オマケ





夢を見ていた。
ごちゃごちゃしてよくわからない内容だったけど、阿部くんがいた。

オレと阿部くんは手を繋いで歩いていた。 すごく嬉しかった。
なのに場面が変わって、今度はどこかの試合を観ていた。
隣にはやっぱり阿部くんがいて、あれこれと解説してくれているんで
一生懸命聞いていた。
オレも考えたことを言ったりすると 「そうそう」 と頷いてくれてまた嬉しくなる。 
その時球を打つ大きな音がして、でもその音はキン、じゃなくて
バタン、て感じの変な音だった。
それとともに風景が崩れて、オレは目を覚ました。

ぼうっとしていると 「ここにいたのか」 と聞き慣れた声がして、
そっちを見たら阿部くんがいた。 夢の続きのように。

見回すと部室だった。 まだすっきりしない頭で思い出した。
用事があって来て、すぐに戻るつもりがうっかり寝てしまったんだ。
体育館に行かないといけないのに、どれくらい寝てたんだろう。
昨日はなかなか寝付けなくて寝不足だったから、きっとそのせいだ。
とにかく起き上がると、阿部くんが前に座った。
阿部くんが肩で息をしていることに、そこでオレは気付いた。

「話があんだけど」
「へ」

阿部くんは何だか焦っているように見えた。
急ぎの用があって、探してくれていたんだろうか。
まだ霞がかかったような頭でぼんやりと申し訳なく思った。

「おまえさ、卒業しても彼女作んなよ」

阿部くんが早口で言ったことは、よくわからなかった。
意味はわかったけど、阿部くんがそんなことを言うなんて変だ。

「彼氏作れよ」

今度は意味もよくわからなかった。

「オレなんかどう?」

なーんだ、とそれでわかった。 オレはまだ夢を見ているんだ。
起きたと思ったけど起きてないから、頭がはっきりしないのもそのせいなんだ。

「うん、いいよ・・・・・」

頷くと阿部くんの顔がホッとしたようになって、はーっと大きく息を吐いた。
と思ったらその後眉間にシワが寄った。 
顔がくるくると変わるのも夢だからかな。 でもこの夢はいつもよりリアルだ。

「・・・・・・三橋?」
「はい」
「オレの言ったこと、わかった?」

うん、と頷いた。 確認までされるなんて夢じゃないみたいだ。

「・・・・・・おまえ、夢かなんかだと思ってねえ? ちゃんとわかってる?」

オレは可笑しくなった。 夢で夢って言われるなんて。
いい夢みたいだから、何でも言ってみる。

「じゃあキス、してくれたら 信じる・・・・・」

途端に阿部くんの顔がぼっと火がついたみたいな色になった。 
そしてがばりと床に突っ伏したかと思うと
「なんだこの展開」 と唸るような声が聞こえた。 すごーくリアルだ。

しばらくしてから顔を上げた阿部くんはもう赤くなくて、何だか不機嫌そうだった。 
てことはイヤなんだ。
オレは悲しくなった。 夢なのに。
そりゃ現実ならそうだろうけど、こんなリアルは嬉しくない。
夢って願望が叶うもんじゃなかったっけ。
オレの頭ってどうなってるんだろう。

自分にがっかりしていると手が伸びてきた。 
キスしてくれるのかもしれない。 
やっぱりいい夢だ、 とうっとりと目を瞑って待っていると。

「いっ」

目から火花が散った。

「いたたたっ 痛い痛い痛いいいいぃ」

悲鳴が出たくらいの勢いでウメボシされた。
離されてホッとして。  5秒くらい経ってから気付いた。 もしかして。

「・・・・・・夢じゃない・・・・・?」
「目え覚めたかよ?」

憮然とした顔で言われた。 てことは本当に。

「う、 ええええ?!!!
「じゃあ改めて」

阿部くんがにっこりと笑った。 
呆然と見ていると、また手が伸びてきた。
その前に自分で言ったことを思い出した、と同時に体が勝手に動いた。

「あ、なんで逃げんだよ?!!」
「だだだだだだだって」

後ずさりながらオレはもうパニックだった。
夢だって思ってたから言ったわけでそんな急に、じゃなくてその前に
何が起きているのか全然わからない。
現実だとしたらどっきりカメラかなんかとしか思えない。
どん! と背中が壁に当たってパニック度合いが増した。
狭いから逃げてもあんまり意味がない。 

「・・・・・いや?」
「え」

阿部くんは最初の場所から動いてなかった。
だからさっきより少し離れたところにいる阿部くんの顔が
真面目なだけでなく悲しそうに見えて、どきりとした。
嫌なんて、そんなわけない。 でも。

「・・・・・あの」
「うん」
「オレ、 び、びっくりして」
「オレもびっくりした」
「あの、 阿部くん」
「なに?」
「・・・・・・・さっき、言われたこと」
「うん」
「・・・・・・よくわかんなかった」
「ならもう一度言おうか?」
「え、 うん」

ごほん、と阿部くんは咳払いした。 オレはどきどきした。

「オレと付き合ってくれ。 恋人として」

信じられないようなことを、阿部くんははっきりと言った。
聞き間違いじゃ、ないと 思う。
なら冗談かと思っていくら見直しても、阿部くんの顔は真剣だった。 怖いくらいに。
オレはまた頭がマヒしたみたいになった。

「えーと あの」
「うん」
「・・・・・・・どっきりじゃない?」
「なんだよそれ」

阿部くんの顔がむっとしたので、慌てた。

「あ、ご、ごめんなさい」
「いいけど・・・・・」
「あのでも、なんで」
「なんでって」
「や、あの 今までそんな、だ、だからいきなりそんな・・・」
「いきなりじゃねんだけど」
「え」
「前からずっと好きだったから」
「・・・・なにを」
「おまえを」
「・・・・オレ、を?」
「そうだよ!」
「・・・・・・あのう」
「なに?!」
「・・・・・・誰が・・・・」

阿部くんの顔がイラーっとした。 見慣れた顔だ。
いつもは少し怖いその顔を、じっと見た。 
祈るような気持ちだったけど、願ったことはすぐに叶った。

「オレが!! 好きなの! おまえを!!!」
「へっ・・・・・・・・」
「わかったかよ!?」
「・・・・・・・・うん」

多分、 と声に出さずに付け加えた。

「で、いい?」
「え・・・・・・」
「返事」
「・・・・・返事?」
「付き合ってくれんのかくれないのか」
「あ」
「おまえももう一度言ってくれよ」

いいも悪いも、返事なんて1つしかない。

「い、いいよ・・・・・」

頷いた、はいいけどうまく信じられない。 実感が湧かない。
でもさっきあんなに痛かったってことは現実だ。 まだズキズキしてるし。

半信半疑でぼんやりしているオレと違って
阿部くんはすごくすごく、嬉しそうな顔になった。
見惚れていると、いつのまにかじりっと傍に寄られて、
気付いた時にはもうぎゅうと抱き締められていた。 いつかみたいに。
兄弟として、じゃないんだろうかこれは。

そう思ったところで見透かされたように言われた。

「言っとくけど、兄弟のじゃねーかんな」

ならオレも抱き返していい、んだよね。

と思ってそうしようとして手を下ろして、またそうしようとして下ろした。
3度目にようやくえいっと手を背中に回してみたら、阿部くんの腕の力が強くなった。
ドキドキが伝わってくる。
感触があったかくて生々しいから、多分きっと夢じゃない。
頭ではそうわかるのに、まだ実感が湧かない。 だって信じられない。

「・・・・・・夢みたい、だ」

ぽろりと出たら、離されてしまった。
怒られるかと首を竦めて目をぎゅっと瞑って待っていても何も言われない。
おそるおそる目を開けたら、阿部くんは全然怒ってないみたいだった。
困ったような照れたような顔をしていて、あんまり見たことない顔に
またぼけっと見惚れていると、顔が近付いてきて近付き過ぎてぼやけた
と思ったら口に何か当たった。 ほんの一瞬。 

何が起きたのかよくわからなかった。
けど目の前の阿部くんの顔が赤くなってて、それで 「あ」 と気付いた。
もしかしてもしかして今のってもしかして。

「・・・・・・実感湧いた?」
「え」

余計に夢みたいになった。

と正直に言ったら今度こそ怒られる気がして黙ってたのに。

「あのさあ!!!」

ばん! と阿部くんがいきなり床を叩いたのでびっくりして飛び上がった。

「あれ、ウソだったんだよな?!」
「へっ」

今度はきょとんとした。 なんのことだろう。

「卒業したら彼女作るっての」
「う、 はいっ」

そうですウソでした。

「なんでそんなウソついたんだよ?」
「え、だって」
「だってなに!」
「オレ、のせいで阿部くん、が」
「・・・・・・・・。」
「彼女できな、 てかあの、チャンスを潰してるんじゃって 思って・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・バカ三橋」
「う」
「ほんっとバカ」
「うう」
「バカ過ぎる」

だって、と言い訳しようとして、やめた。 またびっくりしたからだ。

「ごめんなさい・・・・・・・」
「・・・・謝んなくていーけど」
「だって、阿部くん」

泣きそう、じゃないか

というのは呑み込んだ。
やっぱり夢なんじゃないのか。 信じられないようなことばっかり起きる。
今目が覚めて実は全部夢でした、てなっても全然驚かない。
疑っていたら阿部くんはまた表情を変えて、じいっとオレを睨んだ。

「なんか変だな・・・・」
「へ」
「おまえ、実はまだ寝てんじゃねえ?」
「あ」
「ちゃんとわかってる?」
「う、うん」

頷きながら後ろめたくなった。 だってこれはウソだ。
阿部くんの言うとおり、わかってない、かも。
だって信じられないようなことばっかで。

「やっぱ怪しい・・・・・・」
「う」

阿部くんの目が据わった。 どうしてバレちゃうんだろう。

「てことで、またしていい?」
「・・・・・・へ?」
「実感湧くかもよ?」

えーと、と必死で考える。
さっきからの展開が目まぐるし過ぎて頭が追いつかない。
けど、阿部くんは待っているようだった。 多分、オレの返事を。
またしていいかって何をだろう。
阿部くんの目が怖い、でも顔が赤い。  さっきしたことって何だっけ。 

思い出した途端にオレの顔もきっと阿部くんみたいになった、のを自覚したけど。

「うん」

迷わず頷いた。 今度はウソじゃなかった。







その後、阿部くんのおかげでオレはちゃんと実感することができた、

かというとそうでもない。
総会をまるまるサボるくらいの時間が経ってもまだ夢心地だった。
なので部室を出る前にまたぽろりと言ってしまった。

「夢 みたい だ」
「まだ言うかよ・・・・・」
「ご、ごめ・・・・・」
「いーよ。 ほんと言うとさ、オレもだし」
「え」
「なんか、マジ夢でも見てるみてー」

阿部くんが照れたように、でも嬉しそうに笑ってくれる。
オレも笑った。 ふわふわした心地で。 
ふわふわの勢いでまた本音がぽろりと。

「教室戻ったら マボロシ・・・・・・・」
「はあ?」
「あ、や、ちが、だから」

少し慌てた。 しつこいって思われるかも。 でも本当に。

「・・・・・・・怒んねーからちゃんと言え」
「あの、い、今はいいけどここ出たら、またマボロシみたいになりそう、かななんて」
「・・・・・・・・・。」

阿部くんは何か考え込んでから、急に疲れたような顔になって小さくため息をついた。
やっぱり呆れられちゃったんだろうか。

「大丈夫だよ三橋」
「・・・・・・・。」
「・・・・・多分それはねーから」
「・・・・へ」
「むしろここを出てからのが実感湧くかも」
「・・・・???」

阿部くんは呆れたわけじゃないみたいだった。
でも言ってることはよくわからなかった。
聞こうかと思ったけどそうせずに、そうかなあとこっそり思った。





○○○○○○

でも阿部くんは正しかった。
阿部くんの謎のような言葉の意味が、その後部室を出てからよーくわかった。
幻になるヒマもなかった。

校舎に戻るまではわからなかった。 誰にも会わなかったから。
阿部くんと別れた後でそれは起こった。
ちょうどそのタイミングで他の生徒がどやどやと戻ってきて、
オレを見るなり皆が似たような反応をした。

「おめでとう」 と何人に言われたかわからない。 
知らない人にまで言われた。
何で会う人会う人みんな知ってるのかさっぱりわからない。
恥ずかしくて恥ずかしくて死にそうだった。
わけがわからないまま教室に逃げ込んだら
「三橋、こっち来い」 と大きな声が聞こえて、
見ると泉くんと田島くんが手招きしてくれていた。 ホッとした。
その後泉くんが理由を教えてくれた。 

知らないほうが良かった、かも

と思ったけど。
目を白黒させているオレに、
泉くんが 「良かったな」 と言ってくれた声がすごくあったかくて、
田島くんも 「やったな!」 と全開の笑顔で言ってくれて、
それから 「くっそ オレのオハコが」 と悔しそうだったりで、いろいろとまたびっくりした。
今日はびっくりすることだらけだ。
正直恥ずかしくていたたまれないんだけど、もうすぐ休みになってその後は卒業だし。

卒業、と考えると鉛を呑み込んだような気分になっていたのがまるで変わった。
ついこないだの帰り道が遠い昔のことみたいだ。
だってその後も会えるんだ。 それも今度は。

(コイビト、として・・・・・・・)

ぼん! とさっき部室でしたことを思い出した。
かあっと顔が火照っちゃって、そのまま熱が引かなくてますます困ったけど

やっぱり夢みたいに、幸せだった。














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