涙の理由    逆バージョン







「ど、どうした、の!?  阿部、くん!!」

三橋の焦ったような声に阿部は 「しまった」 と舌打ちしたい気分になった。

「は? なにが?」

意識して普通の声を心がけながら白々しく返したのはもちろん、追求されたくなかったからだ。
ごまかさなければならない。  三橋に、知られてはならない。

「え、 だって・・・・・・・・」

電話の向こうで三橋が言いよどんだ。  すかさず阿部は被せるようにしてすっとぼけた。
ごまかされてくれるようにと、願いながら。

「別にどうもしないぜオレ」
「え、 でも」

珍しく三橋は食い下がった。
何でこういう時に限って、と阿部は内心で忌々しく思ったが、同時に
意外と頑固な面もある三橋らしいとどこかで納得もしてしまう。

「阿部くん、今、 な、泣いて、 た・・・・・・・・・・」

あぁ、 と阿部は声に出さずにため息をついた。  やっぱりバレていた。
それは多分、鳴り続ける携帯に気付くのが遅れて、
慌てたせいでその時の自分の状態を取り繕う余裕がなく、
結果的に声が不自然に掠れてしまったからだ。
遅れたのはそれだけ、他のことに気を取られていたからだが。

「泣いてねーよ」

しらっと嘘をついた阿部に三橋はなおも言い張った。

「泣、いてた、 よ!!」

このやろう・・・・・・・・・・  とまた口に出さずにつぶやきながら、
どうやって納得させようと考えを巡らせ始めたところで、三橋は唐突に爆弾を落とした。

「オ、オレ、 行く、ね!!」
「へ?」
「これから、そっち、行くから!」
「はぁ?」
「ま、待って、て!!」
「オイ三橋ちょっと待」

制止もむなしくぷつりと、通話が切れた。  阿部は呆然とした。
確かに三橋にとっては一大事なのかもしれない。
滅多に泣かない人間が泣いていた、 というのは慌てても不思議じゃない。
(もっとも三橋にとっては、自分以外の人間はすべて 「滅多に泣かない」 部類になるのだろうが)

けれど。  来たら間違いなく理由を聞かれるだろう。
そう考えて阿部は頭を抱えたくなった。

(・・・・・・・・言えっかよ・・・・・・)

かわいそうなアニメを見て、うっかり涙ぐんでましたなんて。

(かっこわりー・・・・・・・・・・・)

絶対本当のことは言えない  と決意しながらもさりとて他に上手い言い訳も思いつかない。
また悪いことに三橋は、一度頑固モードに入ると徹底して頑固なところがあったりする。

(あーもう・・・・・・・・・・)

どうすりゃいいんだと途方に暮れながらも。

それだけのことで飛んできてくれる、 という事実はやはり嬉しくて。 

(もうすぐあいつ、来るんだな・・・・・・・・・)

思ったらその様子が目に浮かんだ。
頬を真っ赤に染めて息を切らして心配そうな顔で三橋は
「阿部、くん」 と気遣わしげに自分を呼ぶのだろう。

想像したら、どうしようもなく顔が笑ってしまって

泣いてたって何のこと?

と思いっ切り白を切ってやろうか、 などと人の悪いことを考えながら
阿部はさらに頬を緩めたのだった。













                                              了 (NEXT

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