ずっと難解なモノ






「阿部くんは、 すごい、 ね!!」

もう何度目かになるその言葉は、純粋に賞賛の響きを帯びている。

「別にすごかねーよ」
「すごい、 よ!!」

確かに三橋にとってはすごいのだろう。
何しろ三橋の数学に対する理解力ときたら、それこそ阿部の理解を超えるシロモノなのである。

「だからさ、そこではこの公式を使うんだって」

阿部の助言に 「あ」 と顔を輝かせたところを見ると一応その先はわかるのか。
ホっと息をついた阿部の目の前で三橋はまたも 「すごい」 と
混じり気なしの感嘆を含んだ声で阿部を讃えた。

阿部にしてみればむしろ、何でここまでわからないかのほうが余程不思議なのだが、
三橋の苦手な教科が自分の得意科目であることは
こうやって、勉強を見るという口実の元に2人で過ごせる時間を持てて、
自分にとって密かな楽しみになっているのも事実だ。
たとえ、本当に勉強だけで、色っぽいことは何もできなくても、だ。 
(もっともそういうことは滅多にないが)

顔にまでくっきりと 「すごい」 と書かれている三橋を見ながら、阿部はふと、可笑しくなった。

「でも数学より難しいことだって、いっぱいあるだろ?」
「え、 ・・・・・・・オレ、ない」
「ねーのかよ」
「う・・・・だって数学ってほんと、に難しい・・・・・・・・・」

渋い顔でぼそぼそとつぶやく三橋に阿部は言ってやる。

「オレはさ、数学よりずっと難しくてやっかいでワケのわかんねーモンのことを
 四六時中考えてるぜ?」
「えっ」

三橋は驚いた顔をした。

「そ、そんなものがある、んだ・・・・・・・」
「あるよ」
「な、なに?」

阿部は苦笑した。

「・・・・・・・内緒」

三橋は一瞬不満そうにしながらも、またもや顔を輝かせて同じ言葉を言いかけた。

「阿部くんて、す」
「それはもういいから、公式使ってその問題やってみな?」

皆まで言わせずに阿部が促すと、
三橋は慌てたように先刻から取り組んでいる問題に再び取り掛かった。

(ばーか)

内心でひとりごちて、阿部は目の前で揺れる褐色の髪を目を細めて眺めた。


(おまえのことだよ、   ・・・・・て言ったら、こいつ、どんな顔すっかな・・・・・・・)


想像して、 ふふ、 と口の中だけで小さく 笑った。











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                                             三橋よりわかりにくいモノなんてねーよな。  By 阿部くん