訪問-2
夢を見ていた。 これは夢ってわかった。 そういうことが時々ある。 熱のせいで変な浮遊感があって朝からうとうと寝ては少し起きるというのを 繰り返したせいか、ずーっと夢ばかり見ている。 熱のあるときの夢は何でか色がはっきりついていて、 暗い中に赤や緑の何か形のないモノがふわふわしていたり 自分もその中で漂っていたりする。 けど今日は珍しく人間が出てきた。 阿部くんの背中が見える。 嬉しくて駆け寄ろうとしたら、阿部くんの隣に女の子がいることに気が付いた。 オレに背を向けて、並んで何か話している。 すごく楽しそうに。 オレは足を止めてそんな2人を見ていた。 だんだん遠ざかっていくのをずっと見ていた。 涙がぼろぼろ流れるのがわかったけど、これは夢だからいくら泣いてもいいんだ。 その時阿部くんがふっと振り返ってこっちを見た。 と思ったら女の子を置いてあっという間にオレの側に走ってきてくれた。 「なに泣いてんだよ」 言いながら優しく涙を拭いてくれる。 すごくいい夢だ。 それからそっと、キスを、してくれた。 うわぁ、 と嬉しくなった。 なんて幸せな夢。 もっともっとずっと見ていたい。 なのに、阿部くんの姿がぼやけてきちゃった。 もっと見たいのに。 もっと。 焦っていたら、また阿部くんの顔がはっきり見えた。 大丈夫。 まだ続いてる。 嬉しいな・・・・・・。 ○○○○○○○ オレは今や完全にびびっていた。 涙を流しながら眠る三橋の顔をしばらく凝視していたけど、 ひとつまたひとつと零れ落ちて、ちっとも止まらない。 悲しい夢を見てるのかなと思ったらどうにかして何とかしてやりたくて、 でも病人を起こすのも気がひけて、指でそっと涙を拭いてやった。 そーっとそーっと。 そしたら止まった。 (あぁ良かった・・・・・・・・) それからほんのちょっとだけ。 親指で赤い唇に触れた。 ほんの一瞬。 信じられないくらい柔らかくてぎょっとして、 もう少し・・・・・・・・・と望む気持ちを必死で抑え込んで手を離した、その途端。 三橋がつぶやいた。 「もっと・・・・・・」 「!!!!!!」 (お、起きてるのか???!) びっくりして硬直してしまった。 息を詰めて様子を伺うと。 (・・・・寝てるよな・・・・・・・・) はーっと安堵のため息を吐こうとしたところで、今度はすぅっと目が開いた。 また固まるオレ。 開いたっつっても全部じゃなくて半分くらいだ。 いつもパカっとでかい三橋の目が半分閉じてて、 しかも熱のせいか涙のせいかうるうると潤んでいる。 (うわぁ・・・・・・・・・・・・) その目でじぃっとオレを見ている。 オレも目が離せない。 息もできない。 次の瞬間、 三橋は にへーっと嬉しそうに笑った。 と思ったらまたすぅっと目を閉じた。 続いて、規則正しい寝息が聞こえてきた。 (・・・・・・・寝てる・・・・・・・・・・。) 今度こそ、やっと詰めていた息を吐いた。 何というか。 (・・・・・・心臓に悪ぃ・・・・・・・・・・・) それからイスに座りなおして、三橋の寝顔を見つめた。 おばさんが帰って来るまで、黙ってずっとその寝顔を見つめ続けていた。 ○○○○○○○ ぱちっと目が覚めた。 頭が軽くなってすっきりしてる。 あー熱下がったんだなと、 自分でわかった。 周りを見たら薄暗い。 (もう夕方かな・・・・・・・・・・・) 結局ほとんど1日中寝ていたみたい。 ここしばらくちゃんと眠れてなかったから、それもあるのだろうと思う。 (すごく幸せな夢見た・・・・・・・・・・) にへっと顔が緩みかけたけど、次の瞬間現実を思い出して気持ちが沈んだ。 幸せな夢を見るのは好きだけど、この瞬間はすごくつらい。 調子のいい夢のバチが当たるみたい。 プラスの分のマイナス。 プラスが大きいほどマイナスも大きい。 じっと痛みに耐える。 起き抜けって一番自分に正直な時間帯だと思う。 ごまかしが効かなくて心がきゅーっと痛む、 この痛みにはなかなか慣れない。 「廉、起きた?」 お母さんの声にドアのほうを見た。 「うん・・・・・・今目が覚めた。」 「午後阿部くんが来てくれたのよ。 あんた起きなかったみたいだけど。」 「えぇ?!!」 思わず、がばっと起き上がってしまった。 「な、何で・・・・・・・」 「わざわざプリント持って来てくれたから、ついでにちょっとだけ留守番も頼んじゃった。」 「えっ・・・・・・・・」 「あんた寝てたし、黙って置いてくの心配だったから助かったわぁ。」 そこで初めて机の上の、朝にはなかったプリントの束に気が付いた。 それからいつもと少し位置の違っているイスを見て、 夢の内容を思い出したら顔が熱くなってきた。 恥ずかしい。 でも嬉しい。 (来てくれたんだ・・・・・・。) (明日お礼言わなくちゃ・・・・・・・。) オレの気持ちは出口がなくて苦しいだけだけど、 阿部くんはちゃんとオレの球を受けてくれるし、最近はまた構ってくれるようになった。 昨日だってすごく優しかった。 それだけでもう充分だ、 と思う。 この余計な気持ちはすぐにはなくなりそうもないけど。 オレは野球頑張って、もうそれ以上のことは望まないんだ。 少しだけ吹っ切れたような気持ちになって。 明日からまたちゃんと頑張ろう、 とオレは思った。 訪問-2 了(オマケへ) SSTOPへ |
その前に試験頑張ってね。