花井君の災難 (前編)





うちのバッテリーはどうやら喧嘩した、らしい。
それも結構長引いている。 珍しいこともあるもんだ。

最初は阿部がわかりやすく落ち込んでいた。 かわいそうになるくらい。
2日くらいその状態が続いた、と思ったら次に不機嫌になった。
阿部は元々愛想のいいタイプじゃねぇけど。
それがいっそう無愛想になって終始仏頂面をしている。

加えて三橋が、ここんとこ変だ。  阿部を避けている。  (あの三橋が!)
阿部のほうは野球以外のあれこれでも寄っていこうとしているのが傍目にもわかるんだけど、
そのたびに三橋はそそくさと逃げていく。  ものすごく珍しい。
阿部の仏頂面の原因がそこにあることは間違いない。
練習はそこそこちゃんとやっているけど、2人の間が明らかにぎすぎすしているのが
周りにも丸わかりだ。

それでもオレは放っとくつもりだった。
どうせ犬も食わねぇなんとやらに決まっているからだ。  なのに。

その日オレは水谷をはじめ野球部の面々4〜5人に囲まれてしまった。

「頼むよ花井!」
「この状態が続くともうココロがもたない〜」
「せめてワケを探ってくれよ」
「そんで花井が仲介してやって何とかして」
「ちょ、ちょっと待てよ!」

オレの必死の抗議にも

「オレらもう限界なんだよ・・・・・・・・・・」

とそれ以上に必死な様子の面々。    水谷なんかもう涙を流さんばかりだ。

つまり阿部がフキゲンのあまり無自覚にあちこちで八つ当たりしてるわけだな。
オレはもう慣れているから適当に逃げているんだけど。
水谷あたりはモロ被っているらしい。

「何でオレが」
「だって主将じゃん!!」

きっぱりと言い切ったのは田島だ。

主将ってそこまでやんなきゃならないもんですか、え??

とか心の中で文句を言ってみたけど。
でもあの、細かい事は気にしない大王の田島まで音をあげるというのは
さすがに尋常じゃないかもしれない。
実際練習にまで響いているんじゃ確かに問題ではあるし。

そう思うと無下に断ることもできず、それでも一応精一杯抵抗してみたものの結局押し切られ、
オレは不本意ながらあの2人の個人的なトラブルに片足を突っ込むハメになった。

あぁ気が重い。

でも引き受けてしまったもんは仕方ないから、
とりあえずまずは害のなさそうなほうから聞き出すことにした。







○○○○○○○

昼休みに改まって三橋を部室に呼び出したオレは、さっさと核心に触れた。 時間もねぇし。

「三橋、阿部と喧嘩してるよな。」
「・・・う・・・・・・」
「それが原因で阿部の機嫌が最悪なんだよ。 わかってると思うけど。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「仲直りする気ねぇの?」
「・・・・・・・・だって・・・・」
「うん」
「阿部くん・・・・・・・」
「うん」
「・・・・・ひどい・・・・・・・から」

知ってるよ。
特に三橋のこととなると簡単に理性が大気圏外まで飛び勝ちだしなあいつ。

内心で同意しつつも表には出さずに話を次に進める。

「一体なにされたわけ?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「許せねぇくらいのこと?」
「・・・・・う・・・・・・」
「オレで力になれることがあったらするけど。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「誰にも内緒にしとくからさ。」

本音を言えば聞きたくない。 
阿部→ひどいこと (しかも三橋がそれを言う) というだけでもう知らずに済ませたい。
だけど頼まれちゃったし。
聞いたけど解決どころか何もわかりませんでした、じゃ
オレもちょっと立つ瀬がない。

三橋は黙っている。   言いたくねぇんだな。
そうだろうな、 とどこかで同情の気持ちが湧く。
だってあの阿部だもんな。  「ひどいこと」 だもんな。
絶対言いたくないような何かだろうと、容易に想像がつく。
でも聞き出さないわけにはいかないんだ今回は。

オレは奥の手を出すことにした。

「言わねーんならオレも何もできないし。」
「・・・・・・・・・。」
「しばらくはこの状態が続くってことだよな。」
「・・・・・・・・。」
「じゃあ次の練習試合の先発はオレ、ってことで。」
「え?!!」
「だってバッテリーの仲がぎくしゃくしてんじゃ試合に響くだろ?」
「・・・・・・あ・・・・・う・・・・・・・」

三橋の顔がみるみる青ざめた。
本当にこいつにとって 「投手のポジション」 と 「阿部」 は弱点だよなぁ・・・・・・・・・
少し良心が痛んだけどこの際なりふり構っていられない。 さっさと片付けたいし。

「言ってくれればオレから阿部に忠告してやるぜ?」

すっげー気が進まないけどそれも仕方ない。
でもそこまで言ってもなおしばらく三橋は黙り込んでいた。
待っていると、やがて意を決したように顔を上げて話し始めた。

「・・・・・写真・・・・・撮られた・・・・・・・」
「は? 写真?」
「・・・・・・・うん・・・・・・・・」

身構えていた分、拍子抜けした。

「それのどこがひどいんだ?」
「・・・・・・・・・・。」

三橋はまた黙り込んだ。  だけでなく、赤くなった。  急に、何やら嫌な予感がした。
たっぷり1分は経ってから三橋はようやっと口を開いた。

「最中に・・・・・・撮られて・・・・・・・・」

さいちゅう。 なんの。

危うく聞きそうになって辛くも踏みとどまった。

最中って。   ・・・・・・・・最中か・・・・・・・・・。
あ、阿部 ・・・・・・・・・あいつは・・・・・・・・・まったく・・・・・・・・・・・・

呆れながらも、でもどこかで納得してしまった。
あいつならやりかねない。 けど単純に不思議なのは。

「でもさ、 おまえも何で抵抗しなかったんだ。
おまえだって男なんだから本気でイヤがれば何とか」

「・・・・・・・・・縛られてて・・・・・」

・・・・・・・・・・・・・・聞かなきゃ良かった。

「・・・・それが許せないってわけか・・・・・・・・・」
「あ、 それは。  ・・・・・・・別にもう・・・・・いいんだ。」

え?!  とオレは驚いた。

いいんですかマジですか?!
オレだったらそんな変態さんはちょっと考えちゃうけどなぁ。

「他の人に見せない・・・・・て言ってくれたし・・・・・・・」

そりゃ見せるわけないだろうな。   自分しか見られない特権なのに。
心の中でうんうんと頷いたところで、三橋は爆弾発言をした。

「なのに・・・・阿部くん・・・・見せた・・・・」

何ですとぉ??!!

オレは今度こそ心底驚いた。  にわかには信じられない。
普段の阿部を考えるとあり得ない。

「・・・・マジで・・・・・・・?」
「見せた・・・・・ていうか・・・・・・見られちゃった・・・・・・らしいんだけど」
「・・・・誰、 に?」
「・・・・弟さん・・・・・・・・・」

あぁなるほど・・・・・・・・・・・
おそらく隠していたのに弟が見つけちゃったんだな。
細かい経緯はわかんねぇけど、ありそうなことだ。
ある意味ホっとしながらも、今度は阿部の弟に同情の念を覚える。

「だ、だから。  捨ててって、 頼んだ、 のに」
「はぁ」
「聞いてくれない・・・・・・・・」

あーそういうこと・・・・・・・

ようやく原因がわかって納得してから、ハタと気付いた。

待てよ。
・・・・・それオレが阿部に言うのか?! オレが?!!
三橋の恥ずかしい写真を捨ててやれって?
今のあの、不機嫌のカタマリと化している阿部に、
三橋が頼んでもダメなことをオレが説得すんのか??

正直、嫌だ。 気が重いなんてもんじゃなく、嫌だ。

かといって他の誰かにやらせることもできない。
やらせるどころか、それ以前に。
報告すらできない。
全員が2人の仲を知っているわけじゃないし。
知ってても、チームの捕手が実は変態ですなんてとても。


聞かなきゃ良かった。


深く深ーく、オレは後悔した。
けど今やもう三橋はオレを縋るような目で見ている。
その目は 『説得してくれるんでしょう?』 と切々と言っている。


オレは途方に暮れて天を仰いだ。














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