変化





鍵がない。

三橋は慌てた。

帰ろうと自転車のところに来たはいいが
いつも入れてるはずのポケットに自転車の鍵がないのである。

「・・・・・あれ? あれ?」

全部のポケットを探し、カバンの中まで探してもない。

(・・・・・落としたんだ・・・・・・・・)

部室か、あるいは教室か。
三橋が肩を落として探しに行こうとしたその時、 「三橋」 と呼ぶ声がした。

「・・・あ・・・・・・阿部、くん。」

阿部は今日は家の用事で早く帰るように言われたとかで、終わると早々に帰宅したはずだった。
なのになぜここにいるのかと三橋はびっくりした。

「帰ったんじゃ・・・・・・・・」
「あー、うん。 そうなんだけどさ。 忘れ物しちゃって。」
「・・・・・・・・??」
「てか渡すの忘れてた。」
「???」
「これ、おまえんだろ。」

言いながら阿部が胸ポケットから出したのは、三橋の自転車の鍵だった。

「あ! そうそれ。 ・・・・オレ、の・・・・・。」
「朝部室に落ちてたんだ。 拾って渡そうと思っててすっかり忘れてた。」
「・・・それで戻ってきて・・・くれたの・・・・・・?」
「だっておまえ、これがねぇと困るだろ。」
「・・・ご、ごめんね・・・・・。 ありがとう・・・・・・。」
「いいよ。 忘れたのオレだし。」

急いでいたはずなのに、わざわざ自分のために戻ってくれたんだと思うと
申し訳ない気持ちになると同時に、嬉しいと思ってしまう自分を感じる。

「ほら。」

阿部から鍵を受け取ったその瞬間、阿部の手が自分の手に触れた。
ほんの僅かな接触だったのに。
刹那、  びりっ と電気が走ったように感じた。

「!!!」

全身が かっ と熱くなった。
そのことに、三橋は内心で大きくとまどってしまった。

(阿部くんがオレの手に触るのなんて、 よくあること・・・のはず・・・・・・)
(何でこんな・・・・・・・・・・)

うろたえながら、最近はそういうことがほとんどなかったことに気が付いた。
いつかの事故の時の車の中は別として。 あの時はひどくぼんやりしていた。

(久し振りだったから・・・・・・??)
(違う。)

三橋はそこで気が付いた。 自分のせいだ。
自分が阿部への想いを自覚してしまったから。 だから。
こんなにささいな接触にさえ、全身が反応してしまうのだ。

三橋はそう気付くと同時に頬が染まるのを感じて慌てて俯いた。
急いでいるはずの阿部は、鍵を渡してくれた後もその場を去る様子がない。

(な・・・何か言わなきゃ・・・・・・・変に思われる・・・・・・・。)

焦りながら適当な話題を探すけど見つからず、
最初に思いついたことをよく考えもせずに口に出してしまった。

「阿部くん、・・・・・別れた・・・・て本当・・・・・・?」

言ってから、しまったと青くなった。
もし本当なら阿部にとってはつらい出来事だったはずだ。
自分はよりによって何て最悪な話をと内心さらに焦りまくった。
が、 
「まぁな」  と即答した阿部の顔はごく普通で、暗い影は見当たらない。
それで少しホッとしつつも
(本当だったんだ・・・・・・・)  と改めて驚き、思わずつぶやいていた。

「もったいない・・・・・・・・」

「振られたんだよ。」

三橋のつぶやきに阿部が苦笑した。
(逆なのに) と三橋は思う。
その相手の子がもったいないことをした  という意味で言ったのだ。
三橋にとっては阿部が振られるなんて信じられない。

(オレ、だったら・・・・・・・)

ぼんやり考えかけたところで、阿部が独り言のような調子で言った。

「やっぱさ、ちゃんと好きでもねえのに付き合っても無理があるよな。」

(好きだったわけじゃない・・・・の・・・・・・?)

ということは田島たちが言うように、大した付き合いではなかったのか。
三橋は心のどこかで安堵するのを感じながら、 ふと、 思った。

(阿部くんには・・・・・・他に好きな子が、いる・・・・・・?)

根拠は全然なかった。
直感ですらなく、強いて言えば恐れに近い予感のようなものだった。

(聞いてみようか、 な・・・・・・)

一瞬そんな衝動に駆られたけど、すぐに三橋はその考えを追い払った。
もし 「いるよ」 と言われたら。
また自分は落ち込むのだろう。
せっかく少し気持ちを立て直したところなのに、
わざわざ自分を追い込むような、そんな質問はしないほうがいい。
それ以前に怖くて聞けるはずもなかったが。

「じゃ、オレ行くな」  という声に俯いていた顔を上げると
阿部が軽く手を振って去っていくところだった。

「あ・・・・ありがとう。 阿部くん。」

言いながら三橋は前もこんな場面があったなと思う。
勇気を出して阿部に問い詰めたときだ。
あの時の阿部の背中は自分を拒絶しているように見えて仕方がなかったけど、
今はなぜかそういう感じがしない。

何でそんな気がするのかわからなかったけど、
それだけでもういいと三橋はひっそりと考えた。











                                                      変化 了

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                                         野球と食べ物以外では無欲な三橋  なくてもいいオマケ