誰よりも好きな





「ふっ・・・・・・・・・・」

無意識に声が漏れる。 声というより吐息に近い。
でもオレだけじゃなく阿部くんもさっきから息が荒い。
多分、久し振りだから。
腰に当たる昂ぶりがすごく熱くて硬くて、オレに負けず劣らず阿部くんも
切羽詰っていることがその荒い呼吸からも熱に浮かされたような目からもわかる。

「あ、   あ」

耐え切れずに目を閉じた。
阿部くんの指はもう大分前から容赦なくて。
オレの一番敏感なところに絡み付いて、堪えられずに零れている先走りのぬめりを
利用して思うさま嬲り続けている。
それなのに快感を追って昇り詰めようとすると、途端にそれを察知して刺激する力を弱めてしまう。
オレはイきたいのにイけなくて。
気持ちよくて でも苦しくて溢れ出る涙を止めることもできずに
ただ、喘ぐしかできない。

「あ、  あべ・・・・く・・・・・」

名前を呼ぶのも一苦労で。

「お・・・・ねが・・・・・」
「イきたいんだろ?」
「う、  ん・・・・・・」

阿部くんの囁く声にも吐息が混じっている。
色っぽい、と霞む頭でちらりと思いながら聞き惚れる。
でも今はそんな場合じゃなくて。
オレは本当にもう限界なんだ。
早く、早く解放したいと全身が訴えていて、どうにかなってしまいそう。
そしてその方法も知っている。  一言、言えばいい。

欲しい、と。

いれて、 と一言言いさえすれば阿部くんは躊躇なく、すぐにくれるだろう。
腰に当たる熱い塊りをすぐに与えてくれる。
阿部くんだってもう限界なはずで、
なのにしようとしないのはオレがさっきから 「ダメ」 と言い続けているからだ。
オレに 「いいよ」 と言わせたいがためにこれだけ焦らしているのもわかっている。
いつもだったらもうとっくに言っている。

なのに今日は、言えない、のは、  親がいるから。

いやいるだけだったら今までもこっそりとしちゃうこともあった。
でもそういう時は大抵真夜中で。
2人がぐっすりと寝ている、という時ならオレも 大丈夫、と思えた。 けど今日は。
時間が早いせいでまだ起きている。

そうとわかりながら阿部くんが性急に電気を消して押し倒してきたのは多分、
久し振りで我慢できなかったんだと思う。
しばらく機会がなくて寂しく思っていたのはオレだって同じだったから、
焦りながらも抵抗なんてできるはずなかった。

けどもしかして親が入ってきたら、と思うと怖くて。
そんなことはまずないとわかりつつも、こんなところを万が一見られたら。
ましてや繋がっているところを見られたらと思うと血の気が引く思いで、
でも愛撫してくる手だの何だのに抵抗することもできずに結局は応えながら、
きっと、阿部くんもそこまではしないだろうと期待を抱いていた。
最後はお互い手でするんだろうと。

それなのに阿部くんはどんどんオレを煽って、
気付いたらもう抜き差しならないところまで来てしまっている。
阿部くんも最初はそんなつもりなかったのかもしれない。
うっかり止まれなくなったのかもしれない。
でもそんな経緯はすでにもう問題じゃなくてつまり。
阿部くんはオレに挿れたくて、オレも挿れて欲しくて堪らない状態になってしまったということだ。

それでもオレは残った僅かな理性をかき集めてまた言った。

「だ・・・・ダメ・・・・・・・・」
「だめ?」
「だって・・・・・・・・・」
「どうしても?」
「も、もし、誰か、 入って、きたら」

何度目かの、同じ問答。
いいよ、 と言ってしまいたい。  けど。
言おうとしても寸前のところで理性が止める。

阿部くんが、ふーっと小さなため息をついた。
苛んでいた手を止めて考えるような顔になった。  それから。
ばさりと、下半身だけを覆っていた上掛けを持ち上げて2人ですっぽりとその中に入るようにした。
続いてオレの体を横向きにしたかと思うと、後ろからぎゅうっと抱き締めてきた。

「こうしてすればもし入ってきてもわかんねーだろ?」
「え・・・・・」

それでも、わかっちゃうんじゃ、と言おうとして開いた口は勝手に別の音を発した。
阿部くんの熱が後ろに当たった、と思った次の瞬間に ぐい、と押し入ってきたからだ。
逃げる間もなかった。

「あっ・・・・・・・・」

すでに慣らされて緩んでいたそこは難なく、阿部くんを呑み込んでしまう。
微かな圧迫感と同時に抗えない快感で全身が震えた。

いれられてしまえばもうダメだった。
ほんの少し残っていた理性がちりぢりに散っていくのを、はっきりと、感じた。

もっと、  と体中が訴える。

もっと、 奥まで、

「う、  ぁ」

望んだとおりに熱が深く入り込んできて、抑え切れずに思わず出た声はくぐもっていた。
自分で押さえたわけじゃない。
阿部くんの熱い手がオレの口をしっかりと包んでいた。
そのまま後ろから激しく突かれた。

2人で体を密着させて、しかも頭まで布団にすっぽりとくるまっていて暑い。
口を押さえている阿部くんの手も熱い。  耳にかかる阿部くんの息も熱い。
一番熱いのは体の奥だ。
なにもかもが熱い中、目も眩むような幸福感に
もう  どうなってもいい     と確かに 思った。

知られても、 見られても、 構わない。

何があってもオレのこの気持ちは   変わらない。

「ん、  ん、」

焦らすことなく性急に追い上げてくる熱にあっというまに昇り詰めて。

達しながら、でもその瞬間   ごめんね、  と思った。











○○○○○○○

「泣くなよ・・・・・・・・・」

阿部くんの困惑したような声とともに優しい指がオレの頬を拭っている。

「・・・・・悪かったって」

阿部くんの声は本当に申し訳なさそうで、オレはまた別の 「ごめんね」 が湧き上がる。
阿部くんは、誤解している。
オレが泣いているのは、阿部くんのしたことがイヤだったわけでも、
怒っているわけでもない。
そう伝えたくて、かろうじて言った。

「ち、違う、よ」
「・・・・・・・・。」

目を開けると阿部くんの気遣わしげな顔が目の前にあった。

「イヤ、だったわけじゃ」
「三橋」
「う?」

何か言いたそうな顔の阿部くんは、でも結局何も言わずに優しくキスをしてくれた。
ついばむようなキスを何度も。

それでオレはわけもなく安心して、気持ち良くて。
阿部くんの誤解を解かなきゃ、 とぼんやりと思いながら気持ちよさに抗えなくて
安心も手伝ってついうとうとしてしまった。
半分意識が飛んだところで、ふっと阿部くんが離れていく気配がした。
自分の布団に戻ったんだな、とわかった。

親がいる時は阿部くんは必ず隣に敷いた客用の布団に戻って寝る。
そのまま寝て、もし見られたらまずい、と気を遣ってくれてるんだ。

ホっとして同時にそれ以上に寂しく思った。

阿部くんに抱き締められながら眠りたい、 と願う自分がいる。

眠りに落ちる寸前また 「ごめんね」 と思った。









○○○○○○○

次に阿部くんがうちに来た時、何だかいろいろなものを持ってきた。
にこにこしながら阿部くんはそれらを取り出して、けろりとした調子で言った。

「対策を考えたんだ」
「へ?」
「ドアに鍵付けていい?」
「か、鍵?」

びっくりしてるオレに阿部くんは引き続きにこにこしながら言った。

「オレの部屋にはもう付けたんだ」
「え!」

そして呆然としているオレにはお構いなしにきびきびと動いて
持参した大工道具で持ってきた鍵を手際よく付けてしまった。

「これでもう心配ねーだろ?」
「う・・・・・・」

あっけにとられていると阿部くんの顔がふと、曇った。

「あ、でも声がすっか」
「・・・・・・・・。」
「じゃあ今度は壁に防音工事を」
「で、できる、の?」
「まさか」
「え・・・・・・・・」
「ばーか冗談だよ」

ほ、ほんとかな・・・・・・・・

疑いながら見てると阿部くんは盛大にため息をついた。

「あー、こーゆーのって大変だな」
「・・・・・・・・。」
「ま、仕方ねーけどさ」
「・・・・・・・うん」
「でもオレ、卒業したら早目に家を出て一人暮らししてーな」
「・・・・・・・・。」
「そしたらさ、おまえもいっしょに住まねえ?」
「えっ・・・・・・・・・・」

阿部くんはオレをまっすぐに見て、少し笑った。

「冗談だよ」
「・・・へ・・・・・」
「おまえはさ、大事な一人息子だもんな」

オレは阿部くんを正面から見つめ返した。

「オレ、阿部くんと住もう、かな・・・・・・・・・」
「え?」

阿部くんの目が丸くなった。

それから 「なに言ってんだバーカ」 とまた笑った。

と思ったら腕を引き寄せられて、抱き締められた。  びっくりするくらい強い力だった。

「サンキュ三橋」
「・・・・・・・・・。」
「冗談でも嬉しい」



冗談じゃないよ、 と思った。



オレね、 わかったんだよ阿部くん。

あの瞬間にわかってしまったんだ。


もうお父さんとお母さんより阿部くんのが大事なんだよ。
もちろんお母さんたちも大事だし、大好きだし、大事の種類が違うんだけど。


あの時、バレても構わないと、思った。

それでお母さんが泣いても、お父さんが怒っても。

オレは自分を恥じることはしてないって。

だって好きなんだ。 阿部くんが。

誰よりも。

ごめんね、 て思うんだけど。

お父さんお母さんごめんねって。

でも誰よりも阿部くんが好きなんだ。

それがはっきりとわかったから、あの時 泣いたんだ。 悪くて。
心で何度も謝りながら、それでもやっぱり気持ちは変わらなかった。
この先も変わらない。
たとえ阿部くんがオレに飽きてもきっと変わらないような気がする。



抱き締められながらオレはそう考えていた。

そして  いつかそれを阿部くんにちゃんと言えたらいいな、と

言える日が来ますように、と

こっそり  祈った。












                                                 誰よりも好きな 了

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