溶かし合う







くちゅ、    という水音が響く。


溶けていく最初の合図みたいに   それは聞こえる。
















SIDE M


本当にたまにだけど。
約束した日に疲れきっていて 「今日はダメ、かな」 ということがある。
学校にいるうちにそう言えばいいんだけど。
やっぱりいっしょにいたくて、ワガママだと思いながらも言えなくて。
結局家まで言えなくて、部屋で2人きりになってからびくびくしながらそう告げると。

「じゃあキスだけ」

阿部くんは言う。
頷くと、嬉しそうに顔を寄せてくる。

阿部くんの唇はいつも熱い。
表面に触れられるだけで びりっと電気が走るみたいな感覚がする。
とても気持ちいい。
何度もついばむように触れられて、うっとりしながら目を瞑っていると
濡れた舌先でそうっとなぞられる。
それから入ってくる。
丁寧に口の中を探られると全身が粟立って。
手が勝手に阿部くんの背中にしがみついてしまう。
生き物のように動く舌に全神経が集中する。

阿部くんの舌がオレの舌に誘うように絡み付いてくると、静かな部屋に水音が響く。
それがひどくいやらしく聞こえて恥ずかしい。
でも恥ずかしいより気持ちいいのほうがずっと大きくて。

もっと      と思う。

けど、体は意思に反して舌から逃れるように動いてしまう。 自分でも矛盾してると思う。
だって怖くなる。
あんまり気持ち良くてどうかなってしまいそうで。
意思とか理性とか根こそぎ持ってかれるような恐怖に襲われる。
何度もしているのに、この感覚にだけは慣れることができない。

でもいつのまにかオレの背中と後ろ頭には阿部くんの手があって、
しっかりと抱き込まれている。
だから逃げることなんてできない。
阿部くんの手が熱くて、体が熱くて、オレも熱くて
抱き合っているとどっちの熱かもわからなくなる。
深く深く触れ合っているところから全身に熱が広がって。
混じり合って   溶けていく   みたい。

絡め取られた舌を強く吸われる頃にはもう体中の力が抜けていて
抱き合うというより縋りついている。

似てる、 と思う。
キスしてるだけなのに、まるで全部を侵されているようだと。


それを 怖い、  と思う感覚も確かにあるのに。
唇が離れていくと途端に寂しくなる。  境界がはっきりしてしまうから。
離れていくそれを追うように自分からねだってしまう。
すぐにまた与えられると幸福で。

もっと    とまた思う。

境界なんか  なくなれば  いいのに。

望めばきっとそれも与えられると思うともう自制心なんてどこにもなくて。
疲れているはずなのにそれもどうでもよくて。

でも阿部くんはやっぱり離れてしまう。 オレがダメって言ったから。
目を開けて見れば、黒い目がオレを見つめている。
普段は絶対見られないその目には、オレが小さく映っていて
あぁ オレ、変な顔してるなとぼんやり思う。
深くて黒い目、 は何かに憑かれたみたいに光っている。
見られているだけで肌が粟立つ。

阿部くんはでもそこで、本当にやめようとしている。
それがわかるんだけど。

もっと溶けたい という欲望には勝てなくて。


「・・・・・・・やっぱり、  し  て・・・・・・・・・・」


掠れそうになる声を何とか搾り出すと、
オレを見つめる目が、あんまり嬉しそうに笑うので。

阿部くんは、 本当に  ずるい

と、 いつも思う・・・・・・・・・・・・・・・・・・





















SIDE A



三橋とすることなら何でも好きだけど。
一番好きなのは実はキスだったりする。

顔が変わるから。

顔だけでなく。
まるでスイッチが入ったみたいに三橋の全身に纏う空気が
オレが触れると一瞬で、変わる。
柔らかい表面を堪能して、 それから。
中を全部、歯の裏までも丁寧になぞってやると悩ましげな吐息が漏れる。
それだけで下半身がずんと重くなる。

欲望のままに 深く 挿し入れて、 掻き回す。

キスって似てる  と思う。

お互いにきっちりと服を着ているのに。
まるで犯しているみたいな気分になる。

唾液が立てる水音にも煽られる。
逃げようとする体を許さずにきつく抱き締めて、舌を絡め取って思うさま蹂躙すると
三橋の体がどんどん熱くなる。
力も抜けていって合間に漏れる鼻にかかった声も壮絶に色っぽくて。

溶かしているみたいだ。

オレの熱でどろどろに溶けていく三橋。

どこもかしこも熱くて2人して汗だらけになっていて
汗なんて普通は不快なはずなのに全然気にならない、どころか
お互いの境界が曖昧になるような感覚があって
もっと、 とますます熱が上がる。   凶暴な衝動に襲われる。

付き合うようになってからもう数え切れないくらい抱き合って。
いい加減慣れてもいいと思うんだけど、実際いろいろと慣れたけど
この快感とか衝動は未だに持て余す。  強過ぎておかしくなる。  頭が沸騰してくる。
貪ればその分 もっと と思う。  もっと、欲しい。  全部。
終わりの見えない底なしの欲望がむき出しになって、 自分でたじろぐ。

突き上げる衝動に流されそうになりながら、
でもどこかで一点強いブレーキがかかっていて、それが外れることはない。
自分では外さない。  外せない。
三橋がダメだって言ったから。
2人ですることなんだからオレの気持ちだけじゃ、無理だと知ってるから。
だから 今日はここまで、  と思いながら  
けどオレは間違いなく満足もしている。

三橋が溶けているのがわかるから。
同時にオレも溶けていく。
境界がはっきりしなくてキスだけでも1つになれるような感じがする。
今この瞬間だけだけど。
それでもういい、 と思う。


だから離す。
途端にまた触れたくなる。  1つになりたいと願う衝動にはキリがない。
そんなだから離した三橋の目が開かずに
その唇が尚もオレを求めてくると抑制なんかまるで効かない。
2人してケモノみたいに荒く息をつきながら
また求め合う。  お互いに与え合う。  やっぱり似てる。




ようやく少し落ち着いて三橋の顔をじっと見る。
うっすらと開いた目は、夢でも見ているようにぼぅっと焦点が曖昧で
濡れて光っている唇と上気した頬も相まってひどく色っぽい。

その唇が微かに震えたと思ったら
囁くような掠れた声が聞こえて。



ひとたまりもなく、オレはブレーキを外す。

こんなに自在に操られて、情けない気分がないと言えば嘘になるけど。

もっと溶け合える という幸福感の前には何もかもどうでもよくて。

オレは三橋には絶対敵わない、   とその度に思うんだ・・・・・・・・・・・・・



















                                                  溶かし合う 了

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