秘め事 -2(A)
朝は確かに幸せだったのに。 田島のその一言は、外の暴風雨なんかメじゃないってくらいの嵐を オレの身内に巻き起こした。 もちろん田島はそんなこと知らないだろうけど。 天気のせいで今日の練習は中止になった。 野球部のみならず全校的に早く帰るよう指示が出たんだけど、 きっちりと伝達してやらないと練習に来かねないうっかり者が2人もいるクラスに オレが伝えに来た。 泉がいるから大丈夫とは思ったけど念のため。 三橋と話したいな、と期待していたのに見当たらずちょうど廊下に出てきた田島に 用件を伝えてから、何気なく 「三橋は?」 と聞いたのが失敗だった。 「あー、あいつ呼び出された」 「は?」 カツアゲ? とまず浮かんだオレに田島はこともなげに爆弾を落とした。 笑いながら。 「ゲンミツにコクハクってやつだな!」 ごおという風の音が耳を打って、これは外の音かココロの音かどっちだ なんてアホなことが掠めた。 田島とその後何を話したか、よく覚えてない。 適当に切り上げて自分のクラスに戻りながら、ごおごおと煩い何かが消えてくれない。 落ち着け、と戒めてから冷静に考えてみる。 三橋が言い寄られるのは、それ程珍しいことじゃない。 2回くらいはあった。 何で 「くらい」 かというと2回とも相手が思わせ振りで誰の目にも明らかだったけど、 はっきりと言われたわけじゃないらしいからだ。 泉から聞いた話だと、2回とも三橋は鈍感な面を遺憾なく発揮して 結局呆れられたり脈なしと判断されたりで事なきを得たそうだ。 それが 「事なき」 なのは泉がそう言ったわけじゃなくてオレの個人的心情だけど、 正面切って言われたらどうなるんだろう。 (・・・・・・どうもなんねーって・・・・・・) 断るに決まってると思うそばから不安が湧く。 ずっと恐れていた状況になってしまうんだろうか。 いつそうなってもおかしくないと覚悟していたはずなのに、 いざ現実味を帯びてくると想像以上にキツい。 (何て、返事したんだろう・・・・・・・) 1人でやきもきしていても埒が明かないから、いっそ本人に聞きたいけど、 部活があればその機会も作れるのに、ないからできない。 わざわざ聞きに行くなんて不自然なことはできないし、 と悶々としているうちに午後の授業が終わっていた。 おまけにその後小さな用事を片すだけのつもりで教室に残っていたら 思いのほか手間取って遅くなり、気付いた時には外の嵐も手伝って 夕方とは思えないような暗さだった。 出る前に教室の電気を落とすといっそう濃くなる闇に鬱々とした気分が増す。 今日はきっと厄日ってやつだ。 でも朝は楽しかったのに。 昨日三橋はうちに泊まった。 部屋で2人きりで寝るって状況に1人でテンパって それがバレないように神経を遣ったり、妄想を膨らませかけてから慌てて自制したり、 果てはいっそのことぶちまけようかとまで思いかけて踏みとどまったり ものすごく大変だった。 そして、夜中に。 思い出して顔が熱くなった。 夜中に三橋がうなされていた。 それほど大きな声だったわけじゃないのに目が覚めたのは 隣で三橋が寝ている、という状況に落ち着かなくて なかなか寝付けなかっただけでなく、眠りも浅かったんだろう。 変な声に驚いて様子を窺うと上掛けを全部剥いでいて、やけに苦しそうな顔をしていた。 寒いのかと布団を直すつもりでベッドから下りたところで、涙まで流れ出したんで。 魔が差した。 ダメだとは、思った。 けど我慢できなかった。 寝る前にさんざん自制したのが悪かったのか、はたまた暗闇のせいかあっさりとタガが外れた。 うなされているから、なんてのは口実だ。 わかってた。 潰さないように気をつけて被さって、そうっと抱き締めた。 起きたらおしまいだからごく軽く、だったけどそれでも、 男にしては細い体の線と温もりを知るのには充分で、何だか泣きたいような気分になった。 せめて三橋が泣いているのを何とかしてやりたくて。 「大丈夫だから」 耳元で小さく囁いてやったら、ダメもとだったのに涙が止まった。 ホッとしたところで目蓋がぴくりと動いたのが見えて、ヤバいと慌てて身を離した。 布団を直してから素早くベッドに戻って、動悸を持て余しながら目を瞑って 息を潜めているうちに、寝不足の反動が来たのかいつのまにか眠ったらしい。 次に気付いたらもう朝だった。 夜中のことが夢だったみたいな気がした。 でも思い出したらドキドキした。 三橋はまだ眠っていて、こっそり寝顔を眺めたりしてその時は幸せだった。 同じ日にこんな不幸が待ってるなんて想像もしなかった。 先に何が起こるかなんて本当にわからない。 寒々とした気分で廊下に出るともう人っ子一人いなくて、どの教室の電気も消えている。 早く帰ろうと足早になったところで物音がして、ぎょっとした。 風雨の音の中で人為的なそれは異質に響いて、なのに辺りを見回してもやっぱり誰もいない。 背筋が寒くなりかけてから三橋のクラスの前にいることに気付いた。 音は教室の中から聞こえたような気もする。 誰かいるんだろうか。 まさか三橋ってことはないだろうけど。 覗いてみたのは予感とか期待があったわけじゃなくて、 念のため、という軽い気持ちだった。 けど見た途端にぎくりとした。 灯りの落ちた薄暗い教室に机とか椅子とかが黒々と浮かぶ中、 人間のシルエットが突っ立っていた。 ホラーなドラマの1シーンみたいだ。 電気もつけずに1人でいるなんて普通じゃない、 と一瞬身構えたところで。 「阿部くん・・・・・・?」 「三橋?!」 また驚いた。 次に心臓が跳ねた。 今度は別の意味で。 真っ先に浮かんだのは 「厳密にコクられた」 ことの顛末だったけど。 「なにやってんだよおまえ?」 「え・・・・・・あの、日誌 か、書いてて・・・・・」 「日誌ぃ?」 「今日オレ、 日直で」 「・・・・・・・・今までかかったわけ?」 「あ、 それはもう終わって 出してきて」 「・・・・・・・ふーん」 「荷物取りに 戻って きたとこ・・・・・・」 だから電気が消えていたのか、と1つ納得する。 出す前に消していったんだろう。 もう1人のヤツはどうしたんだ、という疑問とか 出しに行く時荷物も持って行けばそのまま帰れたのにアホじゃねーのかおまえ 等の小言は瑣末なことに思えて呑み込んだ。 午後ずっと知りたかったことを、早く聞きたかったからだ。 むしろこの場合はアホが幸いした。 オレにとっては。 ゆっくりと歩み寄りながら、鼓動が速くなった。 2人きりだ。 ただでさえ暗い中、三橋は光源になっている窓に背を向けて立っているんで顔がよく見えない。 誰もいない薄闇の中に1人立つ姿が、周囲の雰囲気のせいかいつもと違って見える。 1メートルくらいの距離まで寄っても、表情が読みづらいことに僅かな苛立ちを覚えてから、 思い直した。 暗いほうがいいかもしれない。 そのほうが聞きやすい。 自分がどんな顔になってるか自信がない。 「あー、あのさ三橋」 「・・・・・うん」 「田島に聞いたんだけどさ、今日コクられたって?」 後半の声が掠れてしまって、汗が滲んだ。 変に思われなかっただろうか。 煩いくらいの風と雨の音が今は却って有り難い。 三橋の目が見開かれた、と思ったら俯き加減になってしまったんで それでなくても見づらかった表情がもっと読めなくなった。 2(A) 了(3(A)へ) SSTOPへ |
もう少し起きてれば良かったのに。