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三橋はアホだけど、それくらいの理論展開はできるんじゃないだろうか。
今さっき何か考えていたっぽいのもそれで説明がつく。
そしてそこまで考えたら、次に来るのは当然 「なんで?」 という疑問だろう。

「なんで?」 の回答は 「オレが三橋を好きだから」 なわけだけど
その結論に三橋は至るだろうか。 至ってしまうのだろうか。 
再びちらっと見ると三橋はもうオレのほうを見てなくて、
若干俯き加減になったその顔は真っ赤になっていた。
全身からぶわっと汗が噴き出した。 

(バレた・・・・・・・・・!!!)

バカだオレは何てバカなんだ。 一巻の終わりだ。 
三橋は引くだろう。 どん引きするだろう。
オレが長い年月自制心と乏しい忍耐力をめいっぱい駆使して努力してきたことが
今この瞬間崩壊しつつあるのか。 食い止める術はもはやないのか。
オレは 「誕生日おめでとう」 と一言言って欲しかっただけなのに
そんなささやかな願いの報いがこれか。 
あの据え膳状態に何度も消し飛びそうになった理性を、歯を食い縛って
最後まで保ったご褒美は誰もくれないのかこの世には神も仏もいないのか。

(・・・・・・・なんて嘆いてないで少しでも改善を図れオレ!!!!)

辛くも立ち直ったオレは、三橋のほうを見ないようにしながら
くだけた明るい口調で言った。 北島マヤだってびっくりの演技だったと思う。

「やー、なんか田島のヤツ、誤解してんだよな!」

ははは、 と笑ってみせたのは失敗だった。 わざとらしいだけじゃなく
ひどく空しい感じに響いて気温が下がった。
いつもならオレが笑うと、つられて 「うひ」 とか笑ってくれるのに
何も聞こえないってことは笑ってないんだろう。 今どんな顔してんだろう。
見るのが怖い、けど待てど暮らせどだんまりを決め込んでいる三橋を
オレはおそるおそる再度盗み見た。

三橋はさっきと同じように俯いていたけど、さっきと違うのは赤い色が薄くなっていた。 
でも願ったようなホっとした表情ではなくて、むしろ逆に少し青くなっていた。
オレも内心で青ざめた。

最初の失敗に追い討ちをかけたのかもしれない。
完全に気付いてしまって、呆然としているのかもしれない。
さっき何度も想像した、「嫌悪の表情の三橋」 が頭をよぎった。
本当にその顔を見ることになるのか。
いやでも三橋がそんな顔をするなんて考えにくいから、
今も内心の嫌悪を抑えているんだけど、嫌さのあまり血の気が引いて
青くなっているんだとしたら、筋が通っているじゃないか。
今この瞬間も本当は逃げ出したいのにそうする勇気が出なくて
別れ場所までの辛抱だと必死で言い聞かせているのかもしれない。
我慢強い三橋ならそれもありそうだ。

脈絡なくアリ地獄の映像が浮かんだ。
でも底に落ちたくなくてもがいているのはアリじゃなくてオレだった。
底で口を開けているモノは 「絶望」 だ。 脂汗がひどくなる。

何か上手い言い訳を、と探せども焦っているせいか見つからない。
それにヘタなことを言って墓穴を深くするのはイヤだ。
せめて三橋が何か言ってくれれば、その内容とか雰囲気で次の対策を考えることもできるのに、
赤くなったり青くなったりするだけで黙り込んでいるからそれもできない。 
これ以上危ない橋は渡れない。

というオレの内心を読んだかのように三橋が言葉を発した、だけでなく
足を止めてわざわざ自転車を立てた。

「阿部、くん」
「はいっっ」

無駄に元気のいい返事になってしまったのは心臓が跳ねたからだ。
オレも立ち止まったけど、正直逃げたい。 オレのほうが逃げ出したい。
だって失恋したくない。 いわゆる 「逃避」 てやつだろうけど
コンマ1ミリグラムの希望くらいは残しておかないと立ち直れない。
立ち止まったきり三橋は黙っているけど、何か言いたくて止まったんだろう。
ご丁寧に自転車を立てたってことは大事なことで、つまりやっぱりアレだろうか。
お断りってやつだ。 
阿部くんの気持ちには応えられない、 とか言われるのかな。
それともそんなコジャレたセリフは言わずに一言 「ごめんね」 と言うかもしれない。
イヤだイヤだそんな言葉聞きたくない何も言わないでくれ頼むから底に突き落とさないでくれ。

「あの、誕生日 おめでとう」
「え」 

一瞬呆けてから慌てて 「おお、サンキュ」 と返すことができた。 セーフ。
それきり三橋はまた黙り込んだ。 だもんで呆けを脱出して思考が再開するオレ。

びっくりした。
だってここで言われるなんて思わなかった。 いやそりゃ嬉しいもちろん嬉しいけど。
じゃあ三橋は気付いてないんだろうか。 
それにしては雰囲気が変に思えるのは気のせいじゃないと思うんだけど。 
実は気付いていて、でも引導を渡す前にお祝いくらい言ってやろうと
情けをかけてくれたのかもしれない。 三橋は優しいからそれも有り得る。
てことはこの次に何か言われるんだろうか。 
オレを絶望の淵に突き落とすような言葉が、このピンクの唇から出てくるのを
じっと待たなくちゃならないなんて神様は何て残酷なんだ。
そんな言葉を聞くくらいなら本当に逃げちまったほうがマシだ。
「じゃあオレ急ぐから」 とか何とか言って自転車に飛び乗って走り出してしまえばいい。
情けなかろうが何だろうが聞きたくないもんは聞きたくないんだそうだそうしよう!

と、腹に力を入れたところで。

「あのオレ、プレゼント、・・・・・・・思いつかなくて」
「え」

予想外の言葉にまた呆けてから 「や、別にいいよ」 とまた辛くも返す。

良かった話題はまだ誕生日から離れてないらしい。
つーか、つい5分前だったら脳内バラ色になる展開じゃないかこれ。
あの失言さえなければ今頃うきうき気分になれていたのに
自分のうっかり発言が心底恨めしい自分で自分を殴ってやりたい。
殴って時間が戻るならすぐにもそうするのに。

「泉くんに 相談して き、決めて」
「え」

またびっくりした。 でも今度はそれについて考えることはできなかった。
三橋が間を置かずに言葉を続けたからだ。 
しかもその内容は何を言っているのか、さっぱりわからなかった。

「オレ、そんなのお祝いにならないって 言って」
「・・・・・・・は?」
「でもなる て」
「・・・・・・・??」
「でもやっぱり な、な、ならないって わかった けど」
「・・・・・・・????」
「でも それしか な、なくて」

全 然 わからない。 
わかったのは泉と相談して何かオレにプレゼントを考えてくれたらしいってことで、
それは飛び上がるほど嬉しいけど、三橋の顔が引き攣っているのは何でなんだろうと考えると、
答は1つしかないだろうなやっぱり。
オレの気持ちがわかってしまって困ってて、でもお祝いは渡さないとだし、でも
その後のことをあれこれ考えて暗くなっているんだろう。

不用意に渡して誤解されたらどうしようとか思ってんのかな。
いやその前に、応じないと球受けてくれなくなるとか心配してんのかもしれない
そんな心配しなくてもオレはおまえの嫌がることはしないし、球も受けてやるのに
いやいやそれ以前にもしかしたら キモチワルイから正捕手を変えて欲しいと思ってたら
どうしよう失恋だけでもしんどいのに野球にまで影響出たら、この先マジ生きていけない。
つーか冷静に考えれば影響出ないわけないだろう  チームメイトってだけならまだしも
バッテリーの相棒に不埒な下心があるとわかっても今までどおりなんて、流石の三橋でも
無理と考えるほうが自然だ そうだそうに決まってる。
あああオレは何てバカなことをしたんだろう。
結果論だけど、余計なことを言わずに大人しく待っていれば
「おめでとう」 は言ってもらえたのにプレゼントも貰えたのに、
ばら色の展開を自分で台無しにしてしまったオレはバカでなくて何だと言うんだ。
今さらだけどいっそ 「オレそんなこと言ってねえ」 とか白を切るのはどうだろう
どっかの偉い人みたく、記憶にありませんと100回くらい言い張ったら
あるいは三橋なら幻聴だったのかと騙されてくれるかもしれ

「す、好き、です。 オレ、阿部くんが」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?

幻聴?




という単語が1つ浮かんでから

ぱちんと、スイッチが切れたみたいに 頭が真っ白になった。








































頭がすっきりして 気持ちがいい。
全部、三橋が消してくれた。



消してくれて、ありがとう 三橋。

と浮かんでから、その前に言うべき言葉があると、 気付いた。


目の前の三橋を見る。 顔が赤い。 目が潤んでいる。
今にも泣きそうな顔で震えながら、オレの返事を待っている。


泉には明日御礼を言おう。
想像の中で悪役を振ってごめん、  とは言わなくてもいいか。



一生忘れられない誕生日になったな。


そう思いながらオレは口を開けた。













                                      ぐるぐるの果てに 了 
オマケ (翌朝))

                                           SSTOPへ





                                                    おめでとう!