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熱心に見つめていると三橋の口がぽかっと少しだけ開いた。
その開き具合がまるでキスを誘っているようだなと思った、途端に
愚息が元気になりかける。 ムスコとは反対にげんなりするオレ。

膝を抱えた腕に力を込めながら、また
「嫌悪の表情を浮かべて泉の後ろに隠れる三橋」 を思い浮かべた。
この想像はなかなかいい。 
いや全然良くないけど、結構効き目がある。
今度から不用意に勃ちかけたらこのシーンでいこう。
でもあまり使っていると無意識に泉に憎しみが湧かないとも限らないから、
別の人間でのバージョンと使い回したほうがいいかもしんない。
でも別の人間でしっくりくるのって誰がいるかというと。

「あ・・・・・べく・・・・・・・」

三橋の声に思考が中断した。
起きた? と思って見直しても三橋は依然として眠っている。
てことは寝言か。 でも待てよ、 と一拍してから気付いた。

(寝言でオレの名前を呼んだ・・・・!)

ゲンキンにも歓喜が湧いてくる。
オレの夢でも見てるんだろうか。 いい夢であることを願う。
未だにビクつかせることも多い日々だけど、以前に比べればそれでも随分親しくなったし、
目もしっかり合うようになった。  夢は正直と言われるけど、
夢の中でまで怒っていたら思い当たるフシがあっても流石に凹む。
オレだって何も怒りたくて怒っているわけじゃねえ。

「・・・・・・阿部くん・・・・・・いや・・・・・・」

ぎょっとした。 
『いや』??

「いや」 って言ったよな今確かに 「いや」 って言った。
何がイヤなんだろう一体三橋の嫌がる何をオレはしてるんだろう。
ていうか今の声なんだよすげー色っぽく聞こえたのはオレの耳が変になってんのか
それとも本当に色っぽい夢でも見てるのか

と奔流のように渦巻く疑問に溺れそうな心境になる。
聞きたいけど、起こしたくない。
でも起こさないと大変宜しくないことになるマズい予感がひしひしとする。
起こすべきか起こさざるべきかそれが問題だ、 と内心で唸ったところで
三橋が腹をぽりぽりとかいた。 
白い肌にそれだけで赤い線が浮き上がったのを呆然と眺めた。 
色気のない仕草なのに結果がエロい、 だけでなく
その直後手が服に引っ掛かったせいでもっと捲れて、腹どころか胸近くまで肌が露出した。

(う・・・・・!!!!)

鼻血を噴きそうになりながらも真っ先に思ったことが
「あんなに出たら冷えるじゃねーかよ!」 だったオレは、ものすごく偉いと思う。
捕手の鑑と呼んでほしい。
とはいえすっかり露になった胸から下と、うっすらついた3本の赤い線に
目が吸い寄せられる。 まじまじとその部分だけを凝視する。

あんなに簡単に赤くなるってことは、たとえばちょっと吸ったり噛んだりしても
きっとすぐに赤くなるってことで、視界に映る赤い線を点に変換してみたりするまでもなく
体がまたしてもヤバくなった。 
何でこんなに正直なんだろう。
オレの脳みたく、オレのあそこにも少しは我慢ってもんを覚えてほしい!

そんな理性の声なぞものともしないオレのムスコさんは
我慢どころかどんどんひどくなるわけで、収めるの大変そうだわ
だから目を逸らしたいのに逸らせない自分に嫌悪感が湧くわ、
いやそうじゃなくて腹が冷えて下したらどーすんだという心配とか、
いろいろな感情が同時にせめぎ合って脳内はたちまちカオスと化した。 くらくらする。

(と に か く !!)

目を瞑って必死で効き目あらたかな例のシーンを思い浮かべた。
今度はなかなか簡単にはいかないのは、
そのシーンと交互に白い腹に付いた赤い痕がチラつくからだ。
でも相棒として、服を早く直してやりたい。
そのためにはこの状態を収めないとならない。
このまま近付くなんて危険かつ無謀なことは三橋のためだけでなく、
オレのためにも絶対できない。
絶望の明日を迎えたくなければ死ぬ気で抑えろオレ!!

オレは頑張った。   非常に頑張った。
気持ちと体を最短の時間で落ち着かせることに成功し、
よし! と気を引き締めてからじりじりと三橋のほうににじり寄った。
体のほうを見ないように顔だけ見ながら近付いて、腹を見ないまま
素早く服を直してソッコーで元の場所に戻る、というのがオレの計画だった。
寝顔だけでもヤバそうな気がしたんで、視線を髪の辺りに意識して固定しつつ、
そうっと手を服のほうに伸ばしたところで。

「あべく・・・・・ダメ・・・・・・・」

ずざざ!! と2〜3歩分後ずさった。 

ダメ? ダメって何が?  服直しちゃダメってか? 
いやいやいや違うだろ落ち着けオレ!!
だって三橋は寝ているんだから、これは寝言だ。 
つまり服は直してもいいはずだノープロブレムだ!!

(・・・・・・待てよ)

そこで今さら気付いた。 夢の中のオレに 「ダメ」 って言ったんだ。
さっきは 「イヤ」 で今度は 「ダメ」 だ。
一体さっきから夢のオレは何をしてんだ。 ぜひ見てみたい。
ひょっとして夢のオレは何か羨ましいことを。

(・・・・・・・・してるわけ、ねーな)

してたらそれは三橋の中のオレの位置づけってことで、それの意味するところは2つある。
1つは三橋がオレの気持ちに感づいているってことだけど、それはないと思う。 
だって完璧隠しているという自信がある。
もう1つは三橋にとってのオレがそういう対象になり得る、
つまりぶっちゃけ両思いの可能性もあるってことで、
そんな文字どおり夢みたいなことはあるわけない断じてない。

疲れた気持ちで現実を冷静に直視してから、現状が一ミリも変わってないことを思い出した。
再びビデオの再生のごとくじりじりと近付くオレ。
今度こそさくっと直して素早く戻ろう。   と服に手をかけた、ところでまたしても。

「・・・・そんな 大きい・・・・・・・・」

何の夢見てんだ三橋ぃーーーーーーーー!!!!!!!


絶叫しそうになったのを堪えた。 同時に最悪の状況になった。
だってその寝言は内容もさることながら、声も掠れてて色っぽくて
必然のように浮かんでしまった情景のせいで
体が性懲りもなくどうかなるのはもう仕方がないと思う。
オレは普通の健全な男子高校生なんだ! 
同性に恋した時点で普通から外れたかも、なんてことは今は関係ない!!

そう自分で慰めつつも、今度は目の前に三橋がいる。 すぐそこにいる。
びっくりし過ぎてあそこだけでなく全身が硬直してしまって動けない。 
なのに手は三橋の服にかかったままで、
下げなければと思うのに凍りついたように動けないのは何故かというと、
下ではなくて上のほうに捲りたくなる衝動の大きさたるやハンパじゃないからだ。
健全な本能のままに服を上げようとする手を、ダメだダメだと理性の声が叱り付ける。
これぞ正しく理性と感情のせめぎあい。

手がぶるぶると震え始めた。 脂汗まで出てくる。
今にも感情のが勝ちそうでヤバいヤバ過ぎる。
絶体絶命大ピンチなオレさまの理性は、さっきの泉云々の光景を呼び出した。
嫌悪の表情の三橋の実物を見たくなかったら清く正しく動けオレの手!!!!

その凄まじい葛藤は、三橋の次の寝言で消し飛んだ。

「・・・・・きて、早く・・・・・阿部くん・・・・・・」


ブチッ  

という音が聞こえたような気がした。

もう 限界だった。









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