ひだまり





しんとした教室の中はぽかぽかと暖かかった。
オレの席にはぽかっと日が射していて余計に暖かい。
クラスメートは皆帰宅したりそれぞれの部活に行ったりして誰もいない。
オレも早く練習に行きたいんだけど。

今日は数学の課題を終えることがどうしてもできなくて、居残り勉強になってしまった。
遅れる理由は田島くんに頼んで伝言してもらった。
みんなはもう練習を始めている頃だ。
でもオレはこれを終わらせないと行けない。

ぼーっと練習風景に思いを馳せるとまず浮かぶ顔はやっぱり阿部くんで。
想像の中で阿部くんは不機嫌な顔をしていた。

「早くしろよ三橋」

頭の中の阿部くんに怒られた。
びくっとして、それから自分でも可笑しくなった。
阿部くんのミットに気持ちよく吸い込まれる球の感触を思った。
早く行きたい。 そして早く投げたい。
オレは真面目にやり始めた。

でも気持ちは焦るのに解き方がよくわからないうえ
教室の中は静かで暖かく、だんだん眠くなってきてしまった。
寝ちゃダメだ。  ますます遅れる。

そう思いながらも瞼が落ちてくる。
努力して必死で持ち上げても、 気付けばまた落ちてくる。  ノートの字も霞んできて。
いつのまにかオレは机に突っ伏して眠ってしまった、 らしい。








すっと意識が浮上した。 物音がしたからだ。
まだ半分眠りながら、「扉の開く音だ」 とわかった。
誰かが、入ってきた。 誰だろう。
起きなきゃ、 と思いながらもまたずぶずぶと意識が沈んでいく。

でも声がした。

「三橋」

一気に覚醒した。  それは大きくはなかったけど。
とても聞きなれた声だったから。
起きようとして、はたと気付いた。
怒られる。
だって、勉強してなきゃならないのに。
練習サボってぐーすか寝ていたと思われるんじゃ。  (実際そうなんだけど。)
でも寝るつもりなんかなかったのに。

瞬間そう恐れたら起き上がれなくなった。  そのまま寝たフリをしてしまう。
そんなことしても無駄だとわかってはいるけど。

かすかな足音が近づいてくる。  どきどきと、鼓動が速くなった。

阿部くんがオレの側の椅子に座るのが気配でわかった。
すぐに起こされると思ったのに。    最初に呼んだきり、阿部くんは何も言わない。
教室の中はまたしんと静まり返ってしまった。

でも気配を感じる。 すぐ傍に阿部くんがいる。
座って、オレをじっと見ている。 それがよくわかる。
オレは顔を左に向けて突っ伏していて、阿部くんは左側に座った。
顔を見られている、 と思ったらひどく落ち着かない。
もう、今気がついたようなフリをして目を開けてしまおうか。

ぐるぐると迷っていたオレは、次の瞬間ぎょっとした。

阿部くんの手が。
オレの髪に触ったからだ。   そぅっと。

ドキドキが大きくなった。
内心で慌てているとさらに、手が今度はこめかみのところに移動した。
そのまますーっと頬を滑り降りて、次に唇にきて。
指がそこを掠めるように撫でた。

どうしよう。

内心でパニックになった。  起きるに起きれない。

それに。      
正直阿部くんの手がとても気持ちよくて。


もっと。  

もっと、  触って。


望んでいる自分に気付いてしまって、恥ずかしいのと、気持ちいいのとで体中が熱くなった。
口に出して言ったわけじゃないのに。
まるで応えるかのように指がそろりと首筋に移動した。 ぞくっと震えそうになって慌てて堪えた。
指は首からゆっくりと背中に下りて、背骨に沿ってそろそろと動いていく。

オレはもう身動きもできない。
阿部くんの指先に全神経が集中して、そこから生まれる快感を追うことに夢中になってしまう。
恥ずかしいのに。 やめてほしいのに。 困るのに。
もっと、触ってほしい。

自分でもわけがわからなくなりながら、ひたすら耐えていたら。

唐突に手が離れた。

と思ったらいきなり強くデコピンされた。

「イタ!」

声が出ちゃった。  だけでなく目も開けてしまった。
慌てて身を起こしたら、阿部くんの顔が目の前にあった。
阿部くんは少し怒ったような顔をしていて、オレはますます慌てた。

「おまえな・・・・・・・・・・・」
「はっ」
「起きてたんだろ?」
「!!」

バレてた。
かあっと、  全身が火照った。

「し、 知ってた・・・・の・・・・」
「うん」

なんで、わかったんだろう、 という疑問が顔に出たんだと思う。

「だっておまえ、オレが髪に触ったら顔がすげー赤くなった。」

あ、  と思った。
同時に顔がもっと染まるのを感じた。  湯気が出そう。  でも。
そう言う阿部くんの顔も何だかちょっと赤い、ような。

「・・・・・感じてただろ」
「え!!!」
「違う?」
「そ、そ、そ、そんなこと・・・・・」

ない、と言おうとして言えなかった。
口を塞がれてしまったから。  ほんの一瞬でそれは離れたけど。

「早くしろよ! 手伝ってやるから。」

ぶっきらぼうに言う阿部くんの顔はやっぱり少し赤くて。

「おまえがいねーとオレの練習メニューが全部こなせねーだろが!」

ぶつぶつと文句を言いながら課題を覗き込んでくる。

オレはすごく幸せな気分になって。
あんまり幸せだったんでうっかり 「うひ」 とか笑ってしまって、

「・・・・・・・おまえな、真面目にやれ!」  

とまたデコピンされてしまった。













                                               ひだまり 了

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                                       きっと阿部も同じくらいドキドキしてた。 (阿部の内情暴露 → こちら