全て包み込むような





風呂から戻ってきた三橋を阿部は無言でベッドに突き倒した。
驚いた表情の後に一瞬だけ逃げるような仕草を見せたように思えて
それで余計に頭に血が昇った。
乱暴に邪魔な布地をむしり取る。 手荒になった自覚はあったし、
三橋が怯えた顔になったのが目の端に映っても、手は止まらない。

今日はヤバい、と自分でわかり過ぎるくらいにわかっていた。
だから本当は昼間のうちに約束を延期するべきだった。
そうしなかったのは耐えられなかったからだ。 安心したかった。

わざと恥ずかしい恰好にさせる。 嫌がるだろうと思っていた。
柔らかい肉を鷲づかみにして、真中に舌を這わせる。 
これも確実に嫌がると知っていながら阿部はそうした。

「や・・・・・ヤダ・・・・・やめて・・・・・・・・!!!」

涙混じりの拒絶に逆に煽られて掴んでいる手に力を込めた。
強張っていた体が手の中で力をなくしても緩めてやれない。
わざと舌の動きを増して水音を立てる。
もっと嫌がるだろうと重々知りながら、指で押し広げてじっくり見ると白い背中が細かく震えた。
自分でそうさせたのに顔が見えないのは物足りないし、不安になる。
声を出させたくて、今度は中まで無理矢理舌を侵入させる。

「あ・・・・あぁ・・・・・・・・」

喘ぐ声はいつだって下半身を直撃する。
すぐにも突き入れたい衝動を努力して抑えて指を差し入れたのは、
感情に任せて傷を付けるのだけは嫌だったからだ。 それくらいの理性は残っていた。
いつもよりも性急に、でも念入りに解してやる。

余裕など最初からほとんどない。
それをごまかそうとしたら意地悪な言葉がついて出た。
どうかしている、と掠めながら身の内に吹き荒れている嵐が消えない。
全部自覚している。
嵐の理由も正体も全てわかっているのに、阿部は止まれないのだ。

深々と貫いてから今さら心配になった。

「気持ちいい?」

きっともう大丈夫、とわかりながら確認したのは安心したいからだ。
つらい思いをさせたいわけじゃない。
むしろ正気を失うくらいの快感に溺れさせたい。 
自分から離れられないように。 他の誰も見ないように。

重ねて問い質してようやく返って来た言葉に安堵したせいで
ぎりぎりで保っていた自制が切れた。
めちゃめちゃに突き上げて、三橋のみならず自分も早々に達してから息をついた。
いつもならそれで気が済むところだ。 意地悪だった自覚もある。

けれどその夜はダメだった。 まだ足りない。
せめて少しは休ませてやらないと、と頭では思うのに手は逆のことをした。
途端に自身を包んでいる部分がうねるように反応したことで、またダメになった。 
弾け飛ぶ理性を戻す努力すらせず、逃れようとする細い腰をきつく、掴み直した。

狂ったように突きまくって無理をさせて、ついに三橋が気を失っても阿部の頭は冷えない。
怖いと、思った。 怖いのは自分だ。
普通じゃないとわかるのに、上滑りな理性は圧倒的な感情に呑み込まれる。
どうすることも阿部にはできない。
激情が消えないうちに三橋が気が付いたのもまずかった。

目が開くやいなや圧し掛かって押さえ付けて、唇を奪う。
口内を思うさま味わいながら手で再び中心を掴んだ。
手の中のそれが簡単に質量を増したことにホッとしながらも、気持ちは安らがない。 
残酷な衝動が止まらない。

露な白い喉を見下ろしながら阿部は何度も突き入れる。
最奥まで押し込んだまま揺さぶると、三橋の目から新しい涙が溢れ出た。
顔も漏れる声もつらそうで胸が痛むのに、離してやれない。 
まだ足りない。 まだ、全然足りない。
助けて、という悲鳴が聞こえた気がした。

(オレのもんだ・・・・・・)
 
誰にも渡してたまるもんか、と祈るように念じる。
どうすれば、完全に自分のにできるんだろう。

熱を確かめてる真っ最中に虚しい疑問が浮かぶ。 
繰り返し浮かぶのは答がないからだ。
当たり前のことが叫びだしたいほどに苦しい。
聞こえた悲鳴は自分の中からのもので、三橋じゃない。

絶え間なく上がる意味のない声に時折懇願が混じるのを耳にしながら、
阿部は無視し続けた。  自分にしか見られない顔、姿、自分しか聞けない声を
目で耳で全身で確認する。  何度も何度も。
罪悪感を覚えるのも本当なのに悦んでいる自分も確かにいる。 矛盾している。
浮かんだ言い訳の身勝手さに吐き気すら覚えたその時。

見下ろしていた三橋の目が、 ほとんどずっと閉ざされて窺えずにいた目が
突然開いて阿部を映した。 ぎくりとした。
決して長い時間ではなかったのに、吸い込まれそうな錯覚を覚えて動悸が激しくなった。
固まっているうちに閉じられたけれど、その色は阿部の脳裏に鮮やかに残った。

恐れていたような怯えも嫌悪も迷いもなかったことに、まず阿部は驚いた。
涙を零しているのに、凪いで見えたのは願望だろうか。
それだけじゃなくて、何かが見えた。 
同情か、と刹那思ってから違うと気付いた。 そんな薄っぺらなものじゃない。
正体を見極めようと頭の中を懸命に探す。
 
ふいにかちりと当てはまる感覚がして、嘘のように嵐が静まった。 跡形もなく。


どうしてそんな目ができるんだ。
ひどいことをされているのに。


浮かんだ問いかけを呑み下した。 

ようやく離してやることができたものの、次に襲ってくるのは自己嫌悪だ。
激情に負けた代償はいつもちゃんとやってくる。

「・・・・・・ごめんな」

こういうことは初めてじゃない。
だから後から陥る荒涼とした気分も最初からわかっていた。
わかりながら繰り返す学習能力のなさにも、阿部はうんざりする。
今日は三橋の意識があることで、謝れただけでもマシかもしれない。
謝ったところで、してしまったことは消えない。 時間は戻せない。
好きなのに。 
誰よりも大事にしたいと思うのに、やってることときたら逆のことばかりだ。

密かに阿部が落ち込んでいると三橋が強く抱き締めてくれた。
こっそり、のつもりでもバレバレなんだろうと気付いて自己嫌悪が増した。
でもそれ以上に救われる。 腕の温かさに泣きそうになる。
また浮かんだ ごめん、は言えなくて、御礼を言うのもそぐわない気がして
黙って抱き締め返すくらいしか阿部にはできない。  何で、と思う。

何でそんなに優しくしてくれるんだ。
オレの悲鳴が、おまえに聞こえているはずもないのに。

それとも、と夢想してから内心で自嘲したところで三橋が言った。

「オレ、  阿部くんのものだよ・・・・・・・・・・」

その瞬間 阿部はふいに悟った。

本当はとっくにわかっていたことがその時はっきりと、言葉になった。
それを伝えたいと思った。 

きっと三橋は具体的な何かをわかって言ったわけじゃないのだろう。 それでも。
体といっしょに心まで包んでくれた三橋に、せめて言葉で言いたかった。 
感傷的で自己満足に過ぎないかもしれないけど、精一杯の想いを込めて。

「でも三橋、オレのほうがもっとずっとおまえのもんなんだぜ。」

言ってから改めて三橋を見た。 
驚いているような三橋に努力して笑いかけると、その顔が僅かに変わった。
そして阿部はまた打たれる。


どうしておまえは、 そんな目ができるんだ。


阿部にはわからない。
聞いてもおそらく本人にもわからない。 自覚すらしてないだろう。
けれど確かに、阿部の中にどろりと淀んでいた何かが1つ  
すうと溶けるように消えていった。
それは小さなものだったし、またすぐに出てくるかもしれない。
でもその度に三橋は消してくれるのかもしれない。

敵わない と思う。  いつもそう思う。

ゆだねるのは楽だ。
温もりを確かめながら目を閉じて、安心感に包まれるのは心地良い。 
たとえ今だけでも 今だけは三橋のくれた穏やかで幸福なそれに浸る。

浸りながら 「でも」 と、阿部は心底で考えた。
弱い自分を認めても消えないものだってある。 
それは矜持だけではなく、失いたくないからだ。  阿部が見据えているのは未来だ。 
目蓋に浮かぶ三橋の目、その色を心に刻みつけた。 
忘れたくても、一生覚えているだろうそれを自戒を込めて。


どれだけ時間がかかっても
いつか返せる男になると心に誓うのは、きっと無駄なことではない。

















                                          全て包み込むような 了

                                            SS-B面TOPへ