オマケ2






総会の後自習だったのをいいことに花井は裏庭のほうに足を向けた。
質問攻めされるのを避けるためだったが、ベンチに座ってぼうっとしていると
近づいてくる人の気配がした。 
顔を向けると阿部だった。 阿部は1人で、三橋の姿はなかった。

「よう」
「ここにいたのか」

言い方からすると一度教室に戻ってから探したのか。
阿部が隣に座ったので、花井は次の言葉を予想して身構えながら待った。
第一声は質問か、あるいは文句でも不思議じゃない。
けれど予想は外れ、別のことをまず言われた。

「ありがとう、花井」
「え」

予想外のそれは、心からの言葉だとわかった。
顔も声も真剣そのものなことに驚きながら、素直に嬉しくもあった。

「まあ、つい勢いで」
「すげー感謝してる」

思わず熱を計りたくなったところだったので、次に言われたことにむしろホッとした。
こちらは予想どおりだった。

「でも何もマイクで怒鳴んなくてもさ」

至極ごもっとも、 とは誰よりも花井自身が思っていたので。

「悪かったよ」
「びっくりしたぜ」
「でもわざとじゃねーよ。 それはおまえもわかったろ?」
「あー、うん・・・・」
「で、結局どこにいたわけ?」
「部室で寝てた」
「三橋らしいな」
「すげー寝ぼけててさ」
「ふーん」
「全然信じてくんねーでやんの」
「ははあ」
「あいつ、ぜってー最後まで信じてなかった」
「でも上手くいったんだろ?」
「まあな・・・・・・」

ぶっきらぼうな口調と表情が噛み合ってないにも程があって、笑いそうになるのを堪える。

「や、とにかくマイクは悪かったよ」
「あのマイク、壊れてんな」
「だな」
「おかげで何人に冷やかされたかわかんねー」
「ああ・・・・、だろうな」
「オメデトウの大嵐」
「まあいーじゃん」
「オレはいいけどさ・・・・・」
「三橋は恥ずかしいかもな」
「もうすぐ休みなのがありがてーよまったく」

ぶつぶつ言いながらも、朝までのゾンビはどこへやら、という表情だ。
ふん、と鼻を鳴らしてからずばりと指摘してやった。

「なこと言って、虫が寄ってこなくて嬉しいんじゃねーの?」
「うん、嬉しい」

花井は少し引いた。 素直過ぎる。
どんだけ舞い上がってんだ、 と心だけで突っ込んだ。

「ところでさ、聞きてーんだけど」
「あ、やっぱり?」
「いつから知ってた?」
「ずーっと前」
「・・・・・・・・あ、そう」
「おまえら、わかりやすいんだよ」
「・・・・・・・・でもさ」
「なに?」
「オレ、一回噂立ったろ? 彼女できたって」

一瞬迷ったものの、この際だとすぐに開き直った。

「あれ、結局三橋だろ?」
「・・・・・なんでわかった」
「携帯の写真で」

あ、とそこで阿部は表情を変えたものの半ば予測はしていたようだった。

「あん時、やっぱ見たんだ・・・・・・」
「見た。 悪いな」

怒るかと思いきや意外にもその気配がないのは、幸せ度合いが大きくて
他のことはどうでもいいのだろう。
会話の成り行きだったけど、過去の後ろめたい所業を謝れたことにホッとしていると、
阿部はむしろ感心したようにつぶやいた。

「三橋だってよくわかったな」
「うーん、あれはびっくりした」
「それで気付いたのか?」
「え?」
「だから、そん時にオレの気持ちに」
「あー、いや 残念ながらそのずっと前から」
「・・・・・・あっそ」
「うんそう」
「・・・・・・もしかしてあん時言いかけてやめたことって」

まじまじ、という視線を正面から受けて逆に問いかける。

「あそこで教えたほうが良かった?」
「・・・・・・・・いや」

沈黙の後のきっぱりとした否定に花井は小さく笑った。
そう言うだろうと思っていた。
ふと、もう1つ正直なところを吐露したくなった。

「でもなー、言っちゃって良かったんだか悪かったんだか」
「良かったよ」

間髪置かずの断言だった。

「・・・・・・いろいろと大変だぞきっと」
「わかってる」

真剣な声音に安心した。 
きっと大丈夫だろうし、大丈夫じゃなくても自分のせいと考えること自体失礼な気がした。
この先何があってもそれは2人の問題なのだ。
2人が頑張るべきことであり、第三者は関係ない。

と真面目に思ったこととは裏腹に、安心したせいか軽口が出た。

「まーオレも実は、オレの個人的事情で良かったよ」
「なんだよそれ?」
「すんげーすっきりした」
「・・・・・・・・・。」

阿部が複雑な顔になったところで乱入者が来た。
それも1人じゃなくてどやどやと押しかけてきたのは、もちろん野球部同期の面々だ。
泉と田島がいないのは、三橋の傍にいてやっているのだろう。

「あー、こんなとこにいた! 阿部えっ」

たちまちばしばし背中を叩かれるわ、数人が同時に質問攻めしてくるわで
静かな空間は一転して騒々しくなった。 
花井は早々に逃げを打つことにした。
今日はもう充分活躍した。 し過ぎたくらいだ。
後は全部阿部に押し付けたってバチは当たるまい。

「おまえら、あんま騒ぐなよ?」

いつものクセでたしなめた後、そっとその場を離れた。
「逃げんなよー花井」 という声には 「用事があんだよ」 とごまかした。
それ以上突っ込まれなかったのは、質問の対象が主に阿部だからだろう。
去る前にちらりと見れば、仏頂面を作ろうとしているも明らかに失敗していて
ぷっと吹き出した。

しかしここを逃れて教室に戻っても、誰かに何か言われそうだ。
後でシガポからも聞かれそうだし、遠からずモモカンの耳にも入るだろう。

(アタマ握られっかな・・・・・・)

今さらながら少しぐったりしたものの、
それやこれやの悩み事はとりあえず隅に蹴っ飛ばす。

(そういや、言いそびれたな・・・・・・)

伝えたかった言葉は、改めて言わなくても
他のヤツにうんざりするほど言われただろうし、この後も言われるだろう。 
だから別にいいかと思ったけれど。

「・・・・・・おめでとう、阿部。 三橋も」

口の中でつぶやいてから、空を見上げた。
心境を映したかのように、抜けるような見事な青だった。












                                          オマケ2 了

                                          SSTOPへ






                                                   有難うございましたm(__)m