オマケ






朝っぱらからしくしくと痛み出す胃だの頭部だのを押さえながら、
花井は目の前の惨状をもう一度見た。
その時点で来ている面々、栄口と水谷と西広と巣山と沖も目を丸くして見つめているのは、
昨日まではきちんと機能していたはずの部室のドアだ。

外れた蝶番は修理すれば何とかなりそうだけど、
内側の真ん中下方に出現した凹みはベニヤでも貼り付けるしかないだろう。
その前に何故ゆえこんなことになったのか、花井は今聞いたばかりの皆の言葉を反芻した。

栄口曰く 「昨日はちょっと考えたことがあって、それで早く帰ったから知らない。」
水谷曰く 「オレは田島に何だか早く帰れってせっつかれて」
沖曰く 「オレも田島に言われた・・・・・」
巣山曰く 「オレはそれ、泉に言われたよ。 今日は早く帰れって」
西広曰く 「オレ、巣山と同じ」

つまりその場にいる連中はとりあえず何も知らないらしいけど、
妙に合致するのは何らかの理由で (主に人に言われて) 皆早く帰ったということだ。

実は花井自身も早めに部室を出た。
それは阿部に気を遣ったからだけど、栄口も同じなんじゃないだろうか。
他の連中を急かした2人も結局同じ目的だったんじゃないだろうか。
田島は確実にそうだろうし、泉もそうであってもさほど不思議じゃない程度には、
阿部は特定の人物に対する感情が表に出る。 本人自覚してないようだが。

と可能性を考えたところで泉が来た。

「・・・・・・・なんだこれ」

そのセリフと表情を見る限りでは有益な情報はなさそうだ、と花井は予想し、 
それは当たった。

「泉、なんか知らねえ?」
「知らねーよ。 オレ、昨日は早目に出たし」
「・・・・・・・何で西広と巣山にまでそうさせたんだよ?」
「・・・・・や、別に」

目を逸らした泉に、やっぱりそうだな、と花井は小さくため息をついた。
それに気付いたのか泉は怒ったように断言した。

「このドアは知らねーって! マジで!!」

となると、と思い浮かべた人物がそこで元気に登場した。

「おーっす、どしたん? 皆で固まって」
「田島・・・・・・・・」

あ、 とドアを一瞥した田島の表情が変わった。
驚きだけでなく しまった、という顔になったのを花井は見逃さなかった。

「田島、おまえナンかやったな・・・・・・・?」
「え、いやこれ、オレじゃないよ!?」
「でも何かやっただろう・・・・・・」
「あー まあちょっとな」

はあぁぁ っと数人の口から長いため息が漏れ、数人はきょとんとした。
事の次第の見当がついた花井は、俄かに心配になった。
阿部の、意外に純情で真面目な面を知っているからだ。

「バカ田島」

ぼそりとつぶやいたのは泉だ。

「順番考えろよなおまえはよ」
「えー だって手っ取り早いだろー?」

「田島、おまえこれ修繕しろよ?」

そう告げたのは花井だ。 元凶が田島なら後始末も当然するべきだ。
が、ここで口を挟んだのも泉だった。

「あ、修繕は阿部がすんじゃない?」
「・・・・・・阿部は怒ってんじゃないか・・・・・・」

花井には泉の楽観の根拠がわからない。  悪い推測のせいで、声も暗いトーンになった。
どんよりした花井をよそに数人が口々に意見を述べた。

「いや阿部がすんだろ」
「しないだろ」
「機嫌良ければするよ」
「機嫌いいかな?」
「いいと思う」
「悪いと思うな」
「おまえら遊ぶなよ・・・・・」

制しながら花井は痛みの増したこめかみを押さえた。
この状況を見る限りでは阿部の顔が般若か、でなかったらゾンビと化している確率が高い。
想像して、げんなりした。  般若も困るけどゾンビも嫌だ。
正直なところ、阿部の相談と称したグチはあまり有り難くはないのだが、
それでも自分なりに心配だの応援だのもしている友人のつらそうな顔は見たくないのだ。

しかし見ないわけにもいかない。
阿部はもういつ来てもおかしくない。
いつもならすでに来ている時間なのに、まだ来てないのはやはり悪い兆候なのではないか。
いっそ今日は休んでほしい、 と花井が切実に願ったところで
あっさりとその望みは断ち切られた。

「うーっす」

声だけ聞くと普通に思えることに瞬間安堵したものの、
般若かゾンビか、と身構えながら花井は顔を上げた。 そして固まった。
皆も一斉に阿部を見た。
その時思ったことは花井含め、一同そっくり同じだった。


眩 し い。 


何がかというと阿部の顔である。

今の阿部を暗い部屋に置いたら電球代わりになりそうな勢いだ。
背景に花畑の幻覚さえ見える。 阿部の周りにだけ春が来たようだ。
あまりの輝かしさに花井も泉も田島ですら、ぽかんと呆けてしまった。
何人かは実際に眩しそうに目を細めた。

顔に気を取られていた花井は次に、阿部の手にベニヤが抱えられているのに気付いた。
そして阿部は一同の様子には頓着なく、荷物を置くなりドアの修理を始めた。 
鼻歌混じりで。
元凶である田島に手伝いを言いつけることすらしない。
うっかり聞いたのは水谷だった。

「・・・・・なんか、いいことあった? 阿部」
「あーまあな」

頷いた後、 「はははははははははははははははは」  と阿部は笑った。

びかーーーーーーーーっ  と光線が発射された気がして数人が目を瞑った。
正視に堪えなかっただけかもしれないが。


壊れたのは  ドアだけじゃなかった


と思ったのは水谷と西広と巣山と沖で、その他の面々はそれでも、
それぞれが内心で大いにホっとした。
花井のそれが一番大きかったかもしれないが、それぞれに
「良かったな」 と口には出さずにつぶやきながら、友の幸福を祝って微笑んでやった。

しかしながら

田島を除くその笑顔が大変に生温い、
微妙に引き攣ったものになったことは言うまでもない。











                                                オマケ 了

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                                                    西浦ーぜは皆優しいよね。