在るべき場所に - 7





しばらく黙って抱いていたら嗚咽が小さくなってきたんで
腕を緩めてから、そっと顔を挟んで上げさせた。
涙でぐちゃぐちゃになったその顔に、また胸が締め付けられた。

なおも流れ落ちている涙を舐めてみた。 嫌がらない。 
また舐めた。

三橋は目を瞑って、おとなしくされるがままだ。
嫌がらないのをいいことに、犬みたいに舐め続けた。
気が付いたら涙が止まっていて、舐めるものがなくなってしまった。
なので今度は唇をぺろりと舐めた。 やっぱり嫌がらない。

「・・・・・・嫌じゃないのか?」

また純粋な疑問。 
三橋がうっすら目を開けた。

「・・・・・うん」

抑えても、期待が湧くのを止められない。
外れているかもしれないけど、もういい。
ごちゃごちゃと無駄に考えてるヒマにとっとと意思表示して、
無理矢理にでもこっちを向かせてやる。

「じゃああんなヤツ、やめちゃえよ」
「・・・・・・・・・・。」
「おまえの場所はオレの隣のが合ってると、思うんだけど」
「・・・・・・え」
「オレにしとけよ」

三橋は驚いたように目を見開いた。
何でここで驚くのかな。 
こないだのことでもう、オレの気持ちはわかっていたんじゃないのか?
不思議に思いつつも、信じられないような表情なのでもう一度言う。

「オレと、付き合えよ」

目がもっと丸くなった。 本当にびっくりしているような顔だ。

「な、なんで・・・・・・」

なんでって。

「好きだから」

さらにまん丸になった。 オレは少し呆れた。

「なんでそんなにびっくりすんだよ?」
「え、  だって」
「オレが何でこの前あんなことしたと思ってたんだ」
「・・・・・・・なんでかなって・・・・・思ってた・・・・・・・・」

脱力した。

「だ、だって」
「うん」
「阿部くんが、 まさか、 オ、オレなんかのこと」

そこまで言ったところで、また涙がふるふると盛り上がってきた。
それを見て思い出した。 三橋の自己否定の半端じゃない根強さを。
なのでダメ押しとばかりに改めて告げてやる。

「好きだよ」
「・・・・・・・。」
「だからオレと付き合って?」

また頼む。 何だって言ってやる。 それで三橋がオレのものになるんなら。
信じられないってんなら、信じるまで何度でも言ってやる。

「あんなヤツ振っちゃえよ」
「・・・・・・・・・・・・・。」

黙り込んでしまった。 やっぱりそれはダメなんだろうか。
でもさっきは嫌がっているようにも見えたんだけど。
だからこそマッハの勢いで理性が飛んだわけで。
それもオレの願望がそう見せただけかな。
冷静に見極める余裕なんてなかったし。
仮に上手くいってないとしても、そこまでの踏ん切りはつかねーのかもしれない。

ちくちくする胸の辺を宥めながら勇気を出した。
ずっと確認したかったことをようやく聞いてみる。

「あいつのこと、本当に好きなのかよ」
「・・・・・・・きら、い」
「え」

三橋にしては珍しい断定に今度はオレが驚いた。 
うまくいってないんじゃとは期待していたけど、そんなレベルじゃない。
当然次に湧いた疑問は。

「じゃあなんで付き合ってんだよ!?」
「だって」
「うん」
「・・・・・・・・・・・。」

また黙り込んだ。  イラつきながらも辛抱する。
たっぷり1分経ったところで、三橋の口が動いた。

「・・・・・・・付き合わないと」
「・・・・・・・・・・・・。」
「阿部くんが、」

何でここでオレの名前が、 と思ったところで、また黙り込んだ。 
イライラがひどくなった。 今度は1分も待てそうにない。

「早く言え!!」
「ひっ」
「オレが何だって?!」
「・・・・・・・・阿部くんを、」
「オレを?」
「・・・・・・・・・痛めつける・・・・・・て、言われて」

絶句した。

また涙目になっている三橋の顔を、バカみたいに凝視した。
すぐには信じられなかった。

頭が動き始めてわかったことは。  じゃあ三橋は。
脅迫されて。 
てことは最初の、可能性は薄いと判断した推測が当たってたわけで。
しかもその内容がオレに関することで。
好きでもないのにいやいや従っていたと、 そういうことに。

「バ・・・・・・・・・」
「う?」
「バ カ !!!!」
「うぇっ」

思い切り怒鳴りつけたオレはひどいヤツなのかもしれないけど。
怒りとか呆れとか、ある意味安堵とかいろいろな感情がどばっと奔流のように押し寄せてきて
処理できない。  頭がくらくらする。

「そ・・・・そんな理由で」
「で、 でも」
「でもなんだよ!!?」
「さ、最初は」
「・・・・・・・・?」
「つ、付き合うとかじゃなくて、 1回キスするだけだって、・・・・言った、 から・・・・・」
「はあ?」
「・・・・・・・それだけなら、我慢しようって、・・・・・思って」
「バ・・・・・・・・・・・・・」

今度はかろうじて 「カ」 は呑み込んだ。
頭ん中がぐちゃぐちゃだ。
その1回のキスを、ずーっと夢見てきた人間だって (ここに) いるのに。
しかもそれが他のヤツにかっさらわれた原因がよりにもよって他でもないオレで。
大体そんな卑怯なことをするヤツの言葉なんか信用できるわけが。

「あ」

だから 「約束が」 と三橋は言ったんだ。

「なんでもっと早くオレに相談しなかった!?」
「え、だって・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「悪いな、  って・・・・・・」

頭を抱えたくなった。  でもとにかく。

「じゃあ問題はねーな」
「へ?」
「もうあいつとは会うなよ?」
「えっ・・・・・」
「オレのことは心配すんな」
「・・・・・・・・・・・。」

残る問題は三橋のオレに対する気持ちだけど。
なぜ、そんな最低な脅迫にいやいや従ったかとか。
それだけならオレが捕手だからってのもありだけど他にもある。
なぜ、こないだオレを本気で拒まなかったかとか。
なぜ、いるとも思ってなかったオレの名前を咄嗟に呼んだかと考えれば。

確信しながらも、問いかけた声は知らず微かに震えた。

「おまえさ」
「う?」
「オレのこと好きなんだろ?」

みるみる赤くなった。

「・・・・・・うん・・・・・・」

蚊の鳴くようなその声がオレにとってどれだけ嬉しいか、
三橋にはわからないだろうな、    と思った。


「キスしていい?」

三橋は真っ赤な顔でオレを見た。  オレは。

返事を聞く前にしてしまった。
聞いた意味ねーな、  とか思いながら、

長々としてしまった2度目のキスは、最高に甘かった。



















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