方法に難あり(後編)





「話があんだけど。」

昼休みに9組の教室まで出向いて三橋にそう告げたとき、
阿部は自分では気付いていなかったけど凶悪な顔をしていた。
三橋でなくてもビビってしまうくらいの。
三橋は早くも青くなった、けど阿部の有無をも言わさぬ様子に気圧されて頷いた。

誰もいない屋上に来て、 さてと、 と阿部は三橋と向き合った。
三橋は相変わらず俯いてその表情を隠している。
すっかりお馴染みになったムカムカが這い上がってきたのを何とか抑えて阿部は言った。

「何でオレのこと避けてんのさ。」
「避けて、  なんか・・・・・・・・。」
「でもオレの顔見ねーじゃんよ!」
「・・・・・・・・・。」
「こないだのことは、・・・・・オレが悪かったけど、そのちょっと前からだろ。」
「・・・・・・・・。」
「オレ何かした?」

三橋は黙ったまま顔を横に振った。

「じゃあその態度は何だよ。」
「・・・・・・・・。」
「理由を言ってくんなきゃオレだってわかんねぇよ。」

ようやく三橋が口を開いた、と思ったら内容はさらに阿部をイライラさせるものだった。

「・・・・・・言え・・・・ない。」
「何で!!」
「・・・・言いたく、ない・・・・・・・・」

阿部はかーっとした。

(抑えて抑えて)

念仏のように自分に言い聞かせながらも、もう我慢の糸が今にも切れかかっているのを
阿部は感じた。

「何で言えねぇんだよ! じゃあオレにどうしろっていうんだよ!!」
「ごめ・・・・なさ・・・・」
「謝ってほしいわけじゃねぇんだ。  理由を言えっつってんだよ!!」
「・・・・・・・・。」
「三橋!!」
「・・・・・・・・。」
「何でオレの目ぇ見ないんだ・・・・・・」

あの時と同じ、凶暴な衝動が湧き上がってくるのをどうすることもできなかった。

「また、見させてやろうか・・・・・・・・・・?」

不穏なその言葉にびくりと、三橋の肩が揺れた。
構わずに阿部は三橋の肩を掴んで引き寄せようとした。
けれど、三橋は今度は素早かった。
阿部が次の行動に移るより早く、自分の手で阿部の口をがばりと塞いだのだ。
そして正面から阿部を見た。 正確には睨み付けた。
阿部は驚いた。  三橋のそんな表情を初めて見たからだ。

「い・・・イヤ、だ!!!」
「!!」
「阿部くんは・・・・・・・オレのこと、 す、好きでもない、 のに」

涙声になった。

「オレは、イヤ・・・・・だ!!!」

叫ぶなり身を翻して三橋は逃げてしまった。

阿部はまたしても1人で取り残された。
またもや上手くアタマが働かない。
三橋が怒ったからだ。 しかも自分を睨んだ。 その事実に思いがけなく強いショックを受けていた。

(あいつが、  ・・・・・・・・怒った・・・・・・・・)

その1点だけがぐるぐると頭を駆け巡る。
普通の人間なら怒って当然だ、とどこかで納得しながらも衝撃を受けている自分は隠しようがない。
呆然としていたら視界の端に動くものが見えた。
ぎょっとしてそっちを見ると給水塔の上に花井がいた。


「・・・・・・よう」
「花井」

阿部は非常に気まずい気分になった。
今回は未遂だったとはいえ、変なところを見られてしまったことに変わりはない。
勘のいい人間なら自分のしようとしたことだってわかってしまっただろう。

「いたのかよ」
「悪ぃな。」
「いるならいると言えよな!!」
「オレもそう言いたかったんだけどな」

確かによく確認しなかった自分のほうにも非があると一応阿部も思ったので、
気まずい気分のまま黙り込んだ。
そんな阿部を見ながら花井はさっさと降りてきて言った。

「あのさ阿部」
「何だよ!」
「お節介を承知で1つだけ言っていいか?」
「・・・・・何だよ・・・・・・・・」
「おまえさ、行動に移す前にちゃんと三橋に気持ちを言えばいいんじゃねぇ?」
「・・・・・気持ち?」
「だからさ、一言 『好き』 って言えば済むことだと」
「・・・・・・・・・・・は?」

(・・・・・・・・・・・・・・好き?)

阿部はアタマが真っ白になった。

(好き??!?)

しばらくしてから少しだけ、思考が動いてきた。  それをそのまま口に出した。

「・・・・オレ・・・あいつのこと、好きなのかな・・・・・・・・・・・?」

花井は内心呆れた、が、辛抱強く言ってやった。

「間違いなくそうだと思うケド。」
「・・・・・・・・・。」

(そうか。 ・・・・・・・・・・オレ好きなのかあいつのこと。)
(だからあいつが他のヤツとだけ楽しそうに話してんのにあんなにムカついたのか。)
(・・・・・・・・・だからキスしたくなったのか。)
(あぁそうか・・・・・・・・・・・・・・)


次々と思考が回って、同時にいきなり霧が晴れたような感覚がした。
ついでに世界が明るくなったような気さえした。
ここ数日のもやもやの正体がわかって、阿部は急速に気分が良くなった。


阿部隆也、15歳のおそーーーーい、春の訪れであった。


花井はみるみる表情の変わった阿部を見て内心ひいた。 ひきまくった。

(こいつ、本気で自覚してなかったのか・・・・・・・・・・・)

一方阿部はいい気分のまま速攻で決意した。   
そうと決まれば。

「花井!!」
「何だよ」
「オレ頑張るぜ!」
「はぁ・・・・・・・・」
「あいつに好きになってもらえるように、いや待てよ、
 その前に何で避けられてるのか、まずそっからだな!!」

やけに生き生きと叫ぶ阿部を見ながら花井は内心でひとりごちた。

(や、もう頑張らなくて全然いいんじゃないかって気も。)

でもそれを教えてやろうかどうしようかと花井が迷う暇もなく阿部は
「じゃ! オレ行くな!」
という張り切った声とともにあっというまに走り去ってしまった。

「まぁ、わざわざ教えてやる必要も、ないか・・・・・・・・・・・・」

花井は1人つぶやいて、それから小さくため息をついて、
その後耐え切れずに声を上げて笑ってしまったのである。















                                              方法に難あり(後編) 了

                                                               (オマケ その3分後)

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                                                  知らぬは本人ばかり。