ある日オレが2人になっていた。 場所はオレの自室だ。
何故かなんてわからないけど、とにかくもう1人いる。
そして何故か三橋もいる。 こっちは1人。
オレはうきうきしてしまう。 三橋は当たり前だけどびっくりしてる。
目を白黒させながらオレらを忙しなく交互に見てから、もう1人のオレの方をじーっと見て。

「あ、べ、 くん・・・・・・・?」
「おう」
「えーと・・・・・・」

今度は視線がオレに来た。

「阿部くん、 だよね・・・・・・・?」
「うんそう」
「えーと・・・・・・・」
「「オレ、増殖したみてーなんだ」」

説明の言葉はきれいにハモった。 

「え・・・・・・・・・・」
「なんで? とか聞くなよ?」

顔にくっきりと書いてある疑問を三橋が口にする前に先回りした。
オレにだってわかんねーのに聞かれても困る。
それにそんなことは割とどうでもいい。 いや良くないけど。

「わかんねーけどさ、もう1人いるうちにやりたいことがあんだ」
「へ?」

きょとん、とした三橋の様子に期待といっしょに少し罪悪感が湧いた。
でも別に悪いことじゃない。 だって同じオレだもん。
と気を取り直してから、さり気なく言った。

「じゃ、寝ようぜ?」
「え」
「もう遅いし」

そう言ったのはもう1人のオレだ。
ちらっと顔を見ると目が合った。 思わずにんまりと笑い合ってしまった。
同じ人間だから同じことを考えているに決まってる。
けど、三橋がびくりと揺れてじりっと後ずさったのが目の端に映った。
逃がさないように右腕を掴んだら、同時にもう1人のオレが左腕を握り締めていた。
咄嗟の行動も同じなんだな、さすがオレ と感心する。

オレらに掴まえられた三橋は少し青ざめた。 次に赤面した。
その顔だけで勃ってしまったオレはどうしようもないと思うけど、
ちらと横目で窺ったらもう1人のオレも同じらしかった。 ちょっとげんなりした。

「あ、 あの・・・・・・・・」
「なに?」
「も、 も、 もしかし て」

言いかけて赤い顔のままもごもごと口を動かすけど、続きが出てこない。
オレらはにっこり笑って言ってやった。

「「今日はいつもの倍、サービスしてやっからな?!」」

またハモった。 気が合う。
赤面したまま完全に固まってしまった三橋を、とりあえずベッドに座らせた後
オレらもそれぞれ傍に座ったところまでは順調だった。
見事な連携プレーだったと言ってもいい。
でも楽しかったのはここまでだった。

もう1人のオレが後ろから三橋の首筋に吸い付いた途端に
手が勝手に伸びて、三橋の肩を掴んでぐいっと引き寄せていた。
気付いたらそうしていたんだから、仕方ない。

「あ、なにすんだてめっ」
「勝手なことしてんじゃねーよ!」
「何が勝手だよ! 2人でご奉仕すんじゃねーのかよ?」

そうだったと思い出した。 そうなんだけど。

「あー、ちょっとな、・・・・・・間違えた」
「間違えんなよな」

何となく複雑な気分のまま仕切り直す。
今はオレの腕の中にいる三橋のシャツのボタンを1つ外した、ところで
今度は逆にべりっと引き剥がされた。 激しくムカついた。

「おまえこそ何すんだよ!」
「あ、間違え・・・・・・・じゃなくてここはいいよ」
「はああ?!」
「オレが脱がすから」
「ダメだ!!!」
「何でダメなんだ!?」
「何でって」

正直に言うのはヤだし 「何でも」 でごまかそうと思ったところで。

「おまえ、自分に嫉妬してどーすんだよ。 同じオレだろ?」

さすがオレだ。 ちゃんとわかってやがる。

「じゃあ2人で脱がそうぜ? それならいいだろ?」
「・・・・・・うんまあ」

頷いたのもしぶしぶ、だった上にあっちがズボンのベルトに手をかけたんで。

「待て。 下はオレが脱がすから」

言いながらその手を払いのけた。 あちらさんがムっとしたのがよくわかった。
何てわかりやすいんだ。 ちょっと顔に出過ぎだろう。

「いやオレが下を」
「オレだっつの」
「どっちでもいーだろがよ! 最終的には同じだろ?」
「そう思うならおまえが上担当しろよな!」
「いや下がいい」
「それはオレがダメだっつってんだアホ!」
「あ、ちょっ 勝手に触んなこの」
「おまえこそどこ触ってんだ手ぇ離せよ!!」
「ちょっと待て」

向こうが眉を顰めてこめかみに手を当てた。 言いたいことは考えるまでもなくわかる。
今オレが悟ったことに決まっている。

「・・・・・こんなで2人がかりなんて、絶対無理じゃねえ?」

まさにしかり。

「無理だな」

答えるが早いか素早く三橋にキスをした。

「あ、なにしてんだこのやろ」
「三橋、オレのがいいよな?」

うるさいのは無視して三橋本人にお伺いを立てる。
もちろん、想いを込めて目を見つめることも忘れない。
イヤなんて言うわけない。 だってオレだもん。
でも予想どおり、もう1人のオレが割り込んできやがった。 このやろう。

「三橋、オレだよな?」
「あ、あのその、 えーと・・・・・・」

三橋の顔は 「困惑」 そのものだった。 額に汗が浮いている。
くそっと内心で悪態をついた。
何でさっさとオレを選ばねーんだと怒りが湧いたけど、
確かに見た目はそっくりなんてもんじゃなくて、コピーしたみたいで
うっかり自分でも混乱するくらいだから、三橋のことを責めるのは筋違いだ。
しかもどうやら中身もそっくり同じときてる。
こいつさえいなきゃ話は簡単なのに。
もう1人のオレを思い切り睨みつけてやったら、同じタイミングで睨まれていた。
上等だぜ。

「オレがするかんな」

断言したのは向こうだ。 かっと頭に血が昇る。
怒り心頭とはこのことだ。 同じオレだからって嘗めんなよ。

「オレがする」
「おまえな・・・・その間オレはどうすんだよ」
「見るくらいだったらまあ、特別に許してやらないでもないこともない」
「それはつまりダメだっつってんじゃねーかよっ」
「よくわかったな」
「フザけんなよてめえ・・・・・・」
「フザけてねーよ」
「オレがすっから、おまえは指咥えて見てろ」
「バカかてめえは? ごめんだね」
「オレだってごめんだね」

バチバチっと火花が散った。 まさに一触即発。

「あ、 あの・・・・・・・・」

弱々しい声に同時に三橋を見た。  困惑を通り越して、涙を浮かべている。

「あの 2人とも 阿部くんなんだ よね・・・・・・?」
「「おう」」
「な、なら・・・・・いいよ。 2人とも しても」
「「ダメだ!!!!!!」」

ハモりまくりだ。 こういうところだけはやけに気が合う。
てか、気が合うのは間違いない。

「おまえはちょっと待ってろ!」

言い置いてからまたヤツの顔を睨んだ。
えらく憎々しい顔してんなこいつと思ってから、内心でぐったりしたけど
ここで引くわけにはいかない。
何でこいつが三橋をいいようにすんのを見てなきゃなんねーんだ。 あり得ねえ。
揃って三橋に背を向けて、さっきより小声で攻防を再開する。

「おまえ、もう消えろよな!」
「おまえこそ消えろよ」
「オレは本物だもん」
「オレだってそうだよ」
「証拠あんのかよ」
「おまえだってねーだろが」
「とにかく! オレがするったらオレだ!」
「わかんねーヤツだな。 オレだっつってんだろが!」
「ワガママ言ってんじゃねーよ」
「ワガママはおまえだ」
「おまえはオレなんだから、おまえがワガママだってことだよバカ!」
「じゃあおまえもバカってことだろバーカ」

小学生レベルのケンカになってきた。
はぁっ とため息をついたら相手もついていた。 マジムカつく。

「三橋だってオレのがいいと思ってるはずだ!」
「オレだってば!」
「何でわかる」
「三橋はオレに惚れてんだよ」
「だからそれはオレでもあんだよ!」
「大丈夫、ちゃんと満足させてやっから心配すんな」
「誰がするかアホウ!」

埒が明かない。 もうこの際、と言おうとした言葉を相手が先に言った。

「ジャンケンで決めよう」
「いいぜ? 負けたらすっぱり諦めろよ?」
「こっちのセリフだ」

負けたらぶん殴って気絶させよう、と思ったことは内緒だ。
そんなわけで勢いこんで平和な手段で決着をつけようとしたオレらだが。
あいこが20回目になるに及んで気付いた。
同じ人間なんだから。
同じ順番で出すに決まってんじゃん!!!!
それに考えてみれば、負けたら云々だって相手も同じことを企んでるに違いない。
つまり全然意味がない。

がくっとしながらやめたのも同時だった。 
いちいち言わなくても分かるあたりは便利だ。 でも不便だ。
何でこんなに不快極まりない事態になってんだ。
双方半眼になって睨み合いながら、どうしたものかと思案していると。

「んー・・・・・・・・・・・」

かわいらしい声に嫌な予感がした。 また同時に振り返って、三橋を見た。
予感はきっちりと当たっていて、いつのまにか三橋はベッドの隅で丸まって
すやすやと安らかな寝息を立てていた。

「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」

オレたちは黙ってしばらくその寝顔に見入ってから顔を見合わせた。
無言のまま2人して布団をちゃんとかけてやった。 それから。

もう1つ、やらなきゃならない大事なことがある。
というか、やらないわけにはいかないこと。
だって同じベッドで寝るしかないわけだし、三橋の安眠のために。

自分が1人でいたしてる気色のワルイ姿なんて見たくないから、
向こうにはトイレに行っていただいて、オレはせめて三橋の寝顔を眺めながら抜こう、
と考えてからヤツの顔を見て。

これについてもまた攻防しなきゃならないんだなと当然のことに気付いて
盛大なため息を、ここでも同時についた。












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