トイレのユーレイ





「足、開いて」

阿部くんが優しい声で、でもきっぱりとオレに言う。
オレは恥ずかしくて堪らない、けど。
でももう限界だから。  おそるおそる足を開いた。

「もっと大きく」

言われたとおりに、した。
阿部くんが満足げに笑ってオレの腰を抱えた。
熱くたぎっている塊りがあてがわれて、すぐに一気に貫かれた。

「あっ・・・・・・!!」

思わず声が漏れて、微かな痛みよりも圧倒的に強い快感で頭が白くなる。
無我夢中で手を伸ばして 与えられたその背にきつく、しがみついた。














************

(マズい)

覚めた瞬間思ったことはそれだった。
辺りは真っ暗で、オレの心臓はどくどくと速い。
夢、を見た。 阿部くんの夢。 抱かれる、夢。
達したと思った途端に目が覚めた。  多分、この暗さではまだ夜中だ。
これが普段ならそれほど問題はない。
しょっちゅうじゃないけど、たまにはあることだし。 マズいのは。

(合宿、なのに・・・・・・・・・・)

少し落ち着いてくるとそこかしこから皆の寝息や鼾が聞こえる。
オレの下半身は妙にすっきりしていて、でもキモチ悪くて、つまり。

(出ちゃった・・・・・・・・・・)
(どうしよう・・・・・・・・・・・)

このまままた寝る、には気持ち悪すぎるし。
それに下着を取り替えないわけにはいかない。
朝は多分時間がないから今、しかないけど。
この場では、できない。 もし誰かに見られたら。 トイレに行くしか。

まだよく回らない頭でそこまで考えたところで、唐突に昼間田島くんから聞いた言葉が蘇った。

『ここのトイレって出るらしいぜぇ』

(あぁ田島くん、そんなこと聞きたくなかった よ・・・・・・・・・)

こんな真っ暗なのに。
1人でトイレに行ってパンツを履き替えなきゃならないなんて。
今回の合宿所のトイレは長い廊下の突き当たりにある。
学校のトイレみたいな感じで広いけど、遠い。
昼間は何てことないけど、夜中に行くのは躊躇するような距離だ。
でもこの場合問題なのは距離じゃなくて。

『ここのトイレって・・・・・』

田島くんの声が頭の中でリフレインする。
何であんな夢見たんだろう、 と情けない気持ちになって、でも自分でもわかってる。
合宿前にちゃんと出しておかなくて。
だって平気だって思ったんだ。
けど当たり前だけどずっと阿部くんといっしょで、お風呂とかもいっしょで。
阿部くんの体見てどきどきしたりして。
寝るときも阿部くんは必ず隣に来たから(今も)、それだけでまた何だかどきどきして。  
自分で思っている以上に。

(た、溜まってた、んだ・・・・・・・・)
(オレの、 バカ・・・・・・・・・・)

なんて悶々と自己嫌悪に陥っていてもどうにもならないので、
オレは意を決して起き上がった。 行くしかない。
音を立てないように気をつけながら、自分の荷物から替えの下着を取り出した。
それを抱えてそーっと部屋を出た。 廊下も真っ暗。

(うぅ・・・・・・。  怖い、よぅ・・・・・・・)

早く行ってさっさと替えちゃおう、 とそれだけ考えながら
足音を忍ばせつつ、急いでトイレまで歩いた。 
おそるおそる中に入ったら窓からの月明かりで思ったよりは明るい、けど怖い。
早く電気を付けようとスイッチに手を伸ばした時。

「三橋」
「う、わぁ!!!」
「しぃ!!!」

びっくりしてオレは文字通り (本当にびょんっと) 飛び上がった。
でもすぐにホっと安堵した。

「阿部、くん」

いつのまにか阿部くんがオレに続いてトイレに入ってきていた。
びっくりし過ぎて心臓が早鐘を打っているけど、阿部くんがいれば怖くない。
恥ずかしいけど。  正直に言って、待っててもらおう。
でも阿部くんの次の言葉を聞いて少し焦った。

「電気は付けんな」
「・・・・・へ??」
「おまえさ、ヤらしい夢見てただろ。」

心臓が跳ねた。

「夢にオレ、出てきた?」
「・・・・な、何で・・・・・・・」

言う前にバレているんだろう。
と、慌てていると後ろから阿部くんの手が素早く伸びてきて、ズボンの中に入ってきた。

「あ、阿部くん!!」

手は下着の上から股間のあたりをすうとなぞった。

「・・・・あ・・・・・・・!」
「やっぱな。」
「あ・・・・阿部く・・・・・・・・」
「おまえ、寝ながら変な声出してた。」
「え・・・・・・」

そんな・・・・・、 と青くなったオレに阿部くんは小さく笑った。

「そんでオレ、目ぇ覚めちゃった」
「ご、ごめん・・・・・・・」
「いいけどさ」
「ふ ぁっ」

妙な声が出たのは、阿部くんの手がまだそのままで。
ばかりかオレの中心を柔らかく揉んだからだ。

「でもオレさ、勃っちゃった」
「えっ・・・・・・・・・・」

阿部くんは手を抜いてくれたけど、オレはイヤな予感がした。
それはソッコーで当たった。

「させて」
「え!!」
「したい」
「・・・・こ、ここで・・・・・・・?」
「うん」
「だ、誰か来たら・・・・・・・」
「夜中だし、平気だよ」
「・・・・・・・でも」
「遠いし、大きな声出さないようにすれば」
「・・・・・・・・・・・・。」
「それにおまえだって、もう1回くらい抜いといたほうがいいんじゃねぇ?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「あんな声、誰かに聞かれたらヤバいぜ?」

(そ、そんな声、 出してた、んだ・・・・・・・・)

半分パニックになりながらも迷い始める、優柔不断なオレ。
阿部くんの言うとおり、念のため出したほうがいいのかもしれない。 でも。

ぐるぐると決心できないでいると阿部くんに腕を掴まれた。
その時点で無意識に諦めの心境になったのは、決して投げやりな理由なんかじゃなくて。
強引に一番奥の個室に押し込まれながら、どこかで喜んでいる自分も確かにいる。
後ろ手に鍵を閉めた阿部くんは簡潔に言った。

「便器のフタ閉めて、手ぇ付いて」

有無をも言わさぬ声。 低い声。
阿部くんのこの声に、オレは弱い。
オレはもう考えることをやめて言われたとおりにした。
すぐに下着とズボンをまとめて膝まで下ろされた。
恥ずかしい、と感じる暇もなく阿部くんの手が前に回ってきてオレの中心を掴んだ。

「あぁっ・・・・・・・」

それだけで、快感で涙が滲む。
ここ数日どんなに我慢していたのか、思い知らされた。
阿部くんの手、はいつもオレから理性を全部奪っていく。 大好きなその手。

阿部くんの右手が忙しなく動いて、さっき達したばかりのはずなのに
もう硬く勃ち上がって来る。   あさましい、 とイヤになるけどどうしようもない。
同時に後ろにも指が入ってきた。

「・・・・・すげぇ、もう濡れてる・・・・・・・・・」
「あ、   は ・・・・・・」

気持ち良くて涙が溢れた。

「あ、 あ、・・・・・・・・・」

理性とは裏腹に声も抑えられない。  手を休めずに阿部くんは囁いた。

「おまえさ」
「・・・・・・ん・・・・・・・」
「来る前に家でちゃんと出さなかったのか?」
「うん・・・・・・・・・ぁ・・・・・」
「オレのこと、欲しかった?」
「・・・・・・・・」
「言ってよ、三橋」
「・・・・・欲し、 かった・・・・・・・・・・」
「オレも、だよ」

阿部くんの息も上がってる、ことがわかってワケもなく安心する。

「風呂が拷問だよな」
(うん、オレもそう、思う・・・・・・)

返事が心の中だけになったのは、もう普通にしゃべる自信がなかったから。

「いれるぜ?」

声とともに熱い感触が当たった。 さっきの夢がフラッシュバックする。
まだ、夢の続きを見ているみたい。
ぐっ  と押し入ってくる。   夢よりはるかに熱くて、確かなその質量。
いつものように最初の圧迫感をやり過ごすと、すぐに強烈な快感が襲ってきた。

「ん・・・・・あ、 ぁ・・・・・・・・・」

我慢してても声が漏れ出る。 快感が大き過ぎて理性が薄れていく。
なにもかもどうでもよくなる。

「三橋・・・・・・・・」

阿部くんの熱い息が耳にかかって気持ちがいい。
ゆるゆると動かれて、そこから得られる感覚に集中したくて目を瞑った その時。
ふいに感情が溢れた。 
その強さに、自分でもびっくりした。
体中を駆け巡って、意思とは関係なくそれは渦巻いて、膨らんで、溢れていく。



阿部くんが  大好き  だ。
言葉じゃ、 表せない  くらい。



「・・・・・・・・・・・・き」
「え?」
「だい、すき・・・・・・・・・・・」

口が勝手につぶやいていた。

一瞬動きが止まって、それからいきなり激しく突き上げられた。
揺さぶられながら、かろうじて残った理性でここがどこだか思い出した。

「うっ・・・・・・・・・・」

必死で声を我慢したら代わりに嗚咽が漏れた。
夢と同じようにあっというまに達してしまって。   次の瞬間阿部くんがすっと出て行った。
え?  と寂しさを感じた途端にお尻に熱い飛沫が当たるのがわかった。

「わり・・・・・・・・・」

吐息まじりの声が聞こえて、
中に出さないようにしてくれたんだな  と朦朧とした頭でぼんやり思った。
呆けているうちに阿部くんがお尻や足を拭いてくれる気配があって、
それからぐいっと前を向かされた。
オレはもう立っているのがやっとでされるがまま、だ。
そのまま強く抱き締められて口を塞がれた。   優しい、柔らかいキス。

(あぁ、嬉しいな・・・・・・・・・)

阿部くんのキス、が大好きだから。

「オレも」
「・・・え・・・・・・・・?」
「好き、だよ」

あ、さっきの返事・・・・・・・  と気付いた。
オレは何だか夢心地のまま阿部くんの熱い体にきゅうっとしがみついた。










○○○○○○

翌朝目が覚めてしばらくぼーっとしていた。
全部、夢だったような気がする。 けど。
隣を見たら阿部くんが目を開けていて、心配そうな顔でオレを見ていた。
それから 「大丈夫か? 三橋」 と小さな声で聞いてきた。

(夢じゃなかったんだ・・・・・・・・・・)

腰のあたりに意識を向けてみると別に何でもない。
微かにダルいような気もするけど、でも練習に支障が出るほどじゃない。

「大丈夫」

小声で返したら阿部くんはホっとした顔になった。






その日の練習の合間の休憩時間に、少し離れたところにいる沖くんが言うのが聞こえた。

「トイレに出るって本当かも」
「えぇ? マジ?」

返したのは水谷くんだ。    
こっそりと聞き耳を立てながら思った。
じゃあゆうべ阿部くんが来てくれて本当に良かった。
1人でユーレイなんか見たら、オレ気絶しちゃうかも。
阿部くんのおかげでユーレイどころじゃなくなったもん、ね。

なんて密かに胸を撫で下ろしていたら。
続いて聞こえた沖くんの言葉にオレは固まった。

「ゆうべ夜中にトイレに行ったらさ」

(え・・・・・・・・・)

何時頃だろう、 と冷や汗が出た。

「廊下のドア開けようとしたら中から音がしたんだ」
「誰か入ってたんじゃないの?」
「オレもそう思ったんだけど、少しだけ開けてみたら中真っ暗で」
「えー?」
「なのに何か変な声が聞こえて」
「マジ? どんな?!」
「すすり泣きみたいな」
「げぇ」
「あと何か、ぴちゃって濡れたみたいな妙な音とか」
「ぶっきみ〜・・・・・・・・」
「オレ怖くなってさ」
「そりゃそうだよな・・・・・・・・」
「結局中に入れなくて我慢しちゃった・・・・・・・・」
「マジかよー。 オレも夜中にトイレ行けないじゃんよー」

(・・・・・・・・・・・。)

オレは俯いたまま、顔を上げられない。 顔が燃えるように熱い。
その時誰かが隣に座った。  見なくても、気配で阿部くんだとわかった。
ますます顔が火照って身動きができないオレの耳元で阿部くんはひそひそと囁いた。

「入ってこなくて、良かったな」
「・・・・・・・・・・・。」

無言のまま頷いた。 
でも阿部くんの声がごく平静だったんで、ちょっと落ち着いた。
それから改めてふと思ったことがあって。
顔を見たら、阿部くんはびっくりするくらい優しい目でオレを見ていたんで嬉しくなって、
思ったことをそのまま口に出して言ってみた。

「で、でも、オレらも」
「は?」
「ホンモノのユーレイ見なくて、よ、かった、 よね?」
「は? なにそれ?」
「あ、昨日、田島くんが・・・・・・・」
「あー、それ嘘」
「へ?」
「オレが流した嘘」

オレはぱかりと口を開けた。 
そのまま閉じるのも忘れて、まじまじと阿部くんの顔を見つめてしまった。
黒い目がにんまりと、 楽しそうに笑った。 


「ああいうこともあるかと思ってさ!」

















                                               トイレのユーレイ 了

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