花井君の災難 (後編)






きっとこれでオレの寿命は1年くらい縮むんだろうな・・・・・・とぐったり思った。 けど。
皆に頼まれて引き受けた、ということと 
「阿部に忠告してやる」 という前提条件で三橋から無理矢理聞き出した、
という2点をほっぽり出して逃げを打つことはオレにはできない。

それがわかっていたので (なまじ律儀な己の性格がいっそ恨めしい。)
オレは翌日の昼休みに今度は阿部と対峙するべく、また邪魔される心配のない部室に来ていた。
目の前の阿部は早くも相当不機嫌だ。 まだなんにも言ってないのに。
最初の 「話がある」 という言葉だけでおそらく見当がついたんだろう。
一瞬気まずげに目を逸らした後はもう眉間のしわを隠そうともしない。

「あのさ、阿部。」
「何だよ。」

なるべく最短時間で会話を終わらせたいオレは、またもや単刀直入に切り出した。

「三橋とさ、仲直りしてほしいんだ。」
「オレだってしてーよ。」
「じゃあ、」
「でもあいつがしてくんねーんだもんよ。」
「あー・・・・・・・あのさ・・・・・」
「何だよ」

言いたくない。   と頭を掠める。
同時に 「約束」 という単語も どん、と出現する。
あれだけ言いたくなさそうだった三橋がなぜオレに正直に話したか。
オレが約束したからだ。 何とかしてやるって。 オレが。

そんな思考がくるくると2回ほど回った。


「おまえ、三橋に 捨てて、 って言われてるモンがあんだろ?」

瞬間ぎらりと 阿部の目が光った。 気のせいなんかじゃない。 確かに光った。

「・・・・・・・・なにそれ?」

声も一気に低くなった。 最初から低かったけどさらにいっそう。

「だから・・・・・・・・」
「だから?」

あぁ神様、 力をクダサイ。

「写真」

阿部の雰囲気がいきなり見事にドス黒くなった。 
予想していたとはいえ想像を超える勢いだった。

「・・・・・・・誰に聞いた?」
「・・・・本人。」
「・・・・ふーーーーーん」

だからヤメてくださいその目。

「あいつ、おまえに言ったんだ。」
「・・・・・や、詳しくは・・・・・・・・」
「でも写真って、 言ったんだよな?」
「まぁ・・・・」
「・・・・・・ふーーーーーーーーん」

ヤメてくださいその不自然に伸ばすの。

「・・・・・・花井のこと、随分信頼してんだな。」

いやそれはオレが姑息な手を使ったから。

とオレは言いたかった。 心底言いたかったけど。

言えなかった。 もう目を逸らさずに向き合ってんのが精一杯、だしそれに
三橋を脅迫したなんて知られたら、それはそれですげー嫌な展開になるような気が。

「捨てればそれで済むことじゃないか。 捨ててやれよ!!」

半ばやけくそで核心部分を一気に言った。
頑張れオレ。  と自らを奮い立たせながら睨みつけてやったら
阿部はふと考え込むような顔になった。
一縷の希望が湧く。
阿部だって早く仲直りしたいはずだ。
三橋が野球以外のことで「譲れない」なんて余程嫌なんだろうし、 (そりゃ普通の人間なら嫌だろう)
阿部はそれくらいオレよりずっとよくわかっているはずだ。
不機嫌なだけでなく目の下にクマなんか作っているところを見ると、
ハタで見ている以上に阿部のダメージだって大きいに決まっている。 
わかりにくいけど、間違いない、 とオレには確信できる。

半ば祈るような気持ちでその顔をじーっと観察していたら。

阿部は微かに ニヤリと、 笑った。

うっかり鳥肌が立った。
笑われるともっと怖いんですケド阿部さん!!!!

「・・・・・・・・・わかった。」
「え?」
「捨てる。」

望んだ返答のはずなのに。
どういうわけだか鳥肌が引っ込まない。
阿部がまだ笑っているからだ。
普通笑顔っていうのは友好、とか親しみ、とか楽しさ、とかそういうプラスの感情の
表れだと思うんだけど。
阿部に限っては例外がいっぱいある、 とオレは思う。

「本当に?」
「うん、ちゃんと処分する。 だから花井からそう言ってくんねぇ?」
「え・・・・・・・・・・・」

ま、またオレが?!?

と内心で激しく拒絶反応が起きたのはきっとどこかで疑っているからだ。
正直言うとどこかでなんてもんじゃなく。

「自分で言えよ・・・・」
「や、花井から言ってくれ。」
「なんで・・・・・・・」
「あいつ、花井のことは信用してるみてーだし!」

何でこんなに雰囲気が黒いんだろう。 背中からゆらゆらと立ち昇る何かが見えるよう。
オーラだけでここまで怖くなれる男って珍しいと思うマジで。
というかこいつ。
・・・・・・・・本当に・・・・捨ててやるのかな・・・・・・・・・・

「おまえさ、本当に処分するのか・・・・?」
「花井・・・・・・・・・・・」

だから何でこんなに。

「オレが嘘ついてるって、・・・・・・・言いてぇのか・・・・・・?」

いやとんでもないです!

咄嗟にそう叫ばなかったオレは偉いと思う。

「わかった。 言っとく。」

代わりにそれだけ言ってもう早々に話を切り上げた。
これで解決にしていいのか、と理性が囁いたけど。


本当は捨てる気ないんじゃねぇか?  とか
もしかして三橋に自分で嘘つくのが嫌で、オレを利用しようとしてんじゃねーか?  とか
もしそうだとしたらオレは三橋に対して不誠実なことをすることになるよな!?  とか
それ以前に頼むからそんな変態な真似すんなよおまえはよ!!!! 

とか全然言わなかった。
阿部は三橋に関することではいろいろと常軌を逸している、と骨身に沁みてわかっていたから、
何を言っても無駄だと、本能で悟ったからだ。
オレだってこれ以上寿命を縮めたくはない。





オレは三橋に報告した。 そして三橋に心から嬉しそうにお礼を言われた。
「どうだった?」 と聞いてきた水谷には 「多分もう大丈夫」 とだけ告げて
後はひたすら沈黙した。
オレの様子から何かを察したのか、水谷も聞きたそうにしながらも
それ以上は深く追求してこなかった。  有難いことに。


予想どおりその2〜3日後には2人はすっかり元通りになって
阿部の八つ当たりもきれいに消えて、オレは皆にも感謝された。
「さすがキャプテンだな!」 とか感心すらされてしまった。
 
でもオレは全然気分良くなかった。  むしろ悪かった。

感謝され、褒められても浮かない顔のオレを皆が不思議そうに見てるのがわかったので、
(栄口だけは痛ましげな顔で、こっそり目頭を押さえたのが見えてしまった)
「良かったな」 とだけ言って頑張って笑ってやった。






そしてオレは深く心に誓った。

もう絶対、あいつらの夫婦喧嘩の仲裁だけは、金輪際ご免だ。   皆には悪いけど。


もしこの先また同じことを頼まれたら

「バッテリーの喧嘩の仲裁だけはするな、 というじいちゃんの遺言だ」


と言うことにしよう。













                                                  花井君の災難 了

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