オマケ





ベッドに入ってからも、三橋はなかなか寝付けなかった。
いつもならすぐに眠れるのに今日はダメなのは、気になっていることがあるからだ。

(阿部くん、機嫌悪そうだったな・・・・・・・)

帰る前の様子を思い出して気持ちが沈んだ。
最初はあからさまに仏頂面をしていた。
その後の打ち合わせの間は一見すると普通だったけど、やっぱり少しおかしかった。
どこが、とはっきりとは言えないけれど、感じた微かな違和感は最後まで消えなかった。

(きっとオレが 頭悪い、から)

もっと沈んでいくのを自覚して、振り切るように頭を振った。

(何か、明るいことを考えよう・・・・・・・・)

そう努めたせいか、ふいに今日の別の光景がぱっと浮かんで
それにつれて言われた言葉も蘇る。

『感動しました! すごいっす!』

顔が緩んだ。 こそばゆい、けどもちろん悪い気はしない。
お世辞でも褒められれば嬉しくて当たり前だ。
人懐こいその後輩が羨ましくて、実は密かに葛藤などもあるのだが、
自分に対してもわかりやすく好意的に接してくれるのは純粋に有難かった。

(明るい、人だよね・・・・・・)

「廉さん」 と呼ばれるのも初めてで、練習中に最初に聞いた時は
一瞬自分のことだとわからなかった。
とまどったものの、その後も何度か呼ばれるうちに慣れてきた。
でもその後輩が阿部と何かを話しているのを見た時に、
こっそりと聞き耳を立てたのは何故だったのか。

そこまで思い出して、三橋は唐突に気が付いた。

(あの時、オレ、ホッとした・・・・・・・)

後輩は 「阿部先輩」 と呼んでいた。
それを確認して離れながら感じていたのは、確かに安堵だった。

(あれ? てことはオレ・・・・・・)

今頃わかった。
「隆也さん」 と呼んでほしくなかった。 だから安心したのだ。

(なんで・・・・・・?)

考えても理由はよくわからなかった。 
そんなことを望む権利なんてない。 わかっている。
でも本音だった。 誰にもそう呼んでほしくない。
過去の誰かれはしょうがない、でもこれからは。

暗闇のせいかするすると正直な気持ちが出てきて、そしてまた
ふいに思い至ったことが1つ。

(オレ、そう呼びたい、のかな・・・・・・・?)

そんなまさか、と慌てて否定しても誘惑に抗えない。
それもありだ、などと言い訳しながら試しにつぶやいてみようとして。

「た、た、た、た、た、た、たか・・・・・・・・」

そこまでで力尽きた。

(む、無理・・・・・・・!!)

転げまわりたいほどの羞恥に襲われて、ばさりと布団を被った。
狭い空間で丸くなると少し落ち着いて、動悸が収まってからまた思いつく。

(逆だったら・・・・・・・?)

そっちのほうが簡単だった。
廉、と呼んでくれる阿部を思い浮かべると幸せな気分になった。

(呼んでほしい、な・・・・・・・)

名前で呼ぶ人は家族とその後輩以外にもいるけれど、阿部は別格だ。
阿部が、あの声で呼んでくれたらば、それは自分にとって特別なものになる。
何故だかはよくわからないけど、絶対だ。

『廉』

再び想像してうっとりしながらも。

(でも、それはないかな・・・・・)

予防線を張るのは傷つかないための習性のようなものだけど、
それでも三橋はどこかで夢を見る。
なぜなら1年前と今とでは変わったこともある。
これからだってないとは限らないし、それに。

『廉』

そう優しく、あるいは厳しく呼んでくれる阿部は頭の中にしかいなくても構わないのだ。
実際に呼ばれたらどんな顔になるかわかったもんじゃない。
でも今はいくらだらしなくニヤけようが頬が熱くなろうが気にしなくていい。
暗がりだし布団の中だし誰も見てないし、夢見るのは自由だ。
阿部本人にはもちろん、誰にも秘密だけど。

(いつか、そんな仲になれると いいな・・・・・・・)

幸福な眠りに落ちながら、三橋はそう願った。







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