反転





いろいろと切羽詰ってくるこの時間がイヤなわけじゃない。
むしろ好きだ。  それは確かだし、最初に比べれば随分慣れてきたとも思う。

なのに居たたまれない気分になる原因もわかっている。
この音がイヤだと、いつも三橋は思う。
もっともこの行為に苦手なことはたくさんあるから
そのうちの1つに過ぎないわけだが、苦手なあれこれに限って
阿部は好んでしたがる気がする。 

(何で、かな・・・・・・・)

ぼんやりと定まらない頭でそんなことを考えてみるのは紛らせたいからだけど、
与えられる刺激のせいですぐに霞んで消えてしまった。
思考はままならなくても五感はむしろ研ぎ澄まされていて
否が応にも音は耳に入ってきた。
ぴちゃりぴちゃりと響くそれは大きくはないけど鮮明で
どれだけ濡れているんだ、と恥ずかしくて堪らない。
もちろんそんなことは知りたくもないわけだが。

「ふっ  ん・・・・・・」

吐息に混じって無意識に漏れた声まで湿っているようで
慌てて三橋はぐっと呑み込んだ。 反動のように涙が滲む。
声を我慢する分が目から出るんじゃないかと、実は最近疑っている。
かといって開き直って思うさま出すには、羞恥のほうがまだ勝ち過ぎていた。

「すげー濡れてる・・・・・・」

わざわざ教えないで、と内心で抗議するのもよくあることだ。
目を開けて恨めしく顔を見れば阿部は手のほうは全く休めずに
じっと三橋を見つめていた。 
どんなだらしない顔を晒しているのか、と背けたくなるのもいつものこと。
顔だけ隠したところで、この体勢では大して意味もないだろうけど。

ぴちゃ とまた音が響いた。
性器は阿部の唾液と先走りで濡れそぼっているに違いなく
先刻からずっと阿部の指が深々と埋め込まれている部分も
すっかり湿って緩んでいるだけでなく、物欲しげに収縮しているのが自分でわかる。
早く欲しいと口では言わなくても体がねだるのを止められない。
熱くて硬い阿部自身を最奥で感じたくて仕方がない、のに。

「三橋・・・・・・・」

ずるい、と思う。  知っているくせに、焦らしているくせに
自分を呼ぶ声は甘くて優しくて、そのくせ熱を孕んで余裕がない。
お互いに切羽詰っているようなぎりぎりの瞬間にしか聞けない
その呼び声が、三橋はこのうえなく好きなのだ。 ぞくぞくするほどに。

早く、と願いながらも まだ、と矛盾した欲求が交錯して
体の欲を紛らせるために身を捩ると強いられていた体勢が崩れた。
ホッとすると同時に何故か物足りなくなって。

「あべく・・・・」

求めるように腕を伸ばすと、はあっと熱い吐息をひとつ、阿部が吐いた。
情欲を湛えたそれがため息ではないことくらいわかるから
安心して待っていると、指が抜かれて代わりのように唇を塞がれた。
すぐに侵入してくる舌に応えながら背中に手を回すと、
密着した体の中心の熱を擦り付けられて、直截的な刺激に体が跳ねた。
快感を追って同じように返すと、口付けがいっそう激しいものになって
吐息までが火傷しそうに熱くて頭の奥がじんと痺れた。
欲しくて堪らない。
早く、 と思うのに。

「三橋」
「ん・・・・・・」

余裕のない口付けの合間に囁かれる声はやっぱり優しくて、
もっと聞きたいと三橋は願ってしまう。

「そんなに煽るなよ」

煽ってない、よ  と心だけで言いながら目を開けると阿部が小さく笑った。

「でもいくらでも」
「・・・・・・へ?」
「焦らしていいよ」

え、 と三橋は目を見開いた。 阿部はまだ笑っていた。

焦らしてるのは、と反論が浮かんでから気付いたことが1つ。

(一番欲しい、のは)

ふいに何かが反転したような気がした。 

(・・・・・・・・オレ、本当 は)

知っていた。 認めてないだけだった。
ぎりぎりで焦らされる時間はつらくて恥ずかしくて、それ以上に甘い。
いつまでも漂っていたいほどに。
長い間切望していたもの、今もなお一番欲しているものが、
惜しげもなく与えられるからだ。

「あべ くん」
「ん」

わかってたの? と出かかった言葉を呑み込んで、黒い瞳を見つめた。
深い、色だな と三橋は見惚れてから目を瞑った。

早く、と湧き上がる衝動は多分、阿部のほうが遥かに強いのだ。


とてもとても、この人が好きだと
三橋は今さらなことを心の底でつぶやいた。












                                          反転 了

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