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体が勝手に動いた。 本当に、何も考えてなかった。
次の瞬間 も の す ご い 音がした。  それで我に返った。

そりゃあするだろう、と納得しながらもオレは心からホっとしていた。
足がすげー痛いけど、そのおかげで熱が散ったからちょうど良かった。
見慣れたドアの外の地味な風景が、こんなに輝いて見えたのは初めてだ。
真ん中が凹んだうえに蝶番の外れかけたドアの光景も初めてだけど。

「阿部くん・・・・・?」

明らかに寝言ではない声に振り返ると、
三橋は目をまん丸にして起き上がろうとしていた。

「腹をしまえーーーーーーー!!!!!」
「ひいぃっ」

いきなり怒鳴りつけたのは悪かったけど、捲れたシャツがそのままだったのが
まず目についたんだから仕方ない。

「ごごごごめごめ、ごめんなさ・・・・・・・」
「・・・・・や、オレもごめん」

三橋にしてみれば轟音に驚いて目覚めた途端に怒鳴られたわけで、随分な仕打ちだ。
と気付いて謝ってから、三橋の荷物を取って渡してやる。

「帰るぞ三橋」
「あ、 う、 うん」

頷きながら三橋の目が見ている先を、オレは見ないように努める。
だからといって壊れたドアが直るわけもないけど、とにかく今日は帰りたかった。
諸々の雑事は明日になってから。
とは言っても流石の三橋もスルーはしてくれなかった。

「あの、 阿部くん」
「なに」
「・・・・・ドア、壊れてる、ね」
「そうだな」
「さっきの 音」
「あー、オレが開けた音。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「なんかさ、中から開かなくなったんだよな」
「えっ」
「だからちょっと蹴って開けただけ。 心配すんな」
「・・・・・う、ん・・・・・」

ここで 「でもこれ修理は」 とか言わない辺りは三橋のいいところだ。
蝶番が半分崩壊したドアの外を見回すと太い木の棒が目に入った。
真っ二つに折れていたけど。
これを使って上手いこと開かないように細工したわけか。

壊れたドアを、見た目だけでも元通りにする。
貴重品は置いてないはずだけど、だからといって一目で全開とわかるのもナンだし
夜の冷気を少しでもふせぐために。
ちらちらとまだドアを見ている三橋に、意識して強い口調で呼びかける。

「三橋、行くぞ!」
「あ、うん」

オレの後ろから付いて歩きながら、三橋は尚も振り返っていたようだけど
部室から離れたところで隣に並んできた。
歩きながら本日が誕生日であることを思い出して少し虚しくなる。
なかなかに忘れ難い誕生日になりそうだ。  田島が狙ったのとは別の意味で。
ここで三橋がお祝いの言葉でも言ってくれれば
それだけでオレはいいんだけど充分幸せになれるんだけど。

もくもくと歩きながらそんな健気なことを願っても、三橋は沈黙したままだ。
それぞれの自転車を押して歩く段になっても、三橋の口からは何も出てこない。
沈んでいく自分に気付いて、2人きりなのに勿体ない、と気を取り直した。
せっかくだからせめて何か話そうと話題を探して、ぜひ聞きたいことを思い出した。

「あのさ三橋」
「は、 はい」
「さっきさ、何の夢見てたんだ?」
「え」
「なんか夢見てたろ?」
「え、 あ・・・・・・うん・・・・・・」

頷きながら赤くなった。 微かな期待が湧いてしまう自分が哀れだ。
オレにヤらしいことをされた夢だったらいいな。 あり得ないけど。
本当にそれだったら言うわけないけど、そんな懸念は無用だろう。 あり得ないから。
もじもじして口を開こうとしない三橋に、言いやすいように助け舟を出してやる。

「オレが出てきたんだろ?」
「え・・・・・なんでわかる、の」
「寝言言ってた」
「う」
「怒んねーから言ってみろよ」
「う・・・・うん、 あの ね」
「うん」
「阿部くんが、オレが持ってたおにぎり、 取っちゃって」

わかってはいたけど、がっくりする。 どうせそんなことだろうと。

「こ、抗議したら返してくれた、んだけど」
「けど?」
「今度は 『一口で全部食わないと許さない』 って」

言いながらオレのほうをちらりと見る。
三橋の中でどんなイメージなんだオレ。
オレがそんな意地悪言うわけないだろーがよ・・・・・・・・・・・

「そ、それが大きなおにぎりで」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ふぅん」
「頑張って食べたら、 喉に詰まっちゃって・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・。」
「そしたら阿部くんが、水を持ってきてくれた、んだけど」
「うん」
「途中で花井くんと立ち話して、なかなか、来てくれなくて」

だから一体どんなイメージ。

「早く来てっ て言っても 無視 されて」
「もういいわかった」
「う」

三橋の顔がビクついてるってことは、オレの顔が不穏になったのかもしんない。
むしろ悲しいんですけどオレ。 こんなに毎日三橋のために奮闘しているのに
何でそんな意地悪したり無茶な要求したりするんだ夢の中のオレ。

深い穴に落ちていくような感覚とともに、やるせなさが募る。
平常心に戻るためにはさっさと話題を変えるに限る。
てか今日がオレの誕生日ってことを三橋は忘れてんのかな。
知らないのかもしんない。 それでも別に不思議じゃない。

その可能性を思いついて、新しい話題を探す気力すら萎えたところで、
珍しく三橋から話を振ってきた。 と思ったらそれは避けたい内容だった。
現実なんてこんなもんだ。

「・・・・阿部くん」
「ん? なに?」
「あの ドア」
「あー・・・・・」
「・・・・・・何で開かなかったんだ、ろうね」
「・・・・・・田島だよ」
「へっ」
「田島が外から細工したんだ」
「・・・・・・・なんで」

ここで突然ピンと閃いたことがあった。 

「あー、まあオレのためにな」
「阿部くんの・・・・・・?」
「なんかな、誕生日プレゼントらしい」

何気なく言いながらオレは期待でドキドキしていた。
何の期待かというと三橋がそこで 「あ」 と気付いて望む言葉を言ってくれないかと。
続きの会話が脳内に流れる。

「あべくん、今日誕生日?」
「うん」
「え、おめでとう!」
「おおサンキュ」
「オ、オレ、知らなくて ごめん」
「いいよ別に」

なんて感じの脳内会話は実際にありそうで、別に不自然じゃない。
それだけでもうオレはいいんだ。 「おめでとう」 の一言でいいんだ。
それだけでバラ色になれるオレの頭を誰も褒めてくれないけど、
自分で褒めてやるからいいんだ。

と密かに願ったり健気な己に浸るのに忙しくて、
自分のおかした大失敗にしばらく気付かなかった。
脳内ドリームの実現をひたすら待っても三橋が何も言わないことに
落胆と焦りを感じて、横目で顔を窺ったら。

三橋は変な顔をしていた。

三橋の変な顔はよくあることだけど、それにしても変だった。
まず目が見開かれている。 だけでなくじいっとオレを見つめている。
口もうっすら開いていて、それだけだったらともかく、
一番変なのはオレを見ながらも時折目の焦点が曖昧になることだ。
てことはつまり、何かを忙しなく考えている、てことだ。 三橋らしくもない。
いや三橋らしいか?  何を、考えているんだろう。

(・・・・・・・あれ?)

ひやりとした。 何かが掠める。 嫌な予感、てやつだ。
オレは何か、まずいことを言ったんじゃないだろうか。
俄かに別の理由でバクバクしてくる心臓を必死で静めながら、
自分の言葉を再現かつ編集してみる。

「ドアが開かなかったのは田島のせい」 で
「それはオレの誕生日プレゼントとしての行動だった」 とオレは真実を言ったわけで

ということはつまりイコール

「オレらを閉じ込めることが、オレにとってのプレゼントになる」

と 言ったも


(同然じゃないかーーーーーーーーーっ)


ざっと血が下がった。









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