在るべき場所に - 5





帰り道、オレはやり切れない気分だった。

ショックだった。 
わかっていたつもりで全然わかってなかった。

キスするところを見た時点で当然予測できていたはずのこと。
付き合っていれば、外でキスまでするような仲なら、それ以上のことがあったって不思議じゃない。
なのにそれを全然考えてなかったのは、普段の三橋がオクテそうに見えたからだ。
だからこそ、オレだって今まで想いをぶつけずに我慢してきたのに。
あるいは、そんな想像をするのが嫌で無意識に考えないようにしていたのかもしれない。
よく考えれば当たり前のことなのに、常軌を逸した勢いで理性が飛んだ。 
それくらいのショックだった。

オレのしたことこそ最低だ、と頭では理解しながらも怒りが消えない。

(なんで・・・・・・・・・・・)

もっと強く拒絶しなかったんだ。
拒絶してほしかったわけじゃない。
正直あのまま無理矢理にでも抱いてしまいたかった。
でもオレが一番欲しいのはあいつの体じゃない。
それが手に入らないまま、体だけ自分のものにしても何の意味もない。
後からむなしくなるのは目に見えている。
それくらいなら、きっぱりと跳ね除けてほしかった。

理不尽とわかりつつも、オレはそんなことをぐるぐると考え続けていた。

そして、だからといって諦める気持ちには相も変わらずなれずにいる自分に気付いて
苦く、自嘲した。
なまじ肌になんか触れたのが余計マズかった。
激情に翻弄されていたくせに、感触だけは鮮明に覚えていた。

(他のヤツの、ものなのに・・・・・・)

苦しくて、気が狂いそうだった。








○○○○○○

覚悟はしていたけど、翌日からオレたちの関係は一気に悪化した。
三橋が明らかにオレを避け始めたからだ。
練習中は何とか普通にしている。  
オレも余計なことは考えないようにして練習に没頭する。
傍目にはおそらく、何も変わりないように見えているだろう。

でもそれ以外では全然ダメだった。
以前は時折あった、2人だけの穏やかな時間がなくなってしまった。
三橋が意識してオレを避けているからだ。
そう気付きながらオレも悶々とした葛藤が消えずに何もできない。
2人きりになれば、また感情に任せて何かしでかしそうな恐怖もあった。
冷静でいられる自信なんてまるでなかった。
そのくせオレは、常に目の端で三橋を注意深く観察していた。
未練たらしい自分に反吐が出そうな気分なのに、それでもそうせずにはいられない。  

そんな泥沼のような状態のまま、数日間が過ぎた。





その日それを知ったのは半分は偶然だったけど、半分は必然だった。
三橋が部室の隅で、慌てたように携帯を出しているのにいち早く気付いたのは、
その時もこっそりと窺っていたからだ。  
自分にうんざりしながらも部屋の中の喧騒に紛れて、
何気ない素振りで三橋の背後に寄って聞き耳を立てた。
三橋は隠れるように背を丸めて壁のほうを向きながら、
かかってきた電話に言葉少なに応対している。

「えっ・・・・・今日・・・・ですか」
「・・・・・・はい・・・・・」

発した言葉はそれだけだった。
ぴんときた。  あいつだと。  今日これからあいつと。

(会うんだ・・・・・・・・・)

土曜だからいつもより時間に余裕があるし。
急速に焦燥感に襲われた。
性懲りもない自分に嫌気が差しながらどうしようもない。  理屈じゃない。
もうごちゃごちゃと考えることを放棄して、オレはその後
三橋の着替えが終わるのを見計らって声をかけた。

「三橋」
「へ?」
「今日いっしょに帰ろうぜ?」
「・・・・・・え・・・・・・・」

目に見えて、三橋がうろたえた。
驚きの表情もあったのは、ここ数日はっきりと気まずい雰囲気だったからだろう。
でもそんなことに構っちゃいられない。

「いいだろ?」

強い口調で言うとおそるおそる、という様子ではあったけど頷いた。
いっしょに帰って、それでどうしようという思惑も計画も何もなかった。
とにかく目を離したくなかった。

連れ立って部室を出て2人して何も言わずに黙々と歩いた。
歩きながら そういえば、とオレは気付いた。
あの日のことをオレはちゃんと謝っていない。  三橋も避けるばかりで何も聞いてこない。
三橋は、オレがどういうつもりであんなことをしたと思ってんだろう。
オレが怒ったからビクついてて逃げを打っているんだろうと単純に考えていたけど、
オレの気持ちを悟って、だからこそ離れていたのかもしれない。

(当たり前、 か・・・・・・・・・)

今さらなことに思い至って、急に体が重たくなった。
今までその発想がなかった自分が信じられない。
相棒にヨコシマな気持ちを持たれてるとわかって、引かないほうがおかしい。
それなのにオレは恋人との逢瀬が許せなくて三橋にくっついて回っている。
滑稽にも程がある。
重たい気分を払拭できずにいるうちに、分かれ場所まで来てしまった。

(・・・・・・ここで離れるべき、だよな・・・・・・・・)

それくらいわかる。 これ以上愚かな自分を思い知りたくない。
なのにオレは。

「家まで送るよ」

思考とは真逆な言葉をまた口が勝手に言っていた。
言いながらほとんどやけくその気分になった。
みじめだろうが、みっともなかろうが構うもんか。
理性と感情がことごとくズレるのももう慣れた。

オレは、三橋を、誰にも渡したくない。
本人の口からはっきりと拒絶の言葉を聞くまでは諦めがつかない。
それこそ完膚ないくらい容赦のない言葉がないと。

拒否を覚悟しながら、開き直ってそんなことを考えた。

けど意外にも きっと嫌がるだろう、というオレの予想に反して三橋は
控え目ながらも、大して迷う素振りもなく頷いた。 拍子抜けした。

てことはこれからデートだと思ったのはオレの勘違いなんだろうか。
それならそれでいい。
ぐるぐると考えつつ、その後も結局また黙りこくって歩いた。
三橋も黙ったまま、何も言わない。
何か、何か一言でも、と焦りながら出てきた言葉ときたら。

「・・・・今日、いい天気だな」
「・・・・・・うん」

オレはアホか。

「・・・・明日も、晴れるみたいだぜ?」
「・・・・・・うん」

アホに拍車をかけた。

三橋が何を考えているのかさっぱりわからない。
けどとにかく今は拒まれないだけいい、 と自分を慰めた。
本音を言えば家に入りたいけど、流石にこの前のことがあったからそれは無理だろう。
家の前まで来て、尚も未練を感じながらも今度は何とか理性に従った。

「じゃあな」
「・・・・・・・・。」

でもここでも三橋は予想と違う反応をした。
黙ったままオレを見ただけでなく、はっきりと何か言いたそうな顔になった。
なので待っていると口を開けて、 また閉じた。  
次に苦しそうに眉を顰めてから目を瞑った。  と思ったら俯いた。

「また明日。 阿部くん・・・・・・・」 

つぶやくような声が聞こえた。
何も言えずにいるうちに、三橋は俯いたまま中に入っていった。
見届けた後も、そのまましばらくその場に突っ立っていた。   動けなかった。
最後に見せた縋るような表情、 が気になって仕方なかったからだ。

(ほんっとバカだオレ・・・・・・・・)

自分を嘲笑いたくなる。  でも帰れない。 ある予感が消えない。
なので近くに身を潜めて待っていた。
そして勘は当たった。
大して待つこともなく、三橋の相手が現れて、オレには気付かずに家の中に入っていった。
玄関を開けたのが三橋の母親なのを確認して、
とりあえず2人きりじゃないことに少しだけ安心した。
けど安心したのは束の間ですぐにざわざわと、いても立ってもいられない気分に襲われた。

もう帰るべきだ、と理性が囁く。
帰ろうとして足を動かそうと努力する。
けどその度に先刻の三橋の顔が蘇る。
あの時、確かに何か言おうとした。 

(何を言おうとしたんだろう・・・・・・・・・)

黙って見てないでその場で問い質せば良かった。
歯噛みするような気分で今さら後悔しても遅い。
家族がいるなら変なことにはならないと思うけど。 それに第一。

唐突に冷静になった。

自分にとって都合のいい方向にばかり考えている。
オレにとっては 「変なこと」 でも三橋にとっては。

(幸せな時間、 なんだろうな・・・・・・・・・)

送ることをすんなり了承したのも、結局外での待ち合わせじゃなかったからなのだろう。
胸が疼いて仕方ない。
今頃中で、三橋の部屋で2人は何をしているのか。
甘いキスでも交わしているのか。
外で1人でやきもきしている、みじめで滑稽なオレ。

「くそっ・・・・・・・・」

心底うんざりした。
帰ろう、  と今度こそ踵を返した。
















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