在るべき場所に - 8





その後、オレはあんなヤツのことは放っとくつもりだったんだけど。
だって明らかに運動系のやつじゃない。
ひょろっとして力も弱そうだし、一部の悪い連中とも繋がりはないようだし。
仮に本当に襲われても絶対負けない自信があった。
けど三橋があまりにも心配して、そのせいで気持ちが消耗しているようだし、
それにまた三橋に付きまとわれちゃオレも嫌だし、
本当に暴力沙汰になったら部としてはかなりまずいのも事実だ。

それらのことを冷静に考えて、とっとと片をつけることにした。
いささか不本意ではあったけど、花井に協力を仰いだ。

「頼みがあんだけど」

オレの切り出しに花井は不審気な顔をした。

「詳しくは説明できねーんだけど」

そう前置きしてから、やってほしいことだけを言ったら最初花井は嫌がった。
でも。

「実は三橋がそいつに脅迫されてんだ」

半分だけ真実を言ったら表情が変わった。
花井だって部のエースの精神状態に拘わることは見過ごせないに決まってる。




そいつを裏庭に呼び出して

「金輪際三橋に近づくな」

とオレが言っても、最初ヤツは怯えたような顔をしながらも黙り込んでいた。
そこで花井が打ち合わせどおり、冷静な口調で告げた途端にぎくりとした表情になった。

「これ以上うちのエースに何かするようなら、
 野球部全員を敵に回すことを覚悟してもらわないと」

続いて、オレが頼んだ以上のドスの効いた声で畳み掛けるように花井は言った。

「阿部みたいに紳士的なヤツばっかじゃないけど、そこんとこも覚悟するんだな」

ヤツの顔色が変わった。
真っ青になってあっさりと同意した。 ちょろいもんだった。
こんなちょろいヤツに三橋はいいようにされてたんだと思うと
またむかむかと腹が立ったけど、とにかくこじれる気配がないのは幸いだった。
本当のところは、部の暴力沙汰は絶対にまずいからだ。
花井には 「おまえ、一体いつから紳士になったんだよ」 と
セリフの内容に文句を言われたけど結果オーライだ。
思惑どおりとはいえ、すんなりいき過ぎてあまりにあっけないような気さえした。



「もう心配ねーから」

翌日三橋にそう言ってやったら、それでもまだ不安そうな顔をしていたけど。
「今度また何か言われたら、ぐちゃぐちゃ悩んでねーで必ずオレに言えよ!」
という厳命には素直に頷いた。








○○○○○○

そんなわけで、やっとでオレは三橋を取り戻すことができたわけだけど。

だからといっていきなり進展させることはやっぱりできなかった。
オレの中の 「大事にしたい」 という気持ちは自覚していた以上に大きくて。
それに一番欲しいものは手に入ったんだから、ゆっくりでいい、とも思った。

でもそうは言ってもどうしても気になることがある。
気にならないほうがむしろおかしい。

(あいつと、・・・・・・・どこまでやったんだろう・・・・・・・)

話を聞くと、2人で会ったのは学校でオレが見たのを含めてあの日が3度目だったらしい。
2度目はあの、帰りに連れて行かれた時だろう。
そしてその時にキスマークを付けられたに違いない。

(やられちゃったのかな・・・・・・・・・)

悶々と考えながら、もしそうでも責めたりすんのはやめよう、と決心した。
三橋にしてみれば、オレのためだったわけだし。
とはいえ正直なところ、もやもやが消えない。
聞きたいと思いながらも、聞いて、それによって傷つけることになったらと思うと
うかつには言えない気分になって踏ん切りがつかない。
何があってもオレの気持ちは変わらない、という自信はあるんだから、
それならいっそ何も聞かなくていいじゃないかと、 理性では思ったりもする。







その日もわざと最後まで残って、誰もいない部室でキスをした。
三橋とちゃんと付き合うようになってから、たまにそういう時間を作っている。
鍵を閉めて、電気も点けずに薄暗い部屋でこっそりと唇を合わせる。
三橋はぎゅうっと目を瞑って少し震えている。
その様が愛しくて、触れるだけのを何度も繰り返す。
しながら、でもやっぱり気になって仕方なくて とうとう聞いてしまった。

「あのさ、三橋」
「・・・・ん・・・・」
「あいつとどこまでやった?」
「え」

ぱちりと、三橋の目が開いた。 僅かとはいえ、怯えた顔になった。
慌ててフォローした。

「あ、怒ってるわけじゃねーぜ?」
「・・・・・・・・。」
「でもやっぱ気になる・・・・・・」
「キ、キスだけだよ・・・・・・」
「だってキスマーク付けられたんだろ?!」

思わず強く言ったら 「あ」 という顔になった。

「キス以外では、そ、それだけ・・・・・・・・」
「・・・・・本当か?」
「うん」

半信半疑な気分になった。

(それだけで先に進まない・・・・・・・?) 

そんなことがあるだろうか。
疑いが顔に出たのかもしれない。 三橋は焦ったように付け加えた。

「付けられた時、約束が違うし・・・・・・・びっくりして」
「うん」
「蹴った、んだ」

蹴った。 

「どこを?」
「だ、から・・・・・・」
「・・・・・?」
「その・・・・・・・・」

いい淀むその表情でわかってしまった。

「股間を?」
「う、ん・・・・・・」

ざまーみろ、 と内心で思った。  だけでなく、にやにやしちゃった。

「そ、それで痛がっているうちに、 逃げた・・・・・・・・」

ぼそぼそと言って赤面している三橋を見ながらオレは、こっそり安堵のため息をついた。
あいつがあっさりと引いたのもその辺りが大きいのかもしれない。
最初のキスは奪われちゃったけど。

嬉しくなってまた口付けた。 優しく。
少し深くしても不慣れながらも必死で応えようとしてくれるのがかわいい。
(もっとも、オレも慣れてるわけじゃ全然ない)
離して顔を見ると、うっとりしているようにも見える。

「キスすんの好き?」
「・・・・うん・・・・・」
「気持ちいい?」
「・・・・ん・・・・・」

ふと、意地悪な気持ちになってしまったのはやっぱり
理屈では割り切れない嫉妬とか忌々しい気分がどこかにあったからだろう。

「あいつにされた時も気持ち良かった?」
「え・・・・・・・」

またぱちりと目が開いた。 今度は不思議そうな顔になった。
なんでそんな顔?

「あの、ね・・・・・・・・」
「うん」
「オレ、キスって気持ち悪いんだと・・・・・・・・思ってて」
「は?」
「だって・・・・・・あの人にされた 時、 吐き気がして」
「・・・・・・・・。」
「その後で・・・・トイレに駆け込んで、  吐いちゃって・・・・・・・」
(げっ・・・・・・・・・・)

びっくりした。

「マジで?」
「うん・・・・・・・・」
(だから、 だ・・・・・・・・・)

それでわかった。 それをきっとあいつは知ってたんだ。
だからあんなにあっさり。     というかむしろそこまでされて、
懲りずにまた襲おうとしたほうがすごいかもしれない。 (それも2度も)
今度は 「ざまーみろ」 の他にほんの少しだけ同情、とは程遠いけど 哀れみ 
みたいなモノも感じた。   自業自得だから当然の報いだけど。

なんて内心で半分ホっとするやら呆れるやらの心境でいると
目の前の三橋は頬を染めたかと思うと、オレにとってとんでもないことを言った。
おそらく、 じゃなくて 絶 対 思惑なしで。

「でも、阿部くんにされたときは」
「・・・・・・・・。」
「気持ち、 よくて」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「何で・・・・・・・?」

何でって。

「阿部くんて、 キス、 上手い・・・・・?」

いやそういう問題じゃないと思う。

と教えてやる代わりに、 「この天然め・・・・」  と心の中だけで盛大にぼやいた。
それからその、無自覚に殺し文句を吐く唇をまた塞いでやった。
オレの背中にきゅっとしがみついてくる手を感じるや、
愛しさが募って思わず深く貪ってしまいながら

(オレの理性の糸が切れるのも時間の問題かもしんねーな・・・・・・・・・・)

なんてことを、 思った。
















                                              在るべき場所に 了

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                                                    かも は余計だと思う。