慣れ







それが目に入った時思わず 「あ」 と小さなつぶやきが漏れてしまった。

そそくさと着替えている阿部の背中にくっきりと付いた、赤い傷。
間違えようもなく 「引っかき傷」。
誰がどういう状況で付けたかなんて一目でわかる。

オレのつぶやきに敏感に反応して ちらりとこっちを見た阿部は
僅かに頬を赤らめて気まずそうな顔になった。 と思ったらほんの少し、笑った。

へぇ、  と意外に思った。
基本的に阿部は意識的に (無意識は除く) 惚気ることをしない。
オレにはたまにするけど、それだって例外事項だ。
その阿部が笑った、ということは それだけ嬉しい、んだろうな。
まぁ気持ちはわかるけどさ。
ある意味勲章つーか、甲斐性? の証拠みたいなもんだし。
それにしても痛そうだよな・・・・・・・・・・

なんてぼんやりと考えた。
それきりそんなことは忘れていたんだけど。

グラウンド整備しながら隣で栄口がぶつぶつと
「昨日阿部のヤツ、鍵当番オレに押し付けてさ」
とぼやいているのを聞いて、ふと、阿部に意地悪してやりたくなったのは、
やっぱり朝っぱらからあんなもんを見せられて多少面白くなかったのかもしれない。

「栄口さ、阿部の背中叩いてこいよ」
「へ? なんで?」
「いいから。 適当に理由つけて、肩甲骨のあたり」
「?」
「きっとすげー痛がるから」

栄口は怪訝そうな顔をしながらも阿部を探しに行った。

でも5分ほどして戻ってきた栄口の顔を見て
オレのささやかな意趣返しは失敗に終わったことを悟った。
栄口は顔を赤らめて憮然としていた。

「花井ひどいよ・・・・・・」
「どうだった?」
「痛がったけど」
「けど?」
「何気に思い切り、惚気られた・・・・・・」

へぇ、 とまた思った。 珍しいこともあるもんだ。
てことは。

(・・・・・・・・そ ん な に 嬉しかったのか・・・・・・・・・・・・)

何だか可笑しくなっちゃって 「ははは」 と笑ってしまって
栄口にますます睨まれた。

それからふと、「いつのまにか、オレも慣れたよなぁ」 と
我ながら感慨深く 思ったんである。












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