初恋は





その時阿部は相当大きな声で怒鳴ったんだと思う。
だってかなり離れたところにいたのに阿部の声がここまで聞こえた。
内容までは聞き取れなかったけど。

ややあってから怒鳴られた三橋が走り去るのが遠目に見えた。
顔まではよく見えなかったけど
雰囲気からするとろくな顔じゃなかったのは間違いない。

オレは少し心配になった。

その後阿部が憮然とした表情で部室のほうに歩いてきた。
怒っているようにも見えるけど、それより 「憔悴」 というほうが正しいかも。
オレのほうをちらりと見たので (オレが見ていたからだろう) 聞いてみた。

「喧嘩したの?」
「してねぇ。」
「でも怒鳴ってたじゃん。」
「・・・・あいつ妙なことばっか言いやがって・・・・・・・」
「妙なこと?」
「田島がどーのこーのって」
「田島?」

何でここで田島の名前が出てくるのか。

「喧嘩じゃねぇよ」
「そうなの?」
「あいつがそうしろって言うからオレもそうするって言っただけだよ。」
「???」

阿部が何を言っているのかさっぱりわからない。
でもとにかく阿部は怒っているというより疲れているように見えた。

「三橋、泣いてたんじゃない?」
「知るかよ。」
「阿部が泣かせたんじゃない?」
「でも!! オレはあいつの言うとおりにするっつっただけだぜ!!?」
「・・・・・・・。」
「確かに言い方はちょっとアレだったかもしんねぇけど。」

言いながら阿部はますます変な顔をした。
阿部のほうが泣くんじゃないかと、オレは思った。


なのでオレは三橋を探すことにしたんだ。
だって。
それくらい本当にその時の阿部はかなりひどい顔をしていたので。





○○○○○○○

三橋のいそうなところを順番に回ったら、最後に見たところにいた。
人気のない校舎裏。
予想していたとおり、三橋は小さく丸くなって泣いていた。

「三橋」
「・・・・う?」

呼びかけたら三橋はびっくりしたように顔を上げた。

「さ・・・栄口くん・・・・・」
「や」

オレは三橋の隣に同じように座った。
三橋は慌てて涙をごしごし拭いたけど拭くそばからまた新しく湧いてくるみたいだった。

「・・・・どしたの。」
「・・・・・・・。」
「阿部が、」
「・・・・・・・。」
「落ち込んでたけど。」
「・・・・え・・・・」

三橋は少し驚いた顔をした。

「怒って・・・なかった・・・・?」
「ちょっと怒ってもいたけど。」
「・・・・・・。」
「落ち込んでたよ。」
「・・・・・・?」
「三橋、阿部になに言ったの?」
「・・・・・・・。」

三橋はしばらく黙っていた。
涙を収めるのに苦労しているようにも見えた。
オレもしばらく黙って座っていた。
座りながらぼんやり考えていたのはさっきの阿部の様子だった。

阿部はさ。
ひどいヤツだけどさ。
そんで口のききかたとかも乱暴だけどさ。
でも見ててかわいそうになっちゃうくらい。
あいつ本当に三橋のことが。


「・・・・た・・・・田島くん、と・・・・・・・」
「田島?」

ようやく三橋が口を開いたと思ったら田島の名前が出てきた。
そういえばさっき阿部も田島がどうとか言っていたような。
と思ったら三橋は次にキテレツなことを言った。

「阿部くんが・・・田島くんと・・・・・・付き合えばって・・・・思って・・・・」
「・・・・・・は・・・・・?」

オレは思わずぽかんとしてしまった。 田島? 何で田島?
大体阿部はもうずっと前から三橋のことが。
知らぬは本人だけかもしれないけど。

「そ・・・・そう・・・言ったら・・・・・・」
「え?!」
「・・・・・・。」
「三橋が? 阿部に? そう言ったの?  『田島と付き合え』 って?」
「・・・・・うん」
「・・・・・・・・。」

・・・・びっくりした。 何でそんなことを?
・・・・ていうか。

オレはそれで阿部のあの顔のワケがわかった。
ずっと想い続けている相手が別のヤツと付き合えと言ったんじゃあ
それはきついだろう。

オレの内心の驚愕には気付かずに三橋はつっかえつっかえしながら言葉を続けた。

「そ・・・そしたら・・・・・阿部くんが・・・・」
「・・・・・・・・。」
「『わかった』 って・・・・・・」
「・・・・・・・・。」
「・・・・そ、『そうする』・・・・て・・・・」

言いながら三橋はまた声を震わせた。 そして新しい涙をぼたぼたと落とした。

「・・・・・あのさ」
「・・・・う・・・・」

三橋はかろうじて返事をしながら ひっくとしゃくり上げた。

「阿部は三橋の提案したことに同意した、わけだろ?」
「・・・・・うん・・・・・」  ひっく。
「じゃあ三橋はそれで何で泣いてんの?」
「・・・・・・・・。」  ひっく。
「阿部が、怒ったみたいに見えた、から?」
「・・・・・・・・わ・・・」  ひっく。
「・・・・・・。」
「わかん・・・・ない・・・」  ひっく。
「・・・・・・・・。」
「阿部くんが、そうするって、」  ひっく。
「・・・・・・・。」
「言ったら・・・・・急に」  ひっく。
「・・・・・・悲しくなった?」
「・・・・・・うん・・・・」  ひっくひっく。
「何でかわからない?」
「・・・うん・・・・・・・」

一体なんでそもそも。

「あのさ、三橋」
「・・・・・う・・・・」
「何でそんなこと言ったの?」
「・・・え・・・・・」
「何で田島?」
「・・・・・・・・・。」
「誰にも言わないから。」
「・・・・・た・田島くんが」
「うん」
「阿部くんが、好きって。」

・・・・・・・えぇえ???!
・・・・そんなバカな。

「田島が? そう言ったの?」
「・・・・・あの・・・・・」
「うん」
「田島くん、7組に好きな人・・・・いるって。」
「へえ・・・・」
「それで・・・や・野球部で。 7組で。」

・・・・それ花井のことじゃ。

「か・かっこいい人って言う・から」
「・・・・・・・・。」
「阿部くんのことだってわかって、」
「ちょっと待って。」
「え」
「じゃあ田島は『阿部』って言ったわけじゃないんじゃない?」
「・・・でもかっこいい人って」
「・・・・・・・。」
「7組のかっこいい人っていったら・・・・・・阿部くんだなって」  ひっく。

・・・・・・・三橋・・・・・。

オレはちょっと脱力した。

「それで何で協力しようなんて思ったわけ?」
「・・・・田島くんが・・・・・・『協力して』 って」
「・・・・・・・・。」
「オレ田島くん、好きだし。」
「・・・・・・・。」
「が、頑張ろうと・・・・思って」  ひっく。
「・・・・・・三橋」
「こないだから・・・何回か言ってみて・・・・」

・・・・阿部も気の毒に・・・・・・・・・

「なのに何でこんなに」  ひっくひっく。
「・・・・・・・。」
「悲しい・・・・のかな・・・・・・・・」  ひっくひっくひっく。

三橋、・・・・・それはさ、  それはおまえが阿部のことを。

・・・・てオレが言ってもいいのかなこれ・・・・・・・・・

オレは少し困ってしまった。
でもあともうちょっと待てば、それを言ってもいい人間がここに来るような気がした。
だってオレが簡単に探し当てたくらいだから阿部にはもっと簡単だろう。
多分、もうすぐ。
少し怒った顔して、それ以上に心配そうな顔をして。
阿部はここに現れるだろう。


早く来いよ  阿部。
おまえの投手がここで泣いてるよ。
おもえのことを想って泣いてるよ。
早く来て、全然なんにも泣く必要なんかないんだって、
教えてあげなよ  阿部。


オレはそう考えながら、さて、三橋に何て言おうと思っていたら
予想より早く待ち人はやってきた。
思ったとおりの表情で、少し青ざめて、汗だらけになって荒い息をして。
どれだけ必死で探したのか一目でわかるような様子の阿部が。

オレは後は任せることにした。 けどその前に。

阿部に 「ちょっとだけ待ってて」 と言ってから三橋に向かって
ひそひそと囁いた。
三橋は阿部を見て驚いて固まってしまっているけどこれは言っておかないと。

「三橋、さっきの話、全部阿部に言いな?」
「え・・・・・」
「田島から聞いたこととか」
「・・・・・・。」
「それから三橋が今どう感じているかってこと」
「・・・・・・。」
「そうすれば阿部が理由を教えてくれるから」
「・・・・え・・・・」
「三橋の悲しいのもきっと消えるから。」
「・・・・そう・・・・・・かな・・・・・」
「うん。 きっと。」
「・・・・・・・・・。」
「だから泣かずにちゃんと話しなよ?  言える?」
「・・・・・・うん。」

三橋がしっかり頷いたんで、オレは安心して2人を残して立ち去った。
行く前に阿部に向かって 「頑張れよ!」 とだけ言ったら
阿部は変な顔をしていた。




頑張れよ、阿部。


三橋、 阿部はさ。
乱暴だけど。
口も悪いけど。
でも本当は純粋ですごくいいヤツだと思うよ。
それに誰よりも三橋のこと想ってるよ。

初恋は実らないって言うけど。

おまえの初恋は実るよ、  三橋。


良かったな。




そんで阿部も。

長かった片思いがやっと、  終わるな。







オレは何だかしみじみと嬉しくなって うーん と伸びをして
赤く染まった空を見上げた。









                                       初恋は  了

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