オマケ2 (後日談)





花井は居心地悪く身じろぎした。 正直なところ気が重い。

主将なんて体のいい雑用係のようなもんだよな、と花井は時々思う。
しかし内心でぶつぶつと文句を垂れるも
この件に関しては誰かに頼まれたわけではなく、見過ごせないと自ら判断したことだった。

目の前にいる後輩は身を縮めて正座なんぞしていて、緊張がひしひしと伝わってくる。
その理由は花井にも想像できた。 
実質がどうであれ、自分はこのチームの将なのだ。
入部してからまだそれほど経っていないのに
「ちょっと話がある」 とだけ告げて練習後に残ってもらった経緯では
彼でなくても不安になるだろう。
そして用件の内容は後輩にとっては不本意だろうともわかるので、
実はあまり言いたくない。 けれど言わないわけにはいかないのだ。

意を決して花井は重い口を開いた。

「あー、残ってもらって悪かったな」
「いえそんなっ」
「あのさ、単刀直入に言うな」
「はいっ」
「呼び方のことなんだけど」
「・・・・・・へ?」

後輩はきょとんとした。
何を言われたのかよくわかってないらしい様子に説明を付け加える。

「おまえ、三橋のことを 『廉さん』 っつーだろ?」
「あ、・・・・・・はあ」
「あれ、やめてほしいんだ」

核心だけを告げたのは理由を言いたくないからだ。
聞いてくるなよ、という切実な願いは、でもあっさりと砕かれた。

「あのう・・・・・・なんでっすか?」

聞き方に反抗的な響きは微塵もなく、つまりは純粋な疑問なのだろう。
元より彼が素直で無邪気な性格なのはもう知っている。
あっけらかんとしたところは田島に似ている気もするが、
やや鈍感な印象はむしろ真逆で、似て非なるといったところか。

「なんでって、それは・・・・・」

言い淀みながら脳裏に1人の男の姿が浮かんだ。

一番最初に後輩がそう呼んだ時の阿部の顔たるや、実に見ものだった。
普通にしていても穏やかとは言い難い顔つきなのに、その瞬間
凶悪そのものな形相になるわ背中からドス黒い何かが噴き出すわで
たまたま近くにいた不運を嘆いたくらいだ。
でもその後必死で抑えようとしている様子はいっそ健気で、
おかしいやら哀れになるやら何とも複雑な気分になったものだ。

それだけで終われば良かったのだがそう上手くいくはずもなく、
何日経ってもちっとも慣れずに後輩が三橋を呼ぶ度に
妙なオーラを漂わせる阿部にげんなりしている。
その時々で怒りだったり葛藤だったりと色が違うのもハラハラするし、
一番困るのはトーンダウンした機嫌が常態になりつつあることだった。
ただし僅かな変化だから、花井だって同じクラスでなければわからなかっただろう。

が、そんなごく小さな異変にも相棒である三橋は気付いてしまうのが問題だ。 
さらに良くないことに三橋は阿部の不機嫌を己のせいにしかねない。
2人はチームの要なのだ。
放っておくと阿部個人の問題に留まらずチームの不安要素にまで発展しそうで、
そうなる前に阻止する義務が花井にはあった。

という事情をどう伝えたらいいのやら、頭が痛い。

チームのため、では説明が足りなすぎる。 
もっと突っ込んで聞かれるのがオチだろう。
かといってバッテリーの、特に捕手の心の平安のため、と言うのも躊躇われた。
阿部はあれでも最大限の努力で抑え込んでおり、
実際気付いてない部員のほうが多いだろうし、
阿部のプライドを勝手に踏みにじるのは気が引ける。

どうしたものか、と悩みかけた花井だったが、そこで思い出したことがあった。
ぱっと光明が射して、これだ! と花井は飛びついた。

「つまりさ、おまえの場合三橋だけ違うじゃん?」
「あ、はい、そうっすね」
「それはちょっとマズいと思わねえ?」
「え・・・・・そっすか」
「うん、まずいよ」

それも事実だった。
後輩は三橋だけ 「廉さん」 で他の部員のことは苗字に 「先輩」 を付けて、
つまり普通の呼び方だ。
彼にしてみればそれだけ三橋を慕っている表れなのだろうが、
そこまで露骨だとあまり良くないのも本当で、実際に泉が顔を顰めたのをつい昨日見たのだ。
その時泉は何も言わなかったけど、このままでは遠からずずけずけと毒を吐きそうだ。

「今んとこ苦情はねーけど、結構目立ってるっつーか」
「そっか・・・・そっすよね・・・・・」
「みんながそう呼んでんならいいんだけど、おまえだけだしな」

みんなというより 「阿部が」 なのだがそれは言わない。

「はい・・・・・・・・」
「それがダメってんじゃねーけど、調和も大事だし」
「そっすね・・・・・・・オレ、気付かなくて」

しょんぼりとうなだれた姿に同情も湧いた。
悪気は全くないのはよくわかるだけに、フォローもしてやる。

「わかってくれたらいいよ。 まあチームだからいろいろと気ぃ回さなきゃならないこともあんだ」
「はい、すんませんっした・・・・・・・・・」
「おまえに悪気ねーのは皆わかってるからさ。 ただ三橋だけ特別ってのがな」
「・・・・・・あ!!」

突然後輩の目がきらきらと輝いて、花井はぎくりとした。 良くない予感がした。

「オレ、いいこと思いつきました!」
「・・・・・・・いいこと?」
「全員同じにします!!」
「・・・・・・・は?」
「廉さんだけでなく、先輩がた全員統一すれば問題ないっすよね?!」

そうくるか、という花井の狼狽をよそに後輩は嬉々としてその場で次々と連呼していった。

「ユウイチロウさんにコウスケさんにフミキさんにタカヤさんにシンタロウさんに・・・・」

あっけにとられた。 
よく覚えてんなとうっかり感心しかけて、直後にハタと引き攣った。
その場合当然自分は。

「アズサさん!!」

げえっとなった1秒後には怒鳴っていた。

却下ーーーーーーーっ
「え」

後輩の目が丸くなってから悲しげに曇った。
悪気がないのはわかる、そりゃもうよーくわかるのだが!

「それは絶対ダメだ!!」
「な、なんでっすか・・・・・・」

手強い、と内心で唸りつつ花井は初めて本気で阿部に同情した。
もちろん嫌がる理由も状況も全然違うけれど、呼び方というのはバカにできない。
結構、いや大変大きい。 たかが呼び方、されど呼び方。

「なんでもダメなもんはダメだ!」
「・・・・・はあ」

硬化した気配が伝わったのか、後輩はまたしゅんとしながらも
納得してないのは丸わかりだ。
一番大きな理由を言ってないからそれも当然だが、
ここに来て花井は心底面倒くさくなった。
なのでもう理由付けを素っ飛ばして切り札を出すことにする。

「これは主将命令だ!!」

ぱちりと、後輩は目が覚めたように瞬きした。 次いで表情が引き締まった。
運動部員には問答無用の威力を持つその一言に逆らえるわけがない。

「はい!」
「てことでナマエ呼びは当面禁止!」
「はいっ わかりました!」

主将であることもたまには便利だ、と満足した瞬間だった。










                                               オマケ2 了

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                                                        めでたく一件落着