方法に難あり(前編)





阿部はイライラしていた。

何でこんなにイライラするんだか、その理由も阿部にはわかっていた。

相棒の三橋の様子が最近変だからだ。
それも明らかに自分に対してだけ、変だからだ。
他の連中と接しているときは別段変わったところはない。
むしろ最初のおどおどが大分薄れて、それなりに懐いているヤツだって出てきたみたいだ。
田島とか栄口とか。

自分に対してだって。
最初こそ怯えてびくびくすることが多かったけど、
随分慣れてきて野球以外のたわいない世間話だって少しはできるようになってきた、と
内心少なからず喜んでいたのに。

それがいつのまにか最初に逆戻りしてしまった。
いや最初より悪いかもしれない。
なにしろ全然全く、 目を合わそうとしない。
話をすると一応頷きながら聞いている。 けれど視線が合わない。
最初は気のせいかとも思ったそれは2日3日と経つうちに、
気のせいでも何でもなく三橋は意識的に自分と目を合わそうとしないのだ、という確信に変わった。

なぜ。

思い当たるフシは全くない。  ここ数日は何も怒ってないはずだ。
あるいは逆に何か無神経なことを言って三橋を怒らせたか。

阿部はその考えには違和感を拭えない。
三橋が怒る、ということが上手く想像できないのだ。
もちろんあり得ないことではないだろうけど。

それならそれでちゃんと言ってほしい。
口で言わなきゃわからない、とは以前にも散々言ったはずなのに。

イライラと考えながら阿部は自分の我慢がすでに限界にきていることを自覚していた。






○○○○○○○

「おまえ何をそんなにぴりぴりしてんだよ」

そう花井が訝しげに問うてきた時、阿部は何らかの助言なり、ヒントなりを求める気持ちが湧いた。
なので、正直に言った。

「三橋が変なんだ」
「変?」
「オレの目を見ない」

花井の表情が微妙なものになった。
困惑、でも心配、でもない、説明のつかないような曖昧な表情だった。
そのことに不審を覚えつつも阿部は言葉を継いだ。

「しかもオレに対してだけ! だぜ?」
「はーん・・・・・・・」
「何かやったかと思っても思い当たることもねーし」
「ふーん」
「すげームカつく・・・・・・・・・」

一緒に憤慨してくれる、あるいは何か提案をしてくれるかという阿部の僅かな期待を裏切って、
花井は意外にも少し笑った。  正しくは 「苦笑」 した。
阿部は思惑が外れてさらにイラついた。

「何がおかしーんだよ?!」
「あ、わり・・・・・・」

慌てて真面目な顔をしながらも花井の目にはどこか、面白がっているような光が見え隠れする。

「・・・・・・おまえ、何か知ってんのか・・・・・?」
「え?」
「なんか、楽しんでねーか・・・・・・・・?」
「あ、いや、 まさか」
「本当か?」
「知らねーよ何にも。 てかやっぱそういうことはちゃんと本人に確認すんのがいいんじゃね?」
「そりゃそうだけど」
「聞いてみろよ」

もっともな花井の言葉に頷きながらも釈然としない何かを感じて、結局阿部の苛立ちはもっとひどくなった。








○○○○○○○

そんなふうにイライラが頂点に来ていたので、
その日の部活終了後に部室で三橋と2人だけで残っていたのはたまたまだったけど
(三橋は着替えに手間取って、阿部は部誌を書くので)
このチャンスを逃す手はない、と阿部は思った。
なので 「いっしょに帰ろうぜ。」 と誘った。
帰りにコンビニで何か食べるものでも買って、どこかに寄って食べながら改めて話をしよう、
という算段だった。
なにしろバッテリーを組んでいるのに、目も合わせてもらえないなんて女房役として失格、
というよりそういう理屈以前に気になって仕方なかったからだ。
気になることはさっさとはっきりさせるに限る。

なのに三橋は阿部が誘った途端にびくりと飛び上がった。

(何だよその反応・・・・・・)

阿部はむかむかした。

「あ・・・・あの・・・・オレ・・・今日・・・用事あって・・・」
「何の?」
「・・・・・・約束が・・・・」
「誰と?」
「・・・・う・・・・あ・・・の・・・・」

三橋の様子は明らかにアヤしい。  顔にくっきり 「嘘です」 と書いてある。
阿部は心底ムカついた。

(オレのことがそんなにイヤなのかよ!!)

おまけにやっぱり目を合わそうとしない。
ミエミエの口実をしどろもどろにつぶやきながら目のほうは
忙しなくあさっての方角ばかりを彷徨い、決して阿部の顔を正面から見ようとはしない。
阿部はもう腹立ちを通り越して吐き気すら覚えてきた。
怒りのあまり冗談でなく胃がむかむかする。

(・・・・・・このやろう・・・・・・)

絶対に、 オレの、 目を、 見させてやる。

どうやって。

次の瞬間浮かんだ考え(というより閃きに近い)を阿部は深く吟味することもなく
即実行に移した。 ほとんど何も考えずに。

手を伸ばして三橋の服、胸倉のところを掴んで、乱暴に引き寄せた。

三橋が驚く暇もないくらい素早く三橋の口に自分の口を押し付けた。




離した時、三橋は目を丸くして、阿部の顔をまじまじと見つめていた。

(見た。)

まず思ったことはそれだった。

(やっと 見た。)

阿部は自分の目論見が上手くいったことにとりあえず満足した、けど 次の瞬間はっと我に返った。

(オレ・・・・今・・・・・何を・・・・・・)

したのかなんてわかりきっている。 キス、したのだ。
阿部は内心混乱してそして慌てた。
三橋は真っ赤になっている。 それから蚊の鳴くような声で言った。

「・・・・な・・・何で・・・・・」

阿部は慌てたままバカ正直に口走った。

「おまえが! オレの顔見ねぇから!!」
「・・・・・へ・・・・?」
「話すときくらいちゃんとオレの目ぇ見ろよな!」

赤く染まっていた三橋の顔がみるみる真っ青になった。

(・・・・え・・・・?)

阿部は絶句した。  三橋の表情の変化が尋常じゃなかったからだ。
なので内心さらに慌てまくった。
そして上手く考えがまとまらないでいるうちに、三橋は彼にしてはあり得ないくらい素早く
自分の荷物を抱えると、無言のままあっというまに部室から出て行ってしまった。

阿部はとっちらかったアタマのままその場に呆然と突っ立っていた。
すぐに追いかけよう と理性では思うのだが、
自分が常軌を逸した行動をとった気恥ずかしさと、最後に見せた三橋の痛々しい表情が頭から離れず、
理性とは裏腹に足がどうしても動いてくれなかった。

(・・・・どうしよう・・・・・)

阿部は何をどう考えればいいかもよくわからないまま、ひたすら困惑して立ち尽くした。








○○○○○○○

翌日阿部は三橋に謝った。
前の晩さんざん考えて、自分のしたことがどう考えても宜しくなかった、という結論に達したからだ。

(三橋はきっと気持ち悪かったに違いない。)

そう思いながら阿部は何となく面白くない。
実のところ何となく、なんてもんじゃなく非常に面白くなかった。
面白くない自分がよくわからない、けどとにかく謝って許してもらおうと阿部なりに打開策を考えた。 
もっとも 「謝罪する」 だけだったから策とも言えないシロモノだったが、
朝練が始まる前に阿部は三橋を呼び止めた。

「昨日は・・・・ごめん。  いきなり。」

言うと三橋は俯いた。  それからふるふると顔を左右に振った。

「おまえがオレの顔見ねぇからイライラしてて・・・・・・・・・つい。」
「・・・・ごめん・・・なさい・・・・・・・」

三橋は小さな声で言った。

「や、オレも悪かったし。」

三橋はまたふるふると顔を振ったきり黙りこんでしまい、微妙に気まずい会話はそこで終わった。



結局三橋が何で自分の顔を見ないのかそもそもの問題点は何だったのか、
という肝心なことが不明なままだ、と阿部が気がついたのは朝練がとうに終わった授業中だった。
自分が謝ることに (そして許してもらうことに) 気がいっていて忘れていた。
でも、  と阿部は考えた。
一応理由は言ったんだから三橋も態度を改めてくれるだろう。 それでもういい。

阿部は一抹の不安を感じながらも自分にそう言い聞かせた。



なのに。

その日から三橋の阿部に対する態度はいっそうひどくなった。
阿部の顔を絶対に見ようとしない。  練習で話すときも頑なに俯いている。
阿部はなまじ後ろめたさがあるせいでしばらくは我慢していた。 そのうち元に戻るだろうと。

しかしいつまで経ってもぎくしゃくした気まずさが消えない。
三橋は阿部の顔を見ない。
栄口とか田島とかとは楽しそうに話したりしているのに自分とだけは。

阿部はもうイライラ、なんてものじゃなくもはや憎しみに近いような感情を三橋に覚えた。

(このままじゃ、まずい。)

ちゃんと話をしないと、ダメだ。
ぎりぎりと痛いような感情の渦に耐えながら阿部は痛切に思った。













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                                              理屈男のくせに感情的な阿部が好きです。