何事にも向き不向き
        * 伝説の2人です。 H20センバツの出来事から出てきた話。





春のセンバツは夏大の次に高校野球ファンの注目度は高いし
捕手が投手をリラックスさせるために頬にキスをしたことは一般的にも話題になった。
だからその朝沖が何気なくその話を出したのは野球部部員としては
至極まっとうかもしれない。
が、誰にともなく言ったそれにいち早く反応を返したのが阿部で、
その言葉を聞いた途端、沖は己を殴りたくなった。

「あれはいい方法かもしんねーな」

沖のみならずその場にいた全員が凍りついた。
共通した思いを口にしたのは泉だった。

「おまえはやめとけ」
「なんでだよ?」

なんでダメか。

その問いに浮かんだ言葉もほぼ似たようなものだったけど、はっきり言うのは憚られる。
一同の無言の懇願の視線を受けて、キャプテン花井は説得にかかった。 
ただし遠まわしだった。

「だってさ、おまえらの場合はつまり、実際付き合ってんだから」
「それが何か?」
「まずいと思わねえ?」
「何で?」
「何でって・・・・・・・・大体全国ネットだぜ?」
「いーじゃん別に」
「良くねーよ」
「なら予選とかならいいんだな?」
「いやそういうことじゃなくて」
「じゃあどういうことだよ?」

低い声でずばりと言ってのけたのも結局泉だった。

「エロいんだよ」
「は?」
「おまえがやるとぜってーエロくなる」
「・・・・・・はあぁ?」
「健全な試合が昼メロになりかねん」
「んなわけねーだろ」
「わけねーことねーって」
「アホかおまえ、試合中は状況が違うんだから大丈夫だって」

どの状況と違うのだ。 
一同が遠い目をして赤面する中、泉は半眼になった。

「じゃあ田島がキャッチやる試合では田島がすんだな?」
「田島はダメだ!!」
「そう思う時点でおまえはダメなんだよ!!」

おお、 と皆は密かに感嘆した。  泉ナイス!
しかし感嘆は速やかに落胆に移行した。

「だからその方法はオレだけってことで!」
「・・・・・阿部、人の話聞いてる?」
「聞いてるよ」
「わかってる?」
「わかってるけど?」
「わかってねーよ! おまえはダメだっつってんだよ!」
「なんで?」
「だ か ら 
エロいから!!!

恥ずかしい形容詞が部室いっぱいに響き渡った。 ああ恥ずかしい。
しかし阿部は尚も食い下がった。

「人をエロ魔人みたく言うな!」
「おまえこそちったー自覚しろ!」
「大丈夫だっつってんだろ!?」
「てかそんなにしたいのかよおまえは?!」
「だってそれで緊張がほぐれるならいーじゃん」

ぴん、と閃いた栄口がここで口を挟んだ。

「あのさ、オレ思ったんだけど」
「おお、栄口なに?」

花井の期待に満ちた声に後押しされて続きを言う。

「三橋はさ、それやると却って動揺すんじゃないかな・・・・・?」
「え、・・・・・・そうかな」

少し反応が変わった。 上手くいきそうだ。

「そう思わない?」
「いや、そんなことねーよ多分!」

がくりとしながらも、この線は有効と見た栄口はさらなる説得を試みた。
そして墓穴を掘った。

「でもさ、三橋の性格からすると人が見てるとこでは」
「じゃあ、あいつが来たら試しにやってみよう、今」


やめてーーーーーーーーーーーーー

と全員が声にならない叫びを上げたところで三橋が来た。 何だこのタイミング。
しかし阿部が三橋に近寄るより早く、巣山が冷静な口調で三橋に告げた。

「三橋、阿部がさ、緊張をほぐすための手段の1つとして
 おまえの頬にキスしたいって言ってんだけど」
「試合中にだぜ?」

付け加えたのは花井だ。 一同は固唾を呑んだ。

三橋はまず、ぽかんと口を開けた。
巣山の顔を見て、花井の顔を見て次に阿部の顔を見た。
それから真っ赤になった、と思ったらすうっと色が抜けて黄色っぽくなり
そこに留まらず最後に青くなった。 信号である。
その後俯いて、小さな声で言った。

「オ、オレ、恥ずかしい から それは ちょっと」
「そうか、ならしない」

どどーっと練習前から疲れたのは1人や2人じゃなかった。
あっさりと、一件落着した。 あっさり過ぎた。


その後しばらく部内で 「三橋の一声」 だの 「困った時の三橋頼み」
という言葉がこっそりと流行ったのは余談である。














                                 何事にも向き不向き 了(オマケ

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                                              個人的にはぜひやってほしいんだけど。