オマケ (その後・叶くん視点)





1度は納得したけれど。

廉が熱で1人で寝てると想像したら。
やっぱり何だか心配で。
さっき廉の相棒のタレ目が忘れ物したとかで戻った時に、無理矢理にでも一緒に行けば良かった。
「気ぃ使わせるだけだから帰ったほうがいい」 とやけに強く主張されて
その時は、廉の性格を考えれば確かにそれも一理あると思ってしまったんだけど。
てことはつまり、あのタレ目の捕手は付いててやるなんてしそうもないし。
(相棒のくせに何て冷たいんだ!)
せめておばさんが帰ってくるまででも。

そう思ったオレは乗っていた電車を途中下車して、反対車線に乗り換えた。
たまにしか会えない大事な幼馴染みなんだから、できるだけのことをしてやりたかった。
まだ時間に余裕もあるし。

けど、戻ってチャイムを鳴らしても誰も出てこない。
眠っているのかな、 と思いながらもさらに心配がつのってきた。
一気に悪くなって起きれないくらいになっていたら。

「れーん」

2回ほど呼んでも出てこない。
携帯にかけてみようか。 でももし眠っていたら。
等々、しばらく迷っていたけど、ふと思いついてドアに手をかけたら開いた。
予想したとおり鍵をかけ忘れている。 
とにかく様子を見るだけでも、 と勝手に入った。
もう自分の部屋のベッドにいるかもしれない、と思いながらも一応その前に居間を覗いてみたら。

廉はまだそこにいた。
だけでなくタレ目もいた。 そのことに驚いた。

「あれ・・・・・・・? おまえ、いたのかよ」
「あー、まーな」
「ふーん」

あんなに1人にすることを強調していたのに。
それだけ廉の具合が悪くなったのかとまた心配になりながら、改めて当人を見ると。

廉はさっきと同じように炬燵に入っていて (タレ目もさっきと同じ位置に座っている)
少し俯けた顔はさっきよりさらに赤く火照っていた。
それだけじゃなく、汗がひどい。    何だか息まで荒いような。

予感が当たって、オレは焦った。

「大丈夫か? 廉?」
「う、うん。 平気・・・・・・・」

返す内容とは裏腹に全然平気そうに見えない。
目もさっきよりずっと潤んでいるし。
熱の具合を確かめようと、思わず傍に寄って手を伸ばした。
もう少しでその額に触れる、というところで。

ぱん!!

「・・・・・・え?」

一瞬何が起きたのか、よくわからなかった。
我に返って気付いたことはつまり。
横から伸びてきた別の手に手を払われた。  別の手の主はもちろんタレ目の捕手だ。
そうわかった途端にむっとした。

「何だよ!!」
「あ・・・・・・・・悪い、 つい」

つい?  とオレはもっとムカついた。
ついって何だよ全然理由になってないじゃんかよ!!!
ムキになってまた触れようとしたところで、今度は本人である廉が。
慌てたように自分の額を押さえてしまった。 だけでなく、
まるでオレの手から逃れるように僅かに体を引いた。 びっくりしてちょっと呆けた。

「あ、あの、 ・・・・・へ、平気、だから・・・・・・」

そこでオレは初めて 何だか変だ、 と気付いた。
何かが変だ、 でも何が? 
落ち着いて観察すると、2人の様子がどことなく不自然な気がする。
よく見ると廉だけじゃなく、タレ目も顔が少し上気している。 でもその表情は。

すげー険悪。

あからさまじゃないんだけど、滲み出る雰囲気に説明し難い邪悪なナニかを感じる。
ひしひしと。

「・・・・・・・??」

ケンカでもしていたのかと思ったけど、そういう類のものとも違うような。
それに邪悪な何かはどうもオレに対して発せられているような。
オレ、何かしたか?  と考えても思い当たるフシもない。
むしろ手をぶたれたのはオレのほうなのに。
わけがわからないけど、とにかく第六感で2人きりにしないほうがいいような気がしたんで、
そのままさっきと同じ位置にまた腰を落ち着けた。
2人は黙りこんだまま動かないし、何も言わない。
落ちた沈黙が居心地悪くて、廉に話しかけた。

「寝てなくていいのか?」
「あ、 うん・・・・・ダイジョブ・・・・・・」

蚊の鳴くような声で言いながら、でも実際確かに幾分普通になった気もする。
顔の赤味が取れてきたし、呼吸も平常だ。 少しホっとした。
同時にまた不審に思った。
ちらとタレ目の顔を盗み見たら、こっちもすでに普通の様子に見える、んだけど。

依然として醸し出すナニかが険悪。

オレは考え込んだ。  なにか、釈然としない 「ナニか」 を感じる。
不審なことを頭の中で羅列してみた。
突然様子のおかしくなった廉。
しきりに帰ることを強調したタレ目。 そのくせ
帰ったと思ったのに、まだ留まっていたこいつ。
赤い顔で息を切らしていた廉と仏頂面のタレ目。

その瞬間。

ある1つの可能性に思い至った。  もしかしたら。

このタレ目ヤロウ、廉に不埒な真似でもしようとしてたんじゃ。

そんなまさかと一度は打ち消した。 そんな突拍子もない。
でも、 とどこかで否定しきれないものを感じる。 
そんなに珍しいことでもないのかもしれない。
むしろ、ありそうな気がしてきた。  何しろ廉はカワイイ。  だけでなく、色白で華奢だし。
少しでもその気のあるヤツなら、むらむらしても不思議じゃない程度にはカワイイ。
このタレ目が実はその気のある人間だったら。

あるいはノーマルだけど節操がないということもあり得る。
そう考えると、この顔はいかにもそういう人種に見える。
だって  も  の  す  ご  く  スケベそう。
廉のかわいさにむらむらしてイケナイことを仕掛けていたら。

「モンダイだ・・・・・・」
「何が?」

うっかり口に出してつぶやいたら、モンダイの捕手に突っ込まれた。
思わず、きっと睨んでやったら睨み返された。 
ばち!!  と音がするかと思ったくらいの強い視線だった。  このヤロウ変態のくせに。
ここで引いてなるかとそのまま睨み合っていたら、部屋の温度が若干下がった気がした。

負けてたまるか。

意地になって目に力を込めたところで、横から弱々しい声が。

「あ、 あの、・・・・えっと・・・・・・・・・ふ、2人、 
とも・・・・・・・・・

言いかけて消えてしまった震える語尾に、廉が困っていることがありありと滲んでいた。
その途端。
ヤツの目の光が弱まって、続いてぷいと横を向いた。
意外な気がした。
負けん気の強いヤツに見えるけど、そうでもないのか?

「オレ、トイレ」

ぶっきらぼうに言うなりヤツは立ち上がって部屋から出て行った。
そこで 「あ」 とさっきの推測を思い出した。
推測が当たっていれば体がマズいことになってる、ハズだ。
慌てて、某所を観察しようとしたけど、
それに思い至った時はもう廊下に出て行く後姿しか捉えられなかった。 やけに素早かった。
素早く動ける、 という時点でもう違う可能性が高いけど でも。
単純に収まっただけかもしれない。
それに 今がチャンスだ、 と思った。
ヤツのいない隙に本人に聞いたほうがよっぽど早い。

「廉」
「へ?」
「あのさ、もしかしてさ」
「う、 ん?」
「あいつに何か変なことされたんじゃないのか?」

ずばっと単刀直入に聞いた。 廉は。
目を大きく見開いたかと思ったら、いきなり深く俯いてしまった。 続いて聞こえた小さな声は。

「ち、違う、よ」

でもオレは見てしまった。 その耳が見事に赤く染まっていくのを。 
怪しい、  と直感した。

「本当か・・・・・?」
「ほ、 んと」
「実はされてんのに、口止めされてんじゃないのか?」

ぷるぷると、すごい勢いで顔が左右に振られた。   一瞬の逡巡もなかった。
勘違いなのか? と思わず引いてしまうくらいのきっぱりした振り方だったけど。
やっぱり何か変な気がする。
だって真っ赤だし。   よく見ると手も震えている。
嘘なんじゃないだろうか。
あいつは陰険に見えるし、不埒な所業を口止めできる絶対確実な切り札を持っている。
だって廉にとってはあいつは相棒だから。
野球では一番大事な存在だ。 
どんなに理不尽な要求だって我慢して聞いてしまうかもしれないくらい大事な。
もちろんこれらは推測だし、違うかもしれない。 考え過ぎかもしれない。 

仮に当たっていても、廉はおそらくオレに真実を言うことはしないだろう。
それこそ卒業して、ヤツと関係ない立場にでもならない限り。

オレはそれ以上追求するのを諦めた。 
無駄だと、気付いたからだ。 でも。
廉はオレにとっても大事な友達なんだ。 幼馴染みなんだ。 
多分これからも一生付き合っていく。

「オレ今日、おばさんが帰ってくるまでいてやるから!」
「・・・・・・・・。」

俯いたまま黙っているけど、内心ではきっとホっとしている。
普段傍にいられないから守ってやれない自分が歯がゆいけど、でもせめて。

「あのさ、どうしてもつらかったらオレに言えよ?」
「・・・・え・・・・・・」
「オレがあいつにちゃんと話をつけてやるから!!!」
「へ」
「絶対おまえのこと、守ってやるから!!」
「・・・・・・・・。」

そこで廉は顔を上げてオレを見た。 何だか不思議な顔をしていた。
嬉しいのと困っているのと感激しているのが混ざっているような複雑な表情だった。
葛藤してるのかもしれない。 諦めていた気持ちに迷いが生じたのかも。
そうであってほしい、 と願いながらさらに念押しした。

「本当に、何かあったら遠慮しないでいつでも相談しろよ?!」
「・・・・・・・うん、・・・あり、がと・・・・・」

頷きながら小さく笑ったんで、ようやく安心した。
廉は見かけによらず強いからきっと大丈夫。
心底嫌なことには従わないでいられると信じている。

「・・・・ごめんね、 修ちゃん」
「え?」
「ごめ・・・・・・・・」
「謝んなよ! 友達だろ?!」

廉が謝ることなんて何もないんだから。
悪いのはあのタレ目なんだから。
つらい時は何でも言ってくれればいつだってオレは力になってやる。
とにかくとりあえず今できることは。

「今日はいっしょにいてやるからな!!」

力強く言ってやりながら、オレは廉に笑いかけた。












                                                   オマケ 了

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                                                   ドアの外で阿部が脱力している。