ひとときの夢のような - 2





「えっ・・・・・・・・・」

間の抜けた声を発したきり阿部は呆けた。
これは一体どういう展開か。
三橋の様子は至って真面目でどうやら冗談じゃなさそうだ。
頭ではそう分析しながらも、ぽかんと見つめるしかできない。

「いつ・・・・?」
「へ」
「いつ、その人に」
「あ、ああ えーと」

呆けた頭で質問の意味を理解して日にちを告げると、三橋は何事か考え始めた。
それでようやく阿部の頭も再稼動して、真っ先に浮かんだことは。

「・・・・・・無理だろ」

無理に決まってる。 まず性別に問題がある。 それに。

「違う学校のコって言っちゃったんだオレ」

阿部を知っていて野球部の事情にも詳しい人間が三橋を知らないはずがない。
それはマネジに頼んだとしても同じことが言えるわけだが、もっとだろう。
まだ思考がスムーズに回らない阿部に、三橋はとんちんかんな返事をした。
少なくとも、阿部にはそう思えた。

「明日、から 連休だから」
「・・・・・・はあ?」
「だから 平気」

はあ? ともう一度言う代わりに眉を顰めた。 さっぱりわからない。
確かに指定された練習のないその日は3連休の最終日だ。
それがこの場合何の関係があるのかと、聞こうとしたところで
三橋がまた言った。

「イトコ、が来る んだ」

イトコ? と首を捻りかけてから思い出した。
一度見たきりの三橋とよく似た少女の姿が脳裏に蘇る。
つまり連休を利用してそのコが三橋の家に来る、ということか。

「オレ、頼む」
「・・・・・・なにを?」
「服、とか」

ああ、とここに至っておぼろげながら読めてきた。
つまり、と出た結論に阿部は今さら驚いた。

「・・・・・・おまえ、女装する気か?!」
「・・・・・・だって、彼女のフリ って」

そうだ、そう言った。 それはそうだけど。

「それに オレってバレちゃダメ なんだ よね?」

それも全くもってそのとおりなのだが。

「オレ 頑張る、ね!」

へらっと笑んだ三橋の顔をまだ半分呆けたまま、ぼんやりと見つめた。

そのイトコに三橋から彼女役を頼んでくれるのが一番簡単で無難な気がする とか
いくらおまえでも女装は無理があるんじゃ とか
つまりは正体がバレるんじゃないか とか
それこれの理屈以前に マジかおまえ 等々の冷静な意見は結局
1つとして言えなかった。
三橋が背を向けて再び荷物に取り組みだしたから、だけではなく。

三橋が女装する。 それも自分のために。
さらに自分の恋人になってくれる。 例え一時凌ぎの嘘であろうと。

その魅力と常識との天秤計りではまるで吊りあわないどころか
ゆらとも揺れなかった。
つまり阿部はいともあっさりと、誘惑に負けたのだ。







○○○○○○

とはいうもののその後の2日間、阿部は三橋に同じ言葉を3回ほど言った。
言わずにいられなかった。

「ほんとに大丈夫なのか・・・・・?」

そしてその度に三橋は不思議なくらい平静に返してきた。

「大丈夫」
「イトコにも話したのか?」
「うん、ちゃんと頼んだ」
「・・・・・協力してくれるって?」
「うん」
「・・・・・・・。」
「大丈夫、だよ」

元より反論したい気もない阿部はその言葉に縋りたいわけだが、
この件に関しては三橋は少し、「らしくない」 雰囲気があって、
何やら頼もしくも感じる。
不安は拭えないものの助かるのは事実だし
個人的心情から楽しみな気持ちもあるしで、信じるしかなかった。



そしていよいよ当日となり、阿部は三橋を家まで迎えに行った。
少なからずドキドキと胸を高鳴らせながら呼び鈴を押せば
ドアを開けてくれた人物はイトコの少女のほうだった。
咄嗟のことで慌てたけれど、協力してくれたことを思い出し
挨拶に御礼を付け加えた。

「あ、こんにちは。 今回は助けてもらってどうも」
「阿部 くん」

びしっと阿部は固まった。
目の前の少女をもう一度見直して、あんぐりと口を開けた。

(あ、あり得ねえ・・・・・・・)

信じられない、という理性より先に体が正直に反応して焦った。
己の顔がどうなったか、はっきりとわかったからだ。
反則だろ! と胸の内で絶叫しながら手で顔を半分覆った。
火のように熱い、つまり赤くなっているであろう頬を隠したかったからだが、
目は釘付けになったまま逸らせない。

目の前の、ロングヘアーにシンプルなワンピースの美少女が三橋だと、
どうしても信じられず頭からつま先までまじまじと見て、正確に言えば見惚れて、
ようやっと本人だと認識したものの、まだ半信半疑な気分だった。
それくらい見事な化けっぷりだった。

顔の化粧がまるで違和感がないのはかつらで眉が隠れているせいか。
難点であるはずの首もスカーフで上手く隠れている。
丈の長いワンピースは体の線が出ないゆったりしたデザインのもので
ウエストの部分だけベルトで細く締まっていた。
淡い萌黄色が白い肌と薄い色の目によく合っている。
形良く盛り上がった胸はパットでも詰めているのだろうか。

「へ、変、かな・・・・・・・」

自信なさげな声ではっと我に返った。 間違いなく、これは三橋だ。
変どころか、と浮かんだ賛辞に自分で照れて言い方を思案し始めたところで
華やかな声がした。

「こんにちはー」
「あ」

奥から現れたよく似た少女は今度こそイトコだろう。
挨拶しないと、と思いながら 姉妹だ、と口の中でつぶやいた。 
並ぶと姉妹にしか見えなかった。
挨拶がしどろもどろになったのはまだうろたえているせいだ。

「あ、あの どうも」
「レンレン、かわいいでしょ?」

屈託なく言って笑う様子を見る限り性格は違うのだろうか。
イトコの少女は作品を見るように三橋を眺めながら、実に満足そうだ。

「2時間かかったんだー」
「あ、それは手間かけちゃっ・・・・」
「でも楽しかった!」
「はあ・・・・・・」
「どこから見ても女の子だよね?!」

ええもうまったくです。
同意する代わりに阿部は大きく頷いた。
2人の顔を不安げに交互に見ていた当の三橋は、そこで初めて
ホッとしたように笑い、阿部はくらりと眩暈を覚えた。
顔の火照りもまだ健在で想定外の不安が湧いた。
自分は今日、大丈夫だろうか。
具体的に何が不安なのかよくわからないけど不安である。
けれど同時に確信もした。

(これならぜってーバレない・・・・!)

客観的に見てもあの尊大な女よりもずっと綺麗だし!
と密かに悦に入ったのは内緒である。







○○○○○○

約束の喫茶店には先に着いた。 意識して早めに行ったからだ。
開放的なオープンカフェとかではなく、照明の薄暗いその店を指定したのは
阿部のほうだった。
光に満ちた明るいところじゃないほうが良かったのはもちろん
暗いほうがごまかせるという思惑からだ。
加えて西浦の生徒がまず来なさそうな、学校から遠い店にするのも忘れなかった。

店の中でもなるべく隅のボックス掛けの席を選んで片側に並んで座り、
所在無げにもじもじとする三橋を横目で眺めて1人でニヤけたりして
うっかり本来の目的を忘れそうになったところに、先日の女が店に入ってきた。

浮かれた気分をひとまず追い払って、
さあいよいよだ と阿部は気を引き締めた。














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                                                  三橋は密かに大変と思われ。