春爛漫





SIDE HANAI



弁当持って花見に行こう! と言い出したのはもちろん例によって田島だった。

行ける時間なんてそうそう取れないから、
決行した今日が開花して間もなくでまだ満開でないとか
生憎曇りで気温が低くて肌寒い、なんてのはもう仕方ないと思う。
それでも咲き始めの桜はきれいだったし、練習漬けの毎日の中で
花を眺めながら賑やかに飲み食いするのは変わり映えのないメンツでも
いつもと違った雰囲気で楽しい

ことのはずなんだけど。


「またこぼしてる!」
「あう」

横でいちゃついているバッテリーを何とかしてほしいと思うのは
オレだけだろうか。
見なきゃいいんだけど、隣にいるせいで会話は聞こえるわけで
深く考えずにこの位置に座った10分前のオレを殴りたくても全然遅い。

「がっつくからだよ。 誰も取らねーからゆっくり食え」
「う、ごめ」
「あ、茶ぁ飲むか? オレ余分に持ってっから」
「う、ん。 ありがと・・・・・・・」
「・・・・・・・おまえそれで足りんの? オレの玉子焼き食う?」
「うおっ い、いいの?」
「いいぜ、 ほら」

微笑ましいより恥ずかしいのが勝ってしまうのは多分
オレが2人の気持ちを知っているからだとは、わかってる。
なぜなら見回してもだーれも気にも留めずに食ったりしゃべったり
食い終わった奴はその辺を走り回ったりと楽しそうだ。

くしゃん! と三橋がくしゃみをしたのが聞こえた時、
阿部の次の言葉が簡単に予想できて、そしてもちろん当たった。

「おい、寒いのか?」
「え、そんなでも・・・・・・」
「つかなんでおまえ、そんな薄着なの?」

阿部の言葉につられて三橋の服装を見れば、
確かに気温の割にジャケットはいかにも薄そうだった。
そのままぼけっと2人の様子を見ていたオレはつくづくバカだった。

「その上着、寒くね?」
「・・・・・・う」
「なんでそんな薄いの着てくんだよ」
「・・・・・・・・・・・・。」
「ったく、体調管理しっかりしろっていつも言ってんだろ?」
「ごめん、なさい・・・・・・」

三橋はしょんぼりした。 それはよくあることだ。
かすかに違和感を覚えたのはそのしょんぼり度合がいつもより強そうに見えたからだ。
三橋は阿部の叱責には慣れているはずで、それほど強く言われたわけでもないのに
なんで? と思ったところで阿部が 「あれ・・・・?」 と小さくつぶやいた。 そして。

さあっと顔が赤くなった。 

あまりにも露骨だったもんで、オレはあっけにとられた。
ここで赤面する理由がわからない。
阿部はその赤い顔のまま呆けていて、
その後はっと我に返ったように手早く自分の上着を脱いだ。

「これ、羽織ってろ」
「えっ いい・・・・・・」
「いーから着てろ!」
「でも 阿部くんが」
「オレは寒くねーから、ごちゃごちゃ言わねーで着ろ!」

最後の 「着ろ」 が低音のくせに強かったせいか、
三橋は一瞬肩を揺らしてから素直に頷いた。

「ありがと・・・・・・」
「いや・・・・・・・・」

それでも阿部の服を羽織る三橋は嬉しそうで、そんな三橋よりも
オレはまた阿部をぽかんと見てしまった。
なんだその顔。

危うく声に出して言いそうになったくらい阿部の顔は赤いままで
それだけでなく、その表情は何だか。

(照れてる・・・・・・?)

としか思えないんだけど、理由がわからない。
阿部の行動はこの2人にはよくあることで珍しくもないし
いつもならもっと大量にくっ付く小言がやけに少ないのは置いておいても
顔が変すぎる。
首を傾げていると、阿部は顔よりももっと変なことを言った。

「・・・・・・・でもそれ、似合ってるよ」
「え」

持っていた箸を落としそうになった。

「や、その服さ」
「・・・・・・・・ありがとう」

決して変な言葉じゃない、それはわかってる。
実際その服が三橋に似合ってるのも認める。
けど、阿部のそのセリフはさながら亀が兎よりも素早く走ったりとか
ジャングルのど真ん中にぽつんとセブンイレブンが出現したりとかつまり要するに。

(に、似合わねえ・・・・・・・・!!)

内容だけでなく言い方とか表情も恥ずかし過ぎて、顔がじんわりと熱くなった。
阿部らしくないセリフに赤面したのはオレだけじゃなく、三橋もだ。
でも絶対に理由は違うだろう。
その証拠にその後これまた三橋らしからぬ笑みを零した。
それを見た阿部の表情までまた見てしまって。

正視に堪えなくて、目を逸らした。 遅すぎたけど。
なんでオレ、ワープ能力がないんだろうと本気で思った。
さっきまでより恥ずかしさ倍増なのは今はオレだけじゃない、はず。

縋るように辺りをきょろきょろして同士を探してからがっかりした。
周囲の面々はさっきと同じように誰もこっちを見てはいず、
いたたまれないのはオレだけのようだった。 孤独だ。

ちらりと視線を戻すと阿部の上着を羽織って嬉しげに食べるのを再開した三橋と、
それを見ながら自分の口のほうは止まったまま
依然として赤い顔の阿部が、仲良く結界を作っていた。
結界が見えるのはオレだけなんだろうな とまた孤独感に浸る。

阿部の妙ちくりんな顔だの言葉だのの理由はわからなくても
1つ確実にわかることは。

「春だなーまったく!」

誰にともなくやけくそ気味につぶやいてから
「今だけじゃなくていつもか」 と密かに自分で突っ込んだ。
やってらんない。
とにかく全部食ってあっちの栄口のほうにでもさり気なく移動して
本来の目的である花見にいそしもうそうしよう。
阿部が桜ならぬ三橋鑑賞しようが自由だけど、オレは正しく花を愛でよう。

と、もう横は見ずに大急ぎで食いに専念し始めた。










SIDE ABE



正直この寒いのに、と思わないでもなかったけど
たまにのんびりとした時間を過ごすのは悪くなかった。

けど実際のところあまり 「のんびり」 とはいかなかったのは
三橋の世話を焼くので忙しかったからだ。
でもこれは楽しい作業なんであれこれ注意しながらオレは満足していた、んだけど。

最初から気になっていたことが三橋のくしゃみをきっかけに
どばっと表面に出てきて、思わず咎めてしまった。

「なんでそんな薄いの着てくんだよ」

ずっと言いたかったことを口にした、途端に三橋が目に見えてしょげた。 少し慌てた。
しょげるのは珍しくないけど、これくらいはもう慣れてるはずだ。
そんなキツく言ったつもりもないのに、これじゃ1年の最初の頃みたいだ。

本音を言えば似合ってるなと思ってた。
初めて見るそのジャケットは春物っぽくて色とか雰囲気とかが
着るものなんぞどうでもいいオレがこっそり感心したくらい、三橋によく合っていた。 
母親の見立てだろうか。
けど、褒めるなんて芸当ができるわけもするつもりもなくて、
間近で見ると思ったより薄手なことに気掛かりを覚えて
そのマイナス要素のが大きくなっていたのがマズかった。 でも今さら

と忙しなく巡らせていた思考が突然中断した。

「あれ・・・・・?」

改めてまじまじと見て、そして気付いた。
この服は知っている。

最近水谷が帰りに服屋に寄って、なぜか皆で入る流れになって
三橋もいたんで、それだけの理由でオレも入った。
店の中で 「好きな人に着せたい服」 なんてのが話題になった時も
どうでもよかった。 乗るつもりもなかったのに、
ふと目に留まった1枚が三橋に似合う気がして深く考えずに指し示した。
それが確かこれ、だったような気がする。 
ようなじゃなくて。

(これじゃん・・・・・・・)

一瞬混乱した。 何でこれを三橋が。

(オレ、あん時三橋に薦めたっけ・・・・?) 

記憶を探るまでもなく分かってる。 そんなはずはない。
示した時思い浮かべていたのは三橋だったけど、言うはずない。
なんかの病気で記憶がすっぽり抜けているとかじゃない限りは。  なら何で今。
それとも元々三橋が持っていた服を以前見たことがあって
そうと気付かずに無意識に同じものを指したんだろうか。

わけがわからなくて勢いよく渦巻いていた疑問だのナンだのが
ここでまたぶつりと途切れた。 もっと重要なことに気付いたからだ。
まずやるべきことがあるだろオレ!

というわけでさっさと上着を脱いで強引に着せた。
オレは寒くない、と言ったのは嘘じゃない。
頭がパンクしそうになってるせいか、寒いどこじゃない。  顔なんて熱いくらいだ。

「ありがと・・・・・・」
「いや・・・・・・・・」

沈んでいた顔が綻んだことにホッとして、
そのせいでまたさっきの疑問が舞い戻ってきた。
いつもなら付け加える細かい注文も忘れるくらいの勢いで。
三橋に着せたいと思った服を本当に本人が着ている、のは何故だ。

(まさか三橋が聞いていて・・・・・・)

あり得ない想像がよぎったと同時に褒めてやりたい衝動まで湧いたせいで、
もっと顔が火照ったのがわかって焦った。 ちょっと落ち着けオレ!

そうだ、あり得ない。 ただの偶然だ。 だから仮に褒めても問題ない。
いやでももちろん、言わない。 そんなこと言うなんてもっとあり得ない。
でもさっき凹ませた分フォローしたい気も。
いやいやそんなハズカシイこと言えっか!
歯がぼろぼろ取れたらどーすんだ!

とかどばーっと湧いたのに。

「・・・・・・・でもそれ、似合ってるよ」
「え」

今のダレが言ったんだ、オレか。

マヌケな自問自答をした。
思ったこととやったことが真逆だ。 信じらんねえ。
でもそんな一瞬の驚愕をよそに、口はちゃんと続きを言った。

「や、その服さ」
「・・・・・・・・ありがとう」

言って良かった。

すぐにそう思った。 マジ良かった。
こんなふうに笑ってくれるんだったら。
歯も取れなくて良かった。

見惚れていると三橋はまた食い始めた。
それが実に嬉しげなのは食うのが幸せなんだろうけど
オレの言葉も少しは手伝っているといいな。

願いながらぼけっと見惚れていた。
それくらいさっきの顔も今の様子もかわいかった。
花井が何か言ったようだけど見るのに忙しくてシカトした。
自分が食うのも忘れて、オレはそのまましばらく見続けていた。












SIDE MIHASHI



真新しい上着に腕を通しながらどきどきした。
その後待ち合わせ場所に行く間にもずっとドキドキしていた。

好きな人に着せたい服、 と阿部くんが指さしたのを見たのは偶然で、
その時はちくりと痛みを覚えてから急いで考えないようにした。
でもその何日か後に春物の服がないから買ってくるようにと
お母さんからお金を渡された時、ぽんと思い出してしまった。
オレには関係ない、と慌ててまた流したのに。

買ってしまった。
どうかしてる と思った。

しかも今日の気温では冬物のほうがいいかなあと思って、
そうわかりながら着た時にも 「どうかしてる」 とまた思った。
そして勝手に1人で緊張していた。
阿部くんは不愉快にならないだろうか。
好きな女の子に着せたい服をオレなんかが着てたら、どう思うだろう。

けど会った時の阿部くんは全くの無反応で
ホッとしたようながっかりしたような複雑な気分でいたから。

「なんでそんな薄いの着てくんだよ」

ずきりとした。
当たり前のことを言われただけなのに、悲しくなった。
でもこんなの変だってわかってる。
勝手に盗み聞きして勝手に買って、着るべきじゃない日に着てきて
何を期待していたんだろう。 がっかりする理由なんて、全然ない。

阿部くんはきっと覚えてないんだ。
大体好きなコに着せたい服なんだから、覚えていたら
逆にイヤな気持ちになっただろうに、オレは本当にバカだ。

こっそりと凹んでいたら、阿部くんは自分の上着を貸してくれた。
それがまた申し訳なくて。

「えっ いい・・・・・・」
「いーから着てろ!」
「でも 阿部くんが」
「オレは寒くねーから、ごちゃごちゃ言わねーで着ろ!」

怖い声に、もう逆らわずに頷いてから気付いた。
阿部くんの顔が変だ。

怒ってるはずなのに、顔が真っ赤ですごく変だった。
怒ってるんだか笑ってるんだかよくわからない。
なんだろう? とじいっと見ながら渡された上着を着たら、あったかかった。 
阿部くんの、体温、だ。

そう思ったら急に嬉しくなった。
あんまり怒ってないみたいだし、オレって単純だ。

「ありがと・・・・・・」
「いや・・・・・・・・」

阿部くんの顔がもっと変になった。 なんでだろう。
なんかオレ、おかしなこと言ったかな。
不安になって、慌てて今の会話を思い返してもよくわからない。

「・・・・・・・でもそれ、似合ってるよ」
「え」
「や、その服さ」

全部飛んでしまった。
ぶっきらぼうな声だったけど阿部くんの顔はまだ赤くて、きっとお世辞とかじゃない。 
わかんないけど多分、絶対。

「・・・・・・・・ありがとう」

すごく、嬉しい。 
阿部くんはきっと、服屋でのことを忘れてるんだろうけど、
覚えていたらヤな気分になったかもだから忘れてくれてて良かった。
阿部くんの好きな服が似合ってて嬉しい。 
褒めてもらえるなんて夢にも思ってなかった。
あんまり嬉しくてふわふわしていたら

「春だなーまったく!」

オレの心を代弁するかのような誰かの言葉が聞こえた。















                                        春爛漫 了 (オマケ

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                                                   もはやバカっぷるの域になってきた。