雪の夜に





昼間に高校時代の思い出に浸ってしまったのは、アルバムの整理をしたからだ。
部活と勉強に、懸命に努力して過ごした3年間は
その時は無我夢中で過ごしていたけど、
後から思い出すときらきらと宝石みたいに輝いている。 
卒業してからほんの数年しか経ってないけど、
多分一生の中でもかけがえのない時代になるんだろう。

思い出はクラスよりも部活のほうが多い。
頑張ったあれこれもさることながら、ともに練習し試合に臨み笑い合い、
時にはいっしょに泣いた仲間たちの顔はどれも懐かしい。
具体的な思い出は同期の連中が絡むものが一番多いけど。

強烈に印象に残っているのは先輩であるバッテリーの2人だ。
何故ってそれは2人ともに個性が強かったから、もあるだろうけど、
2人の秘められた関係を偶然知ってしまったせいかもしれない。
でもそれだけじゃない。
それがなくてもおそらく最も強く残っただろうと確信できるのは、
エースピッチャーの先輩だ。

目を閉じればいつでも鮮やかに思い出せる、気の弱そうな
そのくせ意志の強そうな茶色の瞳。

実際気が弱くて優しくて、でも努力家だった。
目立たないだけで、負けず嫌いでもあったと思う。
試合で発揮する粘り強さは誰にも負けなかった。
尊敬していたし、憧れていた。
一般的でない恋愛をしていると知った後もそれは変わらなかった。
早い時期にわかったことが逆に抵抗を薄くしたのかもしれない。

その人は、その相手である正捕手にしょっちゅう怒られては涙ぐんでいた。
性格は正反対で、噛み合わない会話を何度も耳にした。
先輩の栄口さんが何かとフォローするのもよく見た光景で、今思い出すと懐かしい。

そんなでも絆の強さは本物だと、高校生の頃の自分でも本能的にわかった。
入り込む余地も隙間もなかった。
正反対のようでいて、芯にどこか似たところもあったと思う。
入り込みたい、と真剣に願ったわけでもないけれど。

今思えばあれは、淡い恋だったのかもしれない。
早くに知ったせいで、育たなかっただけかもしれない。
知らなくても尊敬だけの対象で終わったかもしれないけど、今となってはわからない。

そんな感慨に浸りながら
もう思い出になったその人の笑顔の写真を眺めたばかりだったので。


その夜、デート帰りに彼女を送っていく途中で
まさにその小柄な姿を街角で見つけた時、最初目の錯覚かと思ってしまった。
赤の他人がそう見えただけかと。
車を運転中の、信号待ちをしていた時だった。

街中といっても繁華街から外れていたし、時間も遅かった。
真夜中でおまけに雪までちらついていたから、周囲は閑散としていた。
走っている車も自分のだけ、というくらい動く物のない状況のせいか
遠目にもその姿は目についた。

見直して、間違いじゃないと確信した。 本物の彼だった。
後姿だけでわかったのは、それだけ見慣れた背中だからだろう。
2人とも。

先輩は1人じゃなかった。 隣にいる人間が誰かも、すぐにわかった。
そのもう1人の先輩が丈の長いコートを着ているのが、
初めて見たせいか新鮮に感じたけど、だからといって見間違えるはずもない。
並んだ背中を、それこそ数え切れないくらい見たからだ。
まだいっしょにいるんだ、 というのがまず浮かんだことだったけど、
驚くと同時にどこかで当然のことのようにも感じた。

粉雪の舞う中、2人は傘を持たずに寄り添って歩いていた。
もう1人の先輩が、その人の髪に手をやって掻き回すのが見えた。
その仕草に、ふいに時間が戻ったような感覚に襲われた。 
奔流のように、あの輝いた日々が目の前に現れて瞬間眩暈がして、
今見えている2人も幻なのかと疑った。

強く目を瞑って開けばちゃんとまだいて、幻なんかじゃないとわかる。
2人は歩みを止めていた。

見ていると、もう1人の先輩が自分のコートの前を開けてゆっくりと、
小柄なその人を中に包み込んだ。
すっぽりと包んでから、愛おしそうに抱き締めるのを
瞬きするのも忘れて見つめた。 見惚れた。


夢みたいに綺麗な光景だった。


その周りだけ淡く柔らかな光を纏っているようにさえ、見えた。
包んだほうも包まれたほうもごく自然な動作だったけど。


遠目にもはっきりとわかる感情だってあるんだと、
そんなことをぼんやり思った。






「あら・・・・?」 という不審気な声で我に返った。 助手席にいる彼女だった。
「あそこにいる2人って両方男の人じゃなかった?」
と続いた声の調子が今度はやや興奮しているようなことに、
悪気はないと知りながらも少し腹が立って、黙っていた。
何故かなんてわからない。
2人がこのうえなく、綺麗に見えたからか 人柄を知っているからか。


あるいは、それぞれの想いの深さと真剣さを。





「あ、青よ?!」

促されて機械的にアクセルを踏んだ。
遠くに見えていた、今は1つのシルエットになった彼らが
すうっと近くなってからあっというまに遠ざかった。




煌くような高校時代の
その人の笑顔が残像のようにまた浮かんで、  そして消えた。


















                                              雪の夜に 了

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