ファンファーレ −2



  SIDE ABE


「こないだのやつさ、上手くいったみたいだよ〜」

へらりと笑って言う水谷に 「あっそ」 と素っ気なく返したのは半分は見栄だった。
何が 「上手くいった」 かというとクラスメートの誰それが
隣のクラスの誰それにコクった結果ってやつだ。
そんなことに目を輝かすなんてオンナじゃあるめーし
とばっさりと切り捨てられないあたりが我ながら女々しいと、阿部は密かに自嘲する。

実際そんなもんどーでもいいと一蹴したい気分も本当で、にも拘らずそれができない。
いかにも関心なさげな顔を装いながら、実のところは興味津々だった。 
幸福な結末に明るい気持ちになったり、暗い顛末にこっそり消沈したりと忙しいのは
つい己を重ねてしまうからだ。 
考えることは皆似たようなものなのだ。
阿部はつくづくそう思う。
卒業前になんとかしようという発想は、自分だけのものじゃない。


最初にはっきりと考えたのは公式の最後の試合が終って間もない頃だった。

(三橋に言おう、オレの気持ちを)

ずっと言いたかった。
実行に踏み切れなかった一番の理由は野球だった。
もちろん失恋は怖かったけれど、野球に支障が出るのが何より一番怖かった。
上手くいかなかった場合はもとより、奇跡的に望みが叶っても
冷静に考えれば懸念事項はいくらでも出てきた。
何度も襲ってきた衝動をその度に辛くもやり過ごせたのは
とどのつまり、そういうことなのだとどこかでわかっていた。
それは三橋のためと同時に自分のためでもあった。

でももうその大きな障壁はなくなった。
実質のバッテリーが解消されたからには、どういう結果になっても
甚大な影響はないだろう。 
早くケリを付けようとまでその時は思った。

しかし固いはずの決心が揺らぐのも人間の性というやつで、
もしダメだったら、と考えずにはいられなかった。
失恋は、怖かった。 耐えられそうにない。
その恐怖は漬物石のようにどかんと圧し掛かって勇気を押し潰し、
ずるずると先延ばししているうちに年が明けてしまった。

進路の決まった生徒が出始めた頃から噂を聞く機会が増えた。
情報源は主に水谷だったが、誰が誰に告白したとか
その結果くっついたとか振られたとか浮いた話がちらほらと耳に入る。
その度に己を重ね合わせては悶々とする自分にうんざりしながらも
最終的な踏ん切りがつかないのは、結局は怖いからだった。

そして他人の恋愛事情にやけに詳しくなった頃、追い討ちまでかけられた。
阿部が意識から締め出していたことを悪気なくずばりと指摘したのも水谷だった。

「好きな相手が友達だと悩むとこだよねー」
「・・・・なんで? 同じだろ?」
「えーだって、友達ならコクらなけりゃ確実にまた会えるじゃん」
「・・・・・・・・。」
「フラれたら気まずいからそれっきりだろ? この差は大きいよー」

なるほど、と納得しながら内心で愕然とした。
それを思いつかなかった自分をアホだと思った。
天国か地獄かってくらいの落差があるそのケースはまさに自分に当てはまる。
失うのは恋だけじゃなく、友人もであり
そこに至るまでの道のりが長かったことを思うと、さらに決心が鈍った。

言った結果どん引きされて今まで築いたものが崩壊するのと、
言わずに卒業して次に会った時に隣に彼女がいた場合とを天秤にかけても
ぐらぐらと揺れて定まらない。
どっちも願い下げなのだけは確かだったが。

しかしながら阿部はどこかで一縷の希望も持っていた。
もしかして、と縋るように思うことは。

(三橋もオレと同じ気持ちかも、しんねえ・・・・・)

いつからその期待があったのかはわからない。
何かの折に湧いては打ち消す、を繰り返しているうちに
いつのまにか片隅に常駐していた。 どうしても捨てられなかった。

根拠は? と突っ込んでも答えは出てこない。
具体的なものはない、多分ない。
けれど三橋にとって阿部は特別だった、と思う。 
捕手だからなのは明らかだが、それ以外の何かが絶対確実になかったかと思えば、
なかったともあったとも阿部には判断できない。
冷静に考えようとすればするほどわからなくなるのは
客観的に見られないからだと気付いて、考えるのを放棄した。
結果、期待を捨てることもできず今に至る。






○○○○○○

1月も半ばを過ぎたその夜も阿部は悶々と考えていた。
いろいろな可能性を無意識にシミュレートするのが最近の日課になっていて、
バカだと自覚しつつも止まらない。
そしてその日は別の懸念事項にも気がついた。
まだ時間はあると思っていたけど。

(もうそんなに日がねーんだ・・・・)

3年生はまもなく実質の休みに入ってしまう。
そうなったらますます決心が鈍る気がする。

ふいに、阿部はひどい疲労を覚えた。 そして心底うんざりした。
何にかというと自分にだ。

(もう、飽きた)

葛藤するのに飽きた。
まな板の上に乗っていることに疲れた。
たとえ失恋しても今の状態よりはマシなんじゃないだろうか。
休みに入る前にはっきりさせたい、と強く思えば決断は早かった。

(明日、言おう)

明日の今頃自分はどんな顔をしているだろうか、と考えて
できれば笑っていたいと、心から願った。











                                        2 了(3(SIDE A)へ)

                                            SSTOPへ






                                                      頑張れー