失恋  Mサイド





田島くんがそれを言ったとき、オレは全然実行する気はなかった。  だって。
阿部くんがオレのこと好きなんて思えない、し。
そう言ったところで 「良かったな」 とか言われてきっと終わりだ。
それにそれ以前にオレ、上手く嘘つく自信なんてない。
あっさり見破られて 「嘘つけ」 で終わるような気もするし。


だからその時、ふと 「言ってみようかな」 と思ったのは
本当に軽い気持ちだった。
多少は反応が知りたいという気があったのは確かだけど。
元々期待もしてないから、どんな反応でも落ち込むこともないし。

だから阿部くんが 「良かったじゃん」 と言ったとき
あぁやっぱりなと思って少しだけがっかりして、でも
わかっていたことだし、と気を取り直してさっさとこの話題を終わりにしようと思った。
やっぱり「嘘をつく」ことに抵抗があったからだ。

なのに。

阿部くんは終わりにしなかった、ばかりか
オレに 「教えてやろうか?」 と言った。
オレはどきどきした。

阿部くんと、 キス、できる・・・・・・・・・・

どんな形でもいいからしたかった。 ずっと夢見てきたことだったから。
初めてだから緊張したけど。

すごく、幸せだった。

舌が入ってきた時はびっくりして無意識に逃げようとしてしまったけど、
すぐに気持ちよくて夢中になった。
勝手に変な声が出て恥ずかしいと思ったけどそれもどうでもよくなるくらい。

その後背中に手が入ってきて しかも押し倒されて胸を触られた時も驚いたけど、
それに恥ずかしかったけど、
嬉しい、という気持ちのほうが大きかった。
だから逃げようなんて思いもしなかった。
もっと、触れてほしかったから、阿部くんが 「もっと教えてほしい?」 と
聞いてきた時も全然迷わなかった。

けど。

恥ずかしいのとか快感とかで涙が止まらなくなった時に
聞こえた阿部くんの声は少し怒っているような感じがした。

「もう遅いよ、三橋」

誤解されてる、と思った。
オレ、嫌で泣いてるんじゃない、のに。
でも言えない。 息が上がってしゃべることなんてできない。

同時に、阿部くんは一体どういうつもりで、という疑問が湧いた。
でもそれも後で考えよう、と思った。
あまり頭が回らないのもあったし、阿部くんの手とか、指とか、いろいろ
ちゃんと覚えておきたかったから。

阿部くんが入ってきたとき、あまりの痛さに悲鳴が出た。
痛くて新しい涙がたくさん出た。

それでも

オレは嬉しかった。


痛みで朦朧とする頭で 「阿部くんが、気持ちいいと、いいな」 とだけ思った。

だから後で阿部くんが手でしてくれた時のほうが、むしろ恥ずかしくて嫌だった。
オレはいいのに・・・・・・・・・・

阿部くんは聞いてくれなかった、けど。






服を着てから阿部くんの顔を見た。

阿部くんは少し俯いて真っ青な顔をしていた。

甘い雰囲気なんてどこにもなかった。

後悔してるんだ、   とわかった。

いいのに。 オレ、嬉しかったし。
オレのためにそんな顔しないで・・・・・・・・・・

と言いたくて、でも上手く言えるかなぁと思いながら口を開いたところで
「もう帰れ」 と言われた。 きつい口調だった。

こっちを見てくれないかな、と思って、少しだけ待っていた。
見てくれたところで何て言っていいか、よくわからなかったけど。

阿部くんは見てくれなかった。
何か言えるような雰囲気でもなかったから、諦めて黙ったまま帰るしかなかった。

体中が痛かったけど歩けた、ことにホっとした。
阿部くんの表情が悲壮だったのだけが気になった。






帰ってからいろいろ考えた。

阿部くんはきっと、後悔、してるんだ・・・・・・・

オレを傷つけたとか思ってるのかな・・・・・・
それか。
男と、しかもよりによってオレなんかとしちゃって落ち込んでたりして・・・・・・・・・

でも。

とオレは最後に考えた。
阿部くんもオレのこと、少しはそういう意味で想って、くれていたら。


あり得ない、とすぐに打ち消したけど淡い期待が残った。
消しても消してもほんの少しの期待は消えなかった。

・・・・・・・聞きたい、な・・・・・・・・

聞けないだろうな、と思いつつ、
会話の流れによっては頑張って、聞こうかな、なんて
オレらしくないことを考えた。
オレはその時やっぱり少し普通じゃなかったのかもしれない。
そんな都合よくいくわけないんだ。


ということを翌日オレはすぐに思い知った。

阿部くんは、オレと目を合わせてくれなくなってしまった。






○○○○○○

阿部くんの様子がおかしいのは、多分あの日のことが原因なんだと思う。
以前みたいに接してくれない。
必要なこと以外話してくれない。
練習の時は話してくれるし、目も見てくれる。
けどまさか練習中になんて聞けないし。

オレに対して後ろめたさとか感じてるんだったら、
そんなもの感じなくていいのに、と言いたい。  でも言えない。
勇気もないけど、まず機会がない。
阿部くんがオレを明らかに避けているから。

そんなでもまだオレは淡い期待を捨て切れないでいた。

オレ、バカだな・・・・・・・・・・







そんな日々がしばらく続いてオレはだんだん苦しくなってきた。
阿部くんとの間にできた気まずい空気が全然消えないからだ。

オレのことちゃんと見てくれないし。

寂しい。

寂しくてどうかなりそう。

もう。 忘れてくれていいのに。
オレは忘れないけど。
阿部くんは、あんなこと、なかったことにしていいんだよ・・・・・・・・

それとも、なにか全く違う理由で嫌われたのかもしれない。
という恐ろしい可能性まで考えた。

悶々としているうちに投球にまで響いてきた。
まずい、と思ったけどちゃんとしようと焦れば焦るほど上手く投げられない。

だから阿部くんから 「話がある」 と言われたときは
やっぱり、と思った。
阿部くんにバレてないわけがない。

でも、これで楽になれる。
阿部くんの話はきっとあの事だから。
どんな形でもいいから、とにかくこれで終わりにできる。

そう思いながら、その段階でもオレはまだ淡い期待を持ち続けていた。







○○○○○○

だから手が震えた。
気がついて頑張って抑えた。

『オレ、おまえに変な気持ち、持ってねぇし』

ついさっき聞こえた言葉が頭の中でぐるぐる回っている。
わかってるよ、と思った。
なのに胸が ぎり と痛んで、自分でびっくりした。
気付いたら手が震えてた。
目の奥が熱くなって、自分で思っていたより期待していたんだなぁと
ぼんやり思った。
目の中の熱いのが外に出ないように必死で堪えた。

それに。

阿部くんはやっぱり罪悪感で苦しんでいたんだ、とわかったから。

怒ってない、て言いたかった。 本当に全然、怒ってなんかいない。

顔は上げられなかったけど、ちゃんと言えてホっとした。

でもオレ、忘れない、よ・・・・・・・
忘れて欲しいって、すごくわかるけど。
阿部くんは早く忘れたいんだろうし。
だから 「忘れる」 と言った。
言えてまたホっとした。  けど同時に、

ごめんね、阿部くん。   とも思った。

オレは忘れない。
阿部くんは忘れていいよ・・・・・・・・・・
オレも忘れたふり、するから。

「彼女と上手くいくといいな」

言われて一瞬 「え?」 と思った。
あ、そうか。 オレそう言ったんだっけ。
忘れてた。
実は嘘だよ、 なんて言うと阿部くんがまた余計な罪悪感を感じるかも、と思って
訂正するのはやめた。
頑張って笑ったら、久し振りに阿部くんがオレを見て笑ってくれた。



元に戻っただけだし、とオレは思った。
思ってから 以前と違うこともあるか、と気付いた。

阿部くんの気持ちがわかった。

でも最初からオレ、わかっていたから。
やっぱり元に戻っただけ   だよね・・・・・・・・・・・

だからオレは平気だよ・・・・・・・・・・・・・







○○○○○○

のはずだったんだけど。

その後オレは少し食欲がなくなった。
阿部くんの顔を見ると悲しい気分になった。
田島くんが心配してくれていろいろ聞いてきたけど、本当のことは言えなかった。
だって言ったらきっと田島くんは気にするもん。
でも田島くんや泉くんと話していても上手く笑えなくて、
昼休みは屋上でひとりでぼーっとすることにした。
そのほうが楽だから。

それでオレはわかった。

オレは、きっとどこかでずっと期待していたんだ。
両思いになれる日が来るかもしれないって。
諦めているようなフリしてどこかでずーっとそう思っていたんだ。

今頃わかるなんて、オレはなんてバカなんだろう・・・・・・・・・

失恋が確定しても、やっぱりオレは阿部くんが好きで。
きっといつまでも好きなんだろうな。
それとも。
いつか好きじゃなくなる日がくるのかな・・・・・・・



来ないだろうな、  という気がした。







○○○○○○

その日の昼休みも屋上でぼーっと青い空を眺めていたら、扉の開く音がした。
誰か来るなんて珍しい。
何も考えずにそっちを見た。

びっくりした。

開けたのは阿部くんだった。
びっくりしているオレのそばに阿部くんはあっというまにやってきて正面に座った。

「ごめん」
「へ?」
「オレ嘘ついた」

嘘?   てなにが?

というか何で阿部くんここにいるの?

オレはワケがわからない。



「おまえが好きなんだ」

え?

「だから抱いたんだ」

え?





オレは何が起こっているのかまるでわからない。























気がついたら涙が全然止まらなくなってて
誰かの指がオレの頬をしきりに拭っている。



「三橋」



聞こえた声は確かに阿部くんのものだった。











○○○○○○

ようやく涙が止まって阿部くんの顔を見た。
きっとオレ今、すごいみっともない顔してるんだろうなぁと思ったけど
別にいいやとも思った。
なんか、ものをちゃんと考えることがあんまりできない。
アタマの中に霞がかかっているみたい。

「ひどいことしてごめんな」

と阿部くんは言った。

ひどいこと?

オレはまたよくわからない。
けど多分こないだのことだ  とぼんやり考えた。

「やり直しさせて」
「へ・・・・・・」
「できればアレは忘れて」


嫌だ、  て思った。   だって。

「忘れたく、ない・・・・・・・」
「え・・・・・・」

阿部くんは困った顔になった。
でもオレ、 忘れたく ない。   だって。



「オレ、 幸せだった、 もん」



阿部くんの顔が変な感じに歪んだ、

ような気がした。


と思ったら俯いてしまった。
顔が見えなくなっちゃった・・・・・・・・・・・



「三橋」

なに・・・・・・・・?




「すげぇ好き」






こんなに幸せでいいのかな




とオレは思った。
















                                           失恋 Mサイド  了

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