温かい場所





ゆるゆると意識が浮上した。
目を開けると辺りは静まり返った暗闇で、まだ夜中だとわかった。

何故こんな時間に目が、 とぼうっと思ってから気付いた。
冷たい。
冷たい何かが足に当たっている。
それを三橋が認識するかしないかで、顰めた声が聞こえた。

「ごめん、起こした?」
「・・・・阿部くん・・・・?」

声のしたほう、後ろに振り返ろうとしたところで腕が体に回ってきた。
その腕も少し冷たく感じるのは何故だろう。

「トイレ行ってきたんだ、ごめんな」

ああそれでと、 ぼんやり思いながら意識が覚醒していくのは
前に回された手がそうっと布地の中にもぐりこんできたからだ。
手は上のほうにそろりと移動して片方の突起をゆるく摘んだ。
優しい触れ方だったけれど冷たいために強い刺激になり、
三橋は小さく身を震わせた。 温度のせいだけではなく。
指はそのまま突起の周辺を撫で回し始める。

「あ・・・・・・・」
「外、雪降ってるぜ?」

緩やかな愛撫の心地よさにうっとりと浸っていた三橋は
阿部の言葉に 「え?」 と驚いた。

「・・・・・・雪?」
「そう、雪」

どうりで、と納得した。 空気がシンとしている気がしたのだ。
雪の夜は普段よりも音がない気がする。
目を瞑って、見慣れた外の景色にしんしんと雪が降る様を思い浮かべた。
音もなく降り積もるそれはまるで自分の想いのようだ、
とまだ半分眠った頭でそんなことを思う。

外はきっと寒いのだろう。 でもここは温かい。
後ろからすっぽりと包んでくれている阿部の体も今はもう大分温かい。
触れられているところだけじゃなく、密着している背中も絡まってくる足も
全てが気持ち良くて、満ち足りて安心する。
指の動きが柔らかいせいで、再び意識が沈みそうになる。

「・・・・・・ん」

指がもう片方の突起に移動したことで眠気が少し薄くなる。
本気でなだれ込もうとしている気配が強くなった。
阿部の体も手も温かいを通り越して熱くなってきたのがわかる。 
穏やかな心地よさの中に性的な快感が忍び込んでくるのはもちろん、
先刻より動きが激しくなってきた指のせいだ。

「・・・・・ダメ」
「トイレ寒かったんだ」
「あっ・・・・・・・・」
「あっためてよ」
「・・・・・・ダメ・・・・・」

拒絶は甘い響きを帯びてしまう。  
気持ち良くてこのまま流されたいと掠めるものの、いつもよりもダルいのも本当なのだ。
何故かといえば。

「いっぱいした、のに・・・・・・・」
「それはクリスマスだったから」

ワケのわからないことを阿部が言った。
眠りに落ちる前にもさんざん聞いたそれは、どうやら今夜の阿部の常套句らしい。
クリスマスだからといって、それをあれやこれやの理由にされるのは
三橋としてはいまひとつ腑に落ちないのだが。

「日本のクリスマスは恋人のためのイベントなんだぜ?」

顰めた声は笑いを含んでいる。
クリスマスなんて、どうでもいいと思っているくせに、と
三橋は心の中だけで反論しながら、こっそりと深呼吸した。
上がりかけている息を隠そうとしてだったが、阿部の指は今はもう
上半身を縦横に動き回っていて一時凌ぎにしかなりそうもない。
それでなくても未だ余韻が燻っている体は、簡単に火がついてしまう。



昼間にケーキを買いたがったのは三橋だ。

「だってクリスマス、だよ!」

そう主張してみたら阿部は少しの間の後、
「そうだなクリスマスだもんな」 と言って笑った。
甘いものにそれほど執着のない阿部が同意してくれたことに、
その時三橋はホっとしたのだが。

夜になってベッドの中で、同じ言葉をあんなに繰り返されるとは思わなかった。
クリスマスだから、という口実の元にされたあれやこれやが一気に蘇って
顔が熱くなった。  慌てて意識から締め出そうとしても、
ほんの数時間前に山ほど晒した痴態の記憶はまだ生々しくて、消えてくれそうにない。
阿部はダメ押しとばかりに耳元で囁いてくる。

「雪だから、明日は練習ないぜ?」
「え・・・・・・・・・」

服が捲られて背中に柔らかい感触が当たった。
すっと、嘗め上げてくる湿った刺激がいっそう強い快感を呼び起こす。

「ん
、 ダメ・・・・・・・・・」

もはや睦言の域になってきた。
言葉とは裏腹に、漏れる吐息がすっかり熱いことなど阿部にはお見通しだろう。
三橋が本気で困っている時と、そうではない時を阿部はいつも的確に見抜いた。 
不思議なくらいに。

「もうクリスマス、終わった よ・・・・・」

12時は過ぎているだろうと思いついて、言ってみる。
とっくに流されているのに抗議したのは、先刻の乱れ様が恥ずかしかったからだけではない。
それを押してでも強く求めてほしいからだと、三橋はふいに自覚して、
言った直後にそんな自分を恥じた。  けれど阿部が小さく笑うのが気配でわかった。
きっとバレてるんだ、と三橋は思う。 
根拠などないけど、きっと阿部にはわかっている。

「だって雪降ってるから」

また理由にもならないことを囁かれた。
同時に手が強引に下半身に入り込んできて、嬉しくなる。
焦らすような触れ方に余裕があるのは、つい数時間前に激しく求め合ったせいなのか。
柔らかく包まれて親指の腹でゆったりと撫でられる、それだけの刺激でも
三橋の情欲の火は瞬く間に大きくなる。 もう消えそうにない。

「ふ・・・・・・・・・・」
「・・・・・・こっち向いて?」

促すように手が離れたので、三橋は阿部のほうに向きを変えた。
目を合わせてどちらからともなく笑う。

「そう、だね。 雪、だもんね」
「そうそう」

笑いながら抱き合って唇を合わせる。
ついばむようなそれはすぐに深いものになる。 合間に阿部が囁いた。

「いれないからさ」
「・・・・・・入れても、 いいよ」
「え・・・・・・」

阿部の目が僅かに見開かれて、気遣うような顔になったことに
三橋は思わず笑ってしまった。 自分から仕掛けてきたくせに。

「雪、だから いれてもいい よ」
「・・・・そっか」

2人してまた笑う。 秘密の悪戯をしているように密やかに笑いながら
すっかり熱くなった体をすり寄せ合う。 温もりを与え合う。

それだけのことが三橋にはこの上なく嬉しくて幸せだ。
阿部もそれは同じだろう。  きっとそうだ、と三橋は思う。
多分阿部は今は入れてはこないだろう、 というのもわかる。
それは付き合いだしてからの数ヶ月間の経験に基づく確信だけど、
それ以外にもいろいろなことがわかる気がするのは、しんとした空気のせいだろうか。


声から、表情から、唇から、触れ合う指先から、
嬉しくて幸福で温かい何かが伝わってくる。
同じものが自分からも伝わっている。 きっと間違いなく。



「・・・・・・廉」
「・・・・ん・・・・・」









外はしんしんと雪が降っていて寒いのだろう。


けれど2人でくるまっている布団の中は  とてもとても温かい。















                                               温かい場所 了

                                               SS-B面TOPへ