ぐるぐるの果てに



   1


オレは呆然としていた。
呆然としながら目に映るものを凝視していた。
自分で言うのもナンだけど、嘗め回すように、という形容が最も適切だろう。 

ヤバい、 と鳴る警告がシャレにならないくらいに大きくなって、目をそれからもぎ離す。 
背を向けて、無駄とわかりながらももう一度試みた。
でも取っ手を掴んで力任せに押しても耳障りな金属音が響くだけで、やっぱり開かない。 
何故だ。 あり得ないだろ。
鍵ってもんは普通内側からかけるもので、外側にはないはずだ。
稀にそういうドアもあるのかもしんないけど、少なくともこのドアは違うと知っている。
だから何か急造のもの、正体はわからないけど強固な仕掛けじゃないはずだ。
開かないといっても、2cmくらいは外側にズレるところを見てもそうなんだろうと思う。 
けど渾身の力を込めて押しても動くのはそこまでだ。

ふと、今の音で現状に変化が起きてないかと気付いて、期待と恐れ半々で
視線を戻せば、そこにはさっきと同じ光景があるだけだった。
目覚める気配もなく、三橋は畳に仰向けになって眠っていた。 おそらく、いや絶対熟睡。

(どうしてこんなことに・・・・・・・)

ガンガンしてくるこめかみを押さえながら事態の分析を試みる。
今日もいつものように朝練に励んで授業を受けて、
放課後もいつものように部室で着替えて、そこで何人かが
「阿部、おめでとう」 と言ってくれたのは今日がオレの誕生日だからで
それはいつもと違うことだったけど、だからといって特別な何かがあったわけでもない。
いやゲンミツにはあった。
昼休みに花井と水谷がそれぞれパンと飲み物を奢ってくれた。
でもそれはこの場合関係ないし、練習中とその後は概ねいつもどおりの流れだった。
そしていつものようにオレは三橋と帰りたくて、ゆっくり帰り支度をしていて。

(・・・・・そうだ)

いつもと違う展開になったのは今日に限って皆が早々に帰っていったことだ。
三橋といっしょに、といっても2人きりで帰れることなんて滅多にない。
大抵何人か残っているから数人で連れ立って帰るのに、今日はそれがなかった。
でもそれは別にいい。 いいどころか嬉しいし、普段も全くないわけじゃない。
たまには2人きりになれることもある。 もっともそれで嬉しいのはオレだけだけど。

(・・・・・最後まで残っていたのは・・・・・)

田島だった、と思い出した途端に続けて出てきた光景が1つ。

『阿部さ、オレからの誕生日祝い期待しててくれな!』

全開の笑顔で田島がそう言ったのは確か一週間前だ。
「期待しているよ」 と軽く返しながら正直全然していなかった。
だって田島の考えていることってオレにはよくわからん。
その時につぶやいた 「じゃあ三橋をプレゼントしてくれよ」 という本音だって
口に出して言ったわけじゃない。
でも田島はオレの気持ちを知っている。 何でかというと、花井のせいだ。
花井にだけ相談していたのは、一人で抱え込むには大き過ぎる想いを持て余して
ある日ふと魔が差したというかつまり、グチを零す相手が欲しかったんだ、と思う。

(・・・・・・あいつ、ポカしやがって)

花井から田島にバレたのは花井の本意じゃないのは知っている。
「うっかり言わされて」 とオレに言った時の情けない顔は
萎びた白菜を連想して思わず笑いそうになったくらいだし、
大きな体を縮めながら平謝りしてくれたし、別に気にしていなかった。
その後田島に 「ぜってー本人に言うなよ」 と鬼の形相で釘を刺したら、
「わかった!」 とあっけらかんとしたもんだったけど、
軽いように見えても田島は嘘は言わない男だと知ってるから、その辺の心配もしていない。
けどまさかこんなことになるとは、先の見通し大得意のオレさまをもってしても
予想の範疇外だった。

さっき田島が出て行った直後に、何か聞きなれない音がしたことを今さら思い出す。 
気にも留めなかったのは、三橋と2人になれたことに気を良くしていたからだけど、
あの時のあの音が今思えばコレだったに違いない。

その後密かに浮かれつつ片付けて、三橋が眠そうだなと思った時は確かにまだ起きていた。
なのにそのほんの1分後に見たらもう眠っていた。 丸くなって。
すぐに起こせばいいものを、うっかり寝顔に見惚れていたりしたもんだから、
事態をいっそう悪くした。 今となっては結果論だけど。

丸まっていた三橋が身じろぎして仰向けになった時に
腹が出たのは何でなのかなんてわからない。  出たもんは出たんだ。
見慣れているはずの肌の白さにくらくらしたのは多分、
他に誰もいないシンとした空気のせいだろう。
ふらふらと手が伸びてもう少しで触れる、というその瞬間に我に返って
マジヤバいと悟って、頭を冷やすために外の空気を吸おうとしたら大問題勃発ってわけだ。

以上回想終了。


と事態の分析をしたところで、現状は一歩も動かない。
その問題のドアを何とかしようと再度ムナしい努力をしてから、
オレは深ーいため息をついた。 

(・・・・・・・信じらんねえ)


つまり、オレは閉じ込められた。 
腹を出して無防備に寝ている三橋と2人きりで。








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