせない気分のまま、三橋の顔に目を落として。

オレはきっちりと固まってしまった。  なぜなら。

寝ている三橋の目から、  涙が すーっと一筋流れたからだ。














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