狭間にて






「はぁ・・・・・・・・・・・」



長く、吐いた息は思いの外大きく響いた。
解放感と引き換えに襲ってくるのはある種のむなしさだ。
いつものことで慣れた感覚とはいえ、いいものではない。


阿部は吐き出した欲望の証を何枚か続けて抜き取ったティッシュで
機械的に拭い取り、丸めてゴミ箱めがけて一直線に放り投げた。
それはきれいな放物線を描いて正確に目的の場所に吸い込まれ、少しだけ気分を浮上させる。


阿部は別段潔癖症ではないし、その自覚もある。
こうして時折襲ってくる体の疼きを持て余して自分で処理することは
ごく自然で当たり前のことだ、ということもわかっている。
むしろこの年でないほうが異常だ。  病気と言ってもいい。

なのに、阿部はそういう理屈を超えたところで罪悪感を感じてしまう
自分をどうすることもできない。



阿部の夢想の中で三橋はありとあらゆるイヤらしい姿態をとる。
媚びたり泣いたり喘いだりして、阿部の欲を煽る。
それは実際に目にしたことがあるものもあれば、阿部が勝手に頭だけで作ったものもある。
恋情の対象を想像して抜くことになんの悪いことがあるのかと。

理性ではそう思う。



なのに、そうすることによって想い人を汚してしまうような罪悪感が
阿部の中の一番奥のほうに、厳然と存在する。
それはいくら正当化しようとしても消えてくれることがない。
そして阿部の心をどこかで確実に苛むのだ。








三橋本人と体を合わせることではそれを感じることはない。

同じくらい、あるいはもっとあられもない格好をさせて啼かせても
そこにあるのは純粋な想いだけだ、 と阿部には思える。
欲望はある。  それは間違いなく。
でもそこに罪悪感はなく、あるのは大き過ぎて苦しいほどの想いや、
幸福感や充足感であり、いっそ神聖なものですらある。
それが正しいかなぞわからない。  ただ、そう思えるのだ。




再び、阿部はため息を吐いた。


薄い暗闇の中横たわりながらとりとめもなく考えを巡らせているうちに
またもや体の中心がずくずくと熱を帯びてきたのがわかったからだ。


時には自分の意思ではどうにもならないその衝動を、本気で鬱陶しく感じる瞬間も少なくない。
自分にあっても自分ではない、まるで別の生き物のようにすら思える。


そんな思考に  「言い訳だな」  と苦く自嘲した。






今、 ここに三橋がいれば。



これはきれいな感情になるのに。






根拠もなくそう信じながら、阿部は目を瞑って胎児のように体を丸めた。




「会いてぇ・・・・・・・・・・」




心の底から湧き出る望みを口に出してつぶやいてみる。



そうすることで罪悪感が僅かでも薄くなるようにと、

どこかで無意識に願いながら。
















                                                 狭間にて 了

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