オマケ
三橋廉の母親は耳を疑った。 鸚鵡返しに、今聞いたばかりのその単語をつぶやいた。 「ぎっくり腰・・・・・・?」 「そうです!!」 やけに力強く返したのは日頃息子がさんざん世話になっている (らしい) 息子のチームメイトである阿部隆也だ。 息子の話に頻々と登場するその少年を、 三橋の母はしっかりしていると気に入っているし、ひそかに感謝もしている。 野球のみならず、勉強面その他でよく面倒を見てくれているようだし、 家にもちょくちょく遊びに行っている。 泊まりで招かれることも少なくない。 そして今はあろうことか、同学年である自分の息子を背中におぶって食堂に下りてきた。 おそらくこれ以上の友人はいないだろう、というくらいの献身ぶりだ。 と、感激しながらも母親は驚きのあまりぽかんとしてしまった。 息子が自分で歩かずに友人の背を借りている姿も それで納得できることではあるが、それにしても。 「ぎっくり腰って・・・・・・・・・」 普通はもっと年配の人間がなるもんじゃ、 という言葉を続ける前に 阿部隆也はさえぎるようにとうとうと語りだした。 「ぎっくり腰とはそれ自体が病名ではなくて現象を差す言葉で 年齢に関係なくくしゃみとか不自然な姿勢で動作をした時とか急激に体勢を変えた時などに うっかり起こり得る状態なので、廉くんが不幸にしてそうなったのも たまたまというか別におかしくないというか誰でも明日は我が身であって だから要するに、仕方のないことなんです!」 妙に詳しく熱弁をふるいながらも阿部は、母親の見ている前で息子をそうっと床に降ろし、 次に今度は両腕に抱え直してからまるで壊れ物でも扱うかのように慎重に 椅子に座らせてやった。 さらに食べやすいように椅子の位置の調整までするに及んで、 三橋の母は感謝を通り越して激しく感動した。 なんていいコなんでしょう!!! 2人のためにいそいそとご飯をよそってあげながら、感動のあまり 思わず素直な心情が口から漏れ出た。 意識せず、しみじみとした口調になった。 「阿部くん、いつもうちの廉に本当に有難うね・・・・・・・・」 「えっ」 阿部は心持ち頬を赤らめた。 まあ照れちゃってかわいいこと、 などとますます好ましく感じながら尚も続ける。 「いつまでも廉の友達でいてあげてね?」 「も ち ろ ん です!!!!」 間髪置かず、しかも倍くらいの大きさで返された言葉にまた ほのぼのと喜ばしい気持ちになりながら、目を細めて眺めていると 2人揃って 「いただきます。」 ときちんと手を合わせてから 食べ始める様もすこぶる感じが良く、かつ微笑ましい。 が、そこでふと あることに気付いて顔を曇らせた。 「あぁでもぎっくり腰じゃあ、しばらく練習できないかしら」 「え、 あ、」 「ご迷惑かけちゃうわね・・・・・・・・・」 「え、 あの、 多分明日には、大丈夫かと・・・・・・・」 今度の返答は先ほどと違ってやや声が小さく、歯切れも悪かった。 けれどそんなことは特に気にせずに、母は唐突に思い出していた。 親戚の叔母が昔ぎっくり腰をやったことがあったが、あの時は確か。 「ぎっくり腰って治るまで一週間くらいかかるんじゃ・・・・・・」 「えっ」 「うっ」 もぐもぐと咀嚼していた息子と友人の口が止まった。 息子がわかりやすく青ざめた。 阿部のこめかみにみるみる汗が浮き出たのに気付いて そんなに大変な事態なんだと息子の不始末を詫びたい気持ちでいっぱいになった。 「ごめんなさいね阿部くん・・・・・・・・」 「えっ」 「廉ったら本当にそそっかしくてヌけててもう」 「いやあの!!!」 阿部がまたもやさえぎるようにして口を挟んだ。 「実はですね、 お母さん!!」 「え?」 「ぎっくり腰には2種類あるんです!!!!」 「え?」 「長引くタイプとすぐ治るタイプがありまして」 阿部の顔に浮かんだ汗が流れ落ちるのを見ながら そうだったかしら? と母は首を傾げた。 「廉くんのはすぐ治るやつだから明日には平気です!」 「そうなの・・・・・・?」 「そうです!」 「でも一応病院に行ったほうが良くないかしら・・・・・・・・」 「それは、全然必要ないかと!!!」 力強く主張してから阿部は ははは と笑った。 その笑顔が引き攣っているような気がするのは気のせいねと軽く流しながら 母は阿部の博識に感心した。 友達思いで世話好きで、勉強ができて勉強以外の知識も豊富でしっかりしていて申し分ない。 そんなコが野球のパートナーでもあるのだから息子は何て幸せ者だろうか。 中学では友達の影が見えなくて心配したりもしたけれど、 高校ではお釣りがくるぐらいのいい仲間に恵まれた。 本当に、良かった。 目頭が熱くなるのを感じた母は、ごまかすために慌ててその、 真夏でもないのにどういうわけか汗だくになっている、貴重な友人に にっこりと微笑みかけたのだった。 オマケ 了 SS-B面TOPへ |
ぎりぎりセーフ。 (なんだろうか)