オマケ





「三橋!!!」

よく知っているその声が9組の教室の中に響き渡った時は、
あと1分で授業開始の鐘が鳴る、というタイミングだった。
なので席に付いている者も多く、休み時間の雑多な喧騒を上回るその声の音量に
中にいたほとんどの人間が一斉に声のしたほうを見た。

三橋はもちろん見るまでもなく声の主がわかり、瞬間驚いて飛び上がり、
同時に心を満たしていた悲しみが溢れそうになりながらも、
周囲の人間の視線を感じて立ち上がらないわけにはいかなかった。
追い立てられるように三橋が廊下の方に向かうと、
興味を失ったクラスメートたちの再開された話し声で、また教室の中は通常のざわざわした空気に戻った。
それを感じてホっとしながらも、三橋は固い表情のままのろのろと廊下に出て、
阿部が教室の中から見えない位置に移動するのに無言で従った。

三橋は阿部の顔を見ることができない。
自分の中の想いに気付いてしまってからこっち、ずっとまともに見ることができないでいた。
阿部がそれで苛立ちを募らせていることもわかっていたけど、感情が理性を阻んでいた。
それに加えて自分は最悪の形で失恋したばかりでもあり、
平気なフリをしてその対象である阿部の顔を正面から見ることはなおさら無理だった。

先程のことでまた何か言われるんだろう、と阿部の苛立ちを含んだ声音を覚悟して
三橋は緊張しながら阿部の言葉を待った。
でも俯いている三橋の耳に聞こえた声は、予想に反してやけに明るかった。

「三橋、オレわかったよ!」

何が? という疑問は口には出せなかったが、頓着なく阿部はあっさりと爆弾を落とした。

「オレさ、おまえが好きなんだ」
「えっ・・・・・・・」

弾かれたように三橋は顔を上げた。
少し頬を染めた、柔らかい笑みを浮かべた阿部がそこにいた。
さっきとは打って変わって晴々とした表情だった。

「だから、おまえがオレのこと見てくんねーのがしんどくて堪らなかったんだ」

ぱくりと、 口を開けたまま絶句している三橋に阿部はさらに続けた。

「そうとわかったらなんかさ、すんげーすっきりしてさ」
「・・・・・・・へ」
「あ、わかってる。 いきなりびっくりするよな? 男からこんなこと言われても」
「え、  う」
「だから今すぐどうこうとか言う気はねーんだ」
「へ」
「でもオレ、本気だから」
「え」
「考えてみてくんねーかな。 ゆっくりでいいからさ!」
「あ、  あの」
「あ、でもオレきっと諦めねーからその気になるまで待つから!」
「あの、  阿」
「そうだ、だから何で避けてたのかも言う気になったらちゃんと教えてくれよな?」
「え、 それは」
「なに言われてもオレ、怒んねーし。」
「えっと、 だか、 ら」
「じゃ、よろしくな!!!」

言いたいことを一方的にまくし立てるなり阿部は引き続き晴々とした表情で
自分の教室に向かって走り去っていった。
おりしも鳴り始めた授業開始のチャイムを聞きながら、三橋は遠ざかる阿部の背中を呆然と見詰めた。
急転直下の展開に事態がうまく呑み込めない。

ようやく頭が働き出したのは自分の席に戻って (どうやって戻ったのかの記憶がない)
いつのまにか授業が始まって半ばも過ぎた頃だった。
三橋はぼんやりと考えた。

(オレの気持ちなんて、 全然聞かないで、 ・・・・・・行っちゃって・・・・・・)

先刻の阿部の言葉を全部反芻してみる。

(・・・・・別に考えるまでもない、んだけど)

そしてまだ上手く信じられなくて呆けながらも途方に暮れた。

(・・・・・いつ、 言おう・・・・・・・・・)

それからようやく。


自分たちの今後になにがしかの一抹の不安を感じつつも、

それを上回る強さで、泣きたいくらいの嬉しさがこみ上げてきたのだった。










                                                   オマケ 了

                                                  SSTOPへ
 






                                                大分不安だけどきっと何とかなる。