ハッピー・バレンタイン





三橋は悩んでいた。
こんなことで悩む自分はどうかと思いながらも悩まずにはいられない。
なぜならどうしても気持ちを 「形」 にしたかったから。

自分は口下手だ、と三橋は自覚している。
そんな自分が阿部の恋人になれたのは奇跡にも等しいと、常々思う。
そしてそれは結局阿部の努力によるところが大きいんじゃないかということも
日頃感じていることだ。

実にマメに、阿部は気持ちを分かりやすく表してくれるから、
今まで大きな不安を感じることもなく、幸せに過ごせてきたのだと三橋は思う。
その表現方法は言葉よりも行動のほうが多いけど
そういう意味では阿部とて口が上手いほうではないのかもしれないけど、
でも自分はそれを受け取るばかりのような気がしてしょうがない。
阿部本人はそれを不満とも思っていないように見えるのが救いだが、
「申し訳ない」 とはいつもどこかで感じていた。  だからせめて。

(こういう機会には、何とか・・・・・・・)

と決心は固いのだが、いかんせんその場に行くと
羞恥だの気後れだのに加えて、現実問題混雑がすごくて
ゆっくりと選ぶことすら困難なのが現状だ。 このままではヘタすると。

(・・・・・・・買えないまま、当日に、 なっちゃう)

そう思うと焦りとともに涙が零れそうになる。
情けない、と己に嫌悪感も湧く。
こんなことなら、もっと早く用意しておけば良かったと後悔しても遅い。
三橋は知らなかったのだ。

バレンタインデー間近のチョコレート売り場があれほどすごい人出になるとは。
しかも右を見ても左を見ても女性ばかり、という居心地の悪さも加わって
陳列ケースの前まで行くことすらままならない。

たかが買い物されど買い物、 なのであった。







○○○○○○

2月に入った辺りから少しずつ意気消沈していく三橋に
いち早く気付いたのは田島だった。
部活中は目立たないが、普段教室にいる時にわかりやすく沈んでいる。
そして気付いたその日のうちにすぐに問い質す辺りはいかにも田島らしく、
三橋には相性のいい友人と言えるだろう。

と、そのことも三橋は自覚していたので、有難い友人の問いかけに
あっさりと悩みを白状した。 田島は目を丸くした。

「買えない・・・・・・?」
「うん・・・・・・・・」
「あー確かにアレはすげーかもしんねーな!」
「うん・・・・・・・・」
「でもさ、阿部はその辺のコンビニで買ったちっこいやつでもぜってー喜ぶぜ?」
「・・・・・・う、 ん・・・・・」

頷きながらも三橋は 「でも」 と思う。
自分は何とかして気持ちを形にしたいのだ。
そのためには豪華、まではいかなくてもそれなりに良い物をあげたい。

と、切々と考えながらも口に出しては言えない三橋であったが
田島は簡単にそれを察した。 いつもながら鋭い。

「あ、 それじゃおまえがヤなんだ?」
「・・・・・・・う・・・・・」
「じゃあさ、作ればいいじゃん?」
「へ?」

思わず三橋は顔を上げた。

「スーパーの菓子の材料コーナーとかだったらそんな混んでないぜきっと!」
「で、でもオレ、作れな・・・・・・」
「かーちゃんに頼めばいーじゃん」
「え、・・・・・・でもそれじゃ」
「もちろんおまえも手伝うんだぜ?」
「あ・・・・・・・。」
「んで、豪華なチョコケーキとかにすんの」
「・・・・・・・・・。」
「嬉し泣きすんじゃねーかあいつ!」

三橋の頭に大きなチョコレートケーキを渡す自分と、受け取る阿部の嬉しそうな顔が浮かんだ。

「・・・・・・・頑張って、 みよう、 かな・・・・・・・」

きらきらと目を輝かせた三橋に田島は満面の笑顔で言った。

「頑張れ三橋!」











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