在るべき場所に - 3





繰り返し繰り返し三橋のその表情を反芻する。
部屋に1人でいるとやり切れない気分ばかりが先に立つ最近だけど、
その日は冷静に考えた。 考えずにはいられなかった。

三橋があいつと付き合っているのは間違いない。
でなかったらあんな不自然な形で離れていくはずがない。
三橋は野球以外のことでは、いつだってオレを最優先にしていたからだ。
自惚れじゃなく、そうだったと思う。 今までは。
相手の思わせぶりな言い方からしても恋人なんだろう。
けど本当に幸せなんだろうか。
普通恋人と過ごせるといったら、もっと違う顔をするもんじゃないだろうか。
あれじゃあその前にオレに見せた笑顔のほうが100倍嬉しそうだった。

ふと、可能性が掠めた。
何か、弱みを握られているのかもしれない。
思ってから現実味が薄いことにも思い至る。
三橋は見かけによらず頑固だ。  自分の欲求には忠実とも言える。
万が一、三橋が屈するような何かがあるとすれば野球に関することだけど、
それなら相談するはずだ。

あれこれと思考を巡らせながら、自分にとって都合のいい方向にばかり
考えていることに気付いて自重してみる。
そもそも気のせいだったのかもしれない。
オレの中にそういう願望があるからつい、三橋の表情が冴えないように
見えてしまったのかもしれない。   ありそうなことだ。
あるいはオレと帰る話になっていたのに、途中で予定変更したことに
オレへの気兼ねがあってあんな顔になっただけかもしれない。
不本意ながらそれもすごくありそうだ。 
というよりむしろその可能性が高い、ような気もしてくる。 けど。

元々諦められる日が来るんだろうかというくらいの未練があるうえに
あんな顔をされたんじゃオレとしては全然納得できない。
三橋が幸せならいい。   どんなに苦しくても諦めるしかない。
でももしそうじゃないのなら。

「・・・・・・・返してもらう」

口に出してつぶやいたら、絶対に諦めなどつきそうにない自分を強く、
改めて自覚してしまった。
そして次に具体的にどうするか、ということに思考を移した。


まずは。 
三橋が本当に今の状態に満足しているのかを知りたい。
オレだって三橋の意思を無視して無理矢理どうこうする気はない。
三橋がちゃんと幸せな恋をしているのならオレの出る幕はないわけで。

そう考えたオレは田島に探りを入れることにした。
田島は三橋と一番仲がいい。 オレ以外で。
理解しあっている、という点では面白くないけどオレ以上だろう。
オレにはよくわからない三橋の感情の機微も田島には易々とわかることも多い。 
天然は天然どうしってやつだ。
それにこの件については、ひょっとして相談とかしている可能性もある。
あるいは逆に。

(・・・・・・・田島にだけは惚気てたり)

そういえば田島がキスがどーのと聞き回っている時、三橋には聞いてなかったような。
三橋に聞いたのは泉だった。
あの時田島がそんな話題を出したのも、三橋が田島に何か言ったせいだったら。

そこで思考をストップした。
ぐるぐると考えているとロクな内容にならないからだ。







○○○○○○

翌日早速実行した。
わざとらしく見えないように練習の休憩時間に何気なく田島の隣に行って腰を下ろす。
周囲に聞こえないように声を落として話しかけた。

「田島さ、 ちょっと聞いていいか?」
「? なに?」
「三橋のことなんだけど」
「はぁ」
「・・・・・・・えーと、あいつってさ、実は恋人できたんじゃね?」
「え? マジ??!」

目がまん丸になった。 演技には見えない。
ノロケの可能性は消えた、 とホっとしながら慌てて取り繕う。

「あ、冗談。 んなワケねーよな。」
「・・・・・・・・?」
「じゃあさ、最近あいつ変わったことねーか?」
「えー・・・・・・・」

田島はしばし、空を睨んで考え込むような顔になった。

「別にねーけど?」
「全然?」
「ぜんぜん!」
「何か相談されたとかは?」
「・・・・・・・別に?」
「じゃあ、雰囲気が変わったとか」
「はあ? なにそれ」
「例えば妙に明るくなったとか」
「ねーよ」
「じゃあ逆に暗くなったとか」
「うーん・・・・・・?」
「・・・・・・・・。」
「目立ったことは何もねーけど」
「ふーん・・・・・」
「こないだやけに暗いなってことはあったけど」
「! それで?」
「結局宿題を忘れたことが原因だったみてーだし」
「・・・・・・・あ、そ」
「ナンだよ? 阿部?」
「え?」
「三橋がどうかしたのかよ?」
「・・・や、 何でもねぇ・・・・・」

用事が済んだんでオレはそそくさと離れた。
これ以上何か言ってヘタに詮索されるのはまずい。
なにしろ田島の勘の良さは人間の範疇を超えている。

離れながら落胆していた。  結局収穫ゼロだった。
オレとしては 悩んでる様子だ、とかならいいなと密かに願っていたワケだけど。
でも逆にうきうきした様子でもないようなのには救われた、かもしれない。

やっぱり本人に聞いてみないと。
正面から聞いて答えるかわからないから、まずはさり気なくつついてみて
その時の表情をよーく観察してみよう。
三橋は感情が顔に出る。
正攻法で聞くより、斜めから聞いて顔を観察するほうが正確にわかるかもしれない。

オレはそう目論んだ。







○○○○○○

そんなワケで次の日曜の夕方、三橋の家に押しかけた。
とにかくどんどん行動する。
そうしないと余計なことをぐるぐると考えてしまって、最近は練習以外の時間は
ほとんど何も手につかない。
授業中はもちろん、野球雑誌を読んでデータ収集しててもいつのまにかぼーっとしている。
我に返ってぐったりする。 そんなことの繰り返しだ。

押しかけたと言ってももちろん、 「勉強を見てやる」 という口実を作って
本人にお伺いを立てたわけだけど。
三橋はこのテのオレの誘いを断ったことはない。
事態が変わって断られたら、と内心で恐れていたけど、いつもと同じように
三橋は嬉しげに頷いた。 ホっとした。
同時にイヤなことも考えてしまった。

一体三橋はいつからあいつと付き合っていたんだろう。
てっきり最近だと思い込んでいたけど、
オレが知らなかっただけで随分前からそうだったのかもしれない。
だとすると、こないだの顔は喧嘩していたかなんかだったのかも。
もしそうならただの痴話喧嘩の可能性も。

「・・・・・くそっ」

小さく悪態をついてからぶんぶんと頭を振った。
後ろ向きになっちゃダメだ。  それならそうでそこに付け込んでやるまでだ。
とにかく今日、三橋の気持ちを何とかして確認するんだ。

オレの魂胆を知らない三橋はオレを家に迎え入れながらほわっと笑った。
やっぱり嬉しそうに見える。
単純にオレも嬉しくなる。 相反するように不安も浮かぶ。
探りを入れて結局つらい結果になったら、と思いかけて慌てて追い払った。
ちゃんとわかるまで後ろ向きは禁物。

部屋に入って、三橋が小机を用意するのを手伝ってそこに落ち着いてから
まずは教科書を広げさせた。
一応口実は 「勉強」 だから怪しまれねーように少しはやんねーと。
三橋のわからないところを聞いて、教えてやってから練習問題を解かせる。
その間に思案した。

(何て切り出そうか・・・・・・・・・)

ストレートじゃなく、でも確実にわかるような聞き方。
幾つか考えていたけど、決めかねていた。
慎重になるのは、三橋は一旦黙り込むと貝みたいになることがあるからだ。
しかもこの件については隠したがっているらしいし。
失敗したくない。
今日本心を聞き出して次の行動をとっとと決めたい。
でないとオレの精神状態がもたない。

俯いて唸りながら問題に取り組んでいる三橋のつむじをぼんやり眺めながら
話の持っていき方をあれこれ考え吟味する。
考えるのに忙しくて、三橋が何か言ったのを聞き逃した。

「阿部、くん・・・・?」
「え?」

我に返って見ると三橋は不審気な表情でオレを見ていた。

「あ、わりい、 なに?」
「あのオレ、 トイレ・・・・・」
「あー、行ってくれば?」

律儀にわざわざ断ってから部屋を出て行く後姿を見送った。
1人になってまた続きを考えようとしたその時。
音がした。 
何度か聞いたことがあったんで、正体はすぐにわかった。  三橋の携帯だ。
机の上に置いてあるそれはしばらく待ってもまだ鳴り止まない。
手を伸ばして取ってみながら、ふと思った。

(あいつ、かもしれない・・・・・・・・・)

手の中の機械を凝視した。 
開きながら、動悸がした。  
番号表示だけだけど、間違いないような気がした。
根拠は何もなく、ただの予感だったけど。
手にうっすらと汗が滲むのがわかった。
魔がさしたとしか思えない。
衝動的に、オレは通話ボタンを押して黙ったまま機械を耳に押し当てた。

『やあ』


予感が当たった。















                                                3 了(4へ

                                                SSTOPへ







                                                          正念場。