ハッピーエンドのその先に(前編)





何かが足りない。

ふとそう思ってから自分で 「何が?」 と自分に突っ込んだ。
だって足りないものなんかないはずだ。

部活は充実している。
勉強も今のところ特に問題ない。 しかも。

オレは三橋まで手に入れた。
いや投手としてのあいつじゃなくて (それはもうとっくだ)
「恋人」 としてのあいつも。

何だか勢いで交際 (というべきだよなやっぱり) を申し込んだわけだけど
実際そうなってみるともうこれしかないというか、
何で今までボケっと相棒兼友人、だけで我慢できていたのか不思議だ、
というくらいの満足感があった。
三橋はオレといると幸せそうだし (決して自惚れじゃないと思う)
悩みがあれば今は田島じゃなくてオレに話してくれるし (とオレが厳命している)
あいつにとって一番近い他人は現在は絶対にオレだ、という確信がある。
すげぇ気分がいい。

なのにこれ以上何が足りないというのか。

少し考えてもよくわからなかったんで、まぁいいや明日また考えよう と思いながら
その日はとっとと寝てしまった。


そして夢を見た。

三橋が出てきた。

夢の中で三橋はオレの見ている前で着ている服を脱ぎ始めた。
全部脱いでから色っぽい目でオレを見て、それから震える声で  「あべ、くん」 と呼んだ。
夢中で手を伸ばしてその白い肌に触れようとしたところで目が覚めた。

いいところで起きちゃった上にパンツまで洗う羽目になってオレは憮然とした。


けどそれでわかった。
足りないモノ。


オレは三橋に触りたいんだ。
キモチ的なことだけじゃなく肉体的にも恋人らしいことをしたい、んだ。
ぶっちゃけて言ってしまえばセックスしたいんだなきっと。
いやきっとじゃなくて絶対。

と思ってからハタと気が付いた。
考えてみれば。  考えてみなくても。


キスすらしてねぇ・・・・・・・・・・・・


だってそういうことする機会がない。  雰囲気もない。

そうか、   とオレは思った。
こういうのってぼーっとしてたらダメなんだ。 
自分でチャンスを探さないと。
いきなり 「オレとセックスしよう!」 なんて言ったら三橋は卒倒しかねないし、
まずはキスからだよな、うん。
慣れてきたら今度は体に触ったりして、それにも慣れてきたら
そろそろ繋げてみましょうよ、 となるわけだよな普通。

何しろそれでなくてもオクテっぽいヤツだから
その辺の手順はきちんと段階を追って踏んでいかないと、
うっかりすると逃げられちゃわないとも限らない。  それはぜってーヤだし。


そう考えたオレは三橋にキスをするべくチャンスを探し始めた。





○○○○○○○

一番手っ取り早そうなのは部室で2人になれる時だ、  とオレは考えた。
朝は誰が来るかわからないから、帰り、だよな。
幸いなことにあいつは着替えが遅い。  大抵一番ビリだ。
皆が帰っちゃってから。   今までもたまに2人になれることはあったし。

・・・・・・と思ったのに。

これが そうと決めた途端にちっともない。
皆が帰るのを待っていても誰かしら残っている。
そのうちに三橋の着替えが終わる。  当然残った面々で連れ立って帰る流れになる。

待ってるだけじゃダメだ、画策しないと、 と程なくして気付いたオレは
ある日の練習中に三橋に 「今日終わったら残ってて」 と囁いた。
三橋は 「え?」 という顔をしたけど素直に頷いてくれた。  よしっと!!

自分の着替えを終えた後、わざとのんびりと部誌を書いた。
最後までいた田島が 「おまえ帰んねーの?」 と三橋に聞いているんで
素早く 「あー、三橋に手伝いを頼んだんだ」 としらっと言ってやった。
田島は 「ふーん」 と軽く流してくれて (ありがたいぜ) 「じゃ、お先」 とあっさりと消えてくれた。
しめしめ。

誰もいなくなるやオレはとっくに書き終わっていた部誌をパタリと閉じた。
それから目的を遂行するべく立ち上がったら。

いきなりドキドキしてしまって自分で驚いた。
なんでこんなに動悸が。
おまけに血がすーっと下がっていく感覚すらある。 これってつまり。
オレひょっとしてものすごく緊張してるんじゃ。

とわかったけど、でもしたいもんはしたい。
せっかく作ったチャンス・・・・・・・・・・・・と鼻息も荒く三橋を見ると
三橋はオレの顔を見るなりぎくっとした表情になった。
だけでなく一歩、後ずさった。
なんだよそのリアクションは!!!
オレたち付き合ってんだろ?!
傷つくじゃねーかよ!!!

凹みつつもとにかくキス。  捕まえてしちゃえばこっちのもんだぜ。
何しろ両思いなんだからな!!

決意を新たにして三橋に近づいたら。

三橋の顔がみるみる引き攣った、 かと思うと叫ぶように言った。

「あ、の、  阿部くん!」
「は?」
「オ、オレもう、帰る、ね・・・・・・・・・」

え??!

オレは耳を疑った。 そりゃないんじゃねーの?!
せっかくキスできる絶好のチャンス・・・・・・・・・・・

なんて呆然と考えている間に、三橋は素早く荷物を引っ掴んで部室から走り出ていってしまった。

どうして。

いっつもトロくせーくせに、こういう時に限ってあいつは素早いんだろう・・・・・・・・・

少なからずショックを受けて呆けながら、
もしかして、下心を悟られて怖がられた、のかもしれないと考えた。
三橋ならそれもありそうだ。

そうだとしたら、焦りは禁物。
チャンスはまた作ればいーさ。

うなだれながらもオレは前向きに考えた。 我ながら健気だぜ。





○○○○○○○

なのに。

オレがそれからも一生懸命2人になれるように画策して、
上手いこと2人きりになれて 「さぁキスだ!!」 と張り切って近づこうとするたびに
三橋は 「もう帰る」 だの 「ちょっとトイレ」 だの 「先生に呼ばれた」 だの
ワケのわからん言い訳を必死の形相で言いやがって、
オレが一瞬迷ったり怯んだりしている隙に見事なくらい素早く、去ってしまう。
そんなことが何回か重なるに及んで悟らないわけにはいかなくなった。

・・・・・・・・・・間違いなく。

・・・・・・・・・・・・・・逃げて、  いる・・・・・・・・・・・。

わけがわからない。
オレたちは恋人なんじゃねーのか?
「付き合ってくれ」 と言ってあいつは 「ハイ」 と応じたんだ。
実際こうなる前まではキスこそないけど2人で甘い時間も・・・・・・・・・・・・

と考えてまたオレは気付いた。
いわゆる 「甘い時間」 なんてなかった。
付き合う、てなってからも実質はそれまでとほとんど同じ。
お互いの視線が以前と違ってきたから 「甘い」 と錯覚していただけで
ハタから見たら何も変わったことなんてない。

そうだよだから。
「なにか足りない」 と思ったワケで。
だからこそ、オレとしてはそういう恋人らしい時間を持ちたくて頑張ってんのに。
あいつは逃げる。  てことは。

そこまで考えてオレはある可能性に思い至って、いきなり頭を殴られたような気分になった。

三橋はもしかしたらオレと同じ気持ちじゃないのかも。
オレはあいつとキスとかそれ以上のこともしたいけど。
あいつは違うのかも。
特別な友達、くらいで充分なのかもしれない。
というか最初からそういう気持ちだったのかも。
だからオレの雰囲気から危険な何かを察知して怖くなって逃げまくっているのかも。

そう考えると辻褄が合う。

ヘタに強引なことをすると進展どころか、後退する可能性だって・・・・・・・・・・


オレは自分の推測に打ちのめされた。
でも今さらただの友達に戻るなんてぜってー嫌だ。
何とかあいつの気持ちをそっちに持っていく方法はないものか、と
またもや前向きに悶々と考え始めたところで、
さらに追い討ちをかけるようなことが起こった。











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                                                 キミはどこかズレてると思う。