ハッピーエンドのその先に(中編)





その日の朝、部室の戸を開けたら珍しいことに三橋がもう来ていた。
だけでなくさらに珍しいことに田島までもう来ていた。
それだけなら単に 「珍しく揃って早いな」 だけだったんだけど。

三橋は泣いていた。 朝っぱらから。
そして田島はそんな三橋をしきりと慰めていた、らしい。

らしい、というのはオレが入るなり2人がぎょっとしたようにオレを見て
三橋は慌てた顔になって、一方田島は難しい顔でむっつりと黙り込んでしまったからだ。

むかむかした。

「・・・・・・・なにやってんだよ」

我ながら不穏な声になった。
けど、2人とも何も言わない。 
三橋は涙を引っ込めるのに忙しそうだからまだわかるとしても田島まで。
感じが悪いことおびただしい。

オレは面白くないのと不安なので (だってもしかしたらオレのことで泣いてんのかも)
何とかして涙のわけを聞きたい。
だけど睨みつけても2人して黙り込んでやがって。
気まずい沈黙が落ちたところで、 「おっはよー」 という能天気な声とともに
水谷が入ってきた。

「「おっす・・・・・・・・・・・・」」

ぼそぼそとオレと田島が返したら、水谷は一瞬怯えたような顔になった、けど
直後に泉だの西広だのがどやどやと入ってきて
いつもの朝の光景になっちゃって、
結局オレの知りたかったことは聞けずじまいで終わってしまった。 






○○○○○○

そんなことがあったんでその朝は練習中も何となく気まずいオレと三橋。
三橋は明らかにオレに対して必要以上におどおどしている。
泣いていたのがオレに関係ないことならそんなふうになるわけない、と思うと
やっぱ原因はオレか・・・・・・・・・・・・・・
大体何かあったらオレに言えってのは厳しく言ってあって、
三橋もちゃんとそうしていたのに今回は田島に泣きついた、てことは
オレには言えないことなんだろう。

うじうじと考えていてもわからないし、面倒だとばかり休み時間に9組に行って
田島を廊下に呼び出した。  わからないことはとっとと聞くに限る。

「なんだよ阿部」

心なしか、田島の目が冷たい。

「朝、三橋となに話してたんだよ?!」
「あー・・・・・・・」

田島はしばらく、らしくなく逡巡した。 言うか言わないかで迷っているようだった。
ようやく口を開いたと思ったら。

「阿部さ」
「なに」
「泣かしてんじゃねーよ」

瞬間怒りで口が聞けなかった。

だーかーら!!! その理由が知りたいとオレは!!!
それ以前に!! キスしたいってのがそんなに悪いことか?!!
恋人なら当たり前だろーが!!
嫌がってんのはあっちで泣きたいのはむしろオレだーーーーー!!!!

と心の中で絶叫しながらも、廊下でそれをそのまま叫んだらまたしばらくの間
ひそひそと噂されてオレは別に構わないけど三橋が恥ずかしがるし、なんて
アタマの片隅で妙に冷静な思考がちまちまと流れている間に
田島はさっさと教室に引っ込んでしまった。

あ の や ろ う ・・・・・・・・・・・

怒り狂いながらもまた ちまちまと隅っこで冷静な声がする。
田島はもしかして 「第三者がヘタに口出しすべきじゃない」 とか思ったのかも。
田島って一見考えなしなようだけど、意外と気配りもできるしな・・・・・・。
やっぱり本人だ。
逃がさずに三橋本人に涙のワケを聞かないとどうにもならない。
それで振られたら、その時はその時、


・・・・・・・・なんて全然思えないから、その時は
「3ヶ月だけ」 とか拝むように頼めばあいつは気が弱いからきっと付き合ってくれる。
3ヶ月の間にいろいろいたしまくって、オレから離れられなくしちゃえばいーんだ。

今度は健気とはとても言えないようなことをオレはこっそりと考えた。







○○○○○○○

「話がある」

改まった口調で言うと三橋は真っ青になった。
とにかく話してもらわないことにはキスどころか交際の続行すらも危うい、
と踏んだオレは正攻法で話し合いを申し込んだ。

「今日練習終わったら残っててくれ」

三橋はこの世の終わりのような顔で頷いた。
その顔を見てオレもこの世の終わりのような気分になった。
そんなに、キスすんの嫌なのか・・・・・・・・・
マジで、ダメかも。 
いやでも3ヶ月作戦にオレはかけるぜ!!
とか燃えつつもやっぱり心のダメージは大きい。

だもんでその日の投球練習はお互いにさんざんだった。
三橋のコントロールはめたくそ。
オレもぽろぽろと落としたりして、最後にはモモカンに締められた。 くそっ

でもそんなことも今日で最後にしてやる!!

オレは鼻息も荒く残っていた。

皆が帰ってようやく2人になれた時、三橋はもう真っ青なだけじゃなく
目が泳いでて手が震えてて、一目で 「怖がっている」 とわかった。
なので言ってやった。

「話をするだけだから」
「・・・・・・・・。」

言ってもあまり様子は変わらない。
とにかく話を進めよう。 といっても何から聞けばいいのかオレもよくわからない。

今日なんで泣いてたの? とか、
何でオレと2人になると逃げるんだ? とか
そんなにキスすんのイヤか?  とか
もしかして恋人と思っていたのはオレだけ? とか

幾つかの質問事項がくるくると回ってどれから聞こう、なんて迷っているうちに
三橋のほうが口を開いた。

「あ、阿部、くん」
「あ?」

びっくりした。 てっきりこっちが質問攻めにして果たして答えてもらえるのか、とか
そんな心配ばかりしていたから。
でも次に三橋の口から出てきた言葉を聞いてオレはもっと驚いた。
三橋は涙目で、みるからに必死な顔だった。

「お、オレ、大丈夫、だから」
「は?」 
「こ、心構え、・・・・・できてる  カラ」
「・・・・・え・・・・・」

キスの? てことだよなこれ。

今までの不安な気持ちが吹っ飛んで、あっというまに心が軽くなった。
嬉しい。

「い、いっぱい、 逃げちゃって、ごめ、んね・・・・・・・・・」
「いいよ」   おまえのそんなトコも好きだぜオレ!
「ででででも」
「?」     でも、なに??
「ききき嫌わない、で、ほし・・・・・・・・」
「??」  

なんで嫌うの? キスして??
キスするとなんかまずいことでもあんの??  実は舌がへびみたいとか?
オレ別にそれでもいいぜ?

ウキウキと三橋に一歩、近づいた。

「わ、別れても」
「は?」  

目が点になった。  今なにか変な単語が。

「き、嫌いにならな」
「ちょっと待て」

思わず途中でさえぎった。  何だか話の成り行きがおかしくねーか?

「別れても、って何だよ」
「え・・・・・だって・・・・・」
「・・・・・?」
「阿部くん、オレと別れたい、んじゃ」

はい???

「だって最近しょっちゅう怖い、 顔して オレのこと、見て」

怖い?!

「何か、言いたそう  だし」

いやキスしたいだけ・・・・・・・・・・・・・

「も、もうオレのこと嫌いに、 なっ」

そこまで言って三橋はひっく、としゃくりあげた。
オレは、何か言おうと口を開けたはいいけど言葉が出ない。
何でかというと呆れすぎて。
代わりにぐるぐるとアホみたいに思考だけが回っている。

誤解するにも程がある。  嫌いだの別れるだの。
一体どこからそういう発想が。
そもそもオレはおまえを抱きたくて。
だからその前に段階を踏んでキスをしようと。
いやそのためだけでなく真面目にキスしたいってだけで。
・・・・・待てよ・・・・・・・・・・・・
・・・・・・オレ、 そ ん な に 怖い顔してたってこと? (すげーショック)
別れるどころかエッチがしたくてたまらないんですけど。
毎晩すっぽんぽんのおまえが夢に出てきて洗濯がタイヘンなんですけど。
とか言ったらこいつはどうすんだろ・・・・・・・・・・・・

オレが呆けてアホと化している間に三橋はぐいっと目を拭った。

「あり、がと。 阿部くん」
「え?」   なんでここで ありがと?
「オレ、阿部くんのこと、好き、だから」 
「はぁ」   オレも好きだよ。
「少しの間でも付き合ってもらえて、幸せだった・・・・・」

ちょっと待てぇ!!!!

「明日からは」
「おい三橋!!」
「友達に」

こんな時ばかり つっかえないで言葉を発する三橋にオレは絶叫した。
なんて言えばいいか、なんて何も考えてなかった。

「オレは!!!」
「へ?」

「おまえを抱きたいんだーーーーーーーーーー!!!!」

叫びながら、  あ、ちょっと間違えた、かも、  とちらっと思ったのと
部室のドアが音を立てて開いたのがほぼ同時だった。













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                                                  大分間違えた。