普通の会話を心がけてみる。






「サクランボでさ」

何やら美味しそうな単語が聞こえて、少し離れたところで
着替え終えようとしていた三橋は、ぴくりと、 反応した。

ばかりでなく思わず 「サクランボ?」 と口に出してしまった。
言ってから 「あ」 と慌てた。
自分などが途中から会話に割り込むなんで図々しい、 という
身に染み付いてしまった卑屈な考えが頭をもたげる。

でもそんな三橋に素早く気付いた栄口が、にっこりと笑って
話の内容を教えてやった。

「そうそう、サクランボの茎を口の中で結べるヤツってキスが上手いんだってよ?」
「・・・・・ふぅん」
「知ってた? 三橋」

知らなかった、  と三橋は思った。
次に  (なーんだ、サクランボがあるわけじゃないんだぁ) と
少々がっかりした。
それからハタと、 せっかく親切に会話に入れてくれたのに
そんなことを考えた自分に気付いてまた慌てた。

ちゃんと楽しい会話になるような上手いことを言わなければ、  と焦って、
そうだ!!  と思いついたことを口にした。




「じゃ、じゃあ、 阿部くん、は、 きっと 結べると、  思う!!!」




その瞬間部室の空気が  
びしぃい!!!  と

音を立てる勢いで凍りついたのは言うまでもない。










                                             了(NEXT

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                                                     普通の会話は難しい。