30年後もいっしょに (後編)





「どうなっても知んねーぞ」

一応警告だけはした。
でももうそこで何を言われても止まらなかったと思う。

もちろん、一番したかったことをまずさせていただく。
ずっと我慢していた分、乱暴なものになった自覚はあったけど。
一瞬早く三橋が口を閉じたのがわかった時、むっとした。
こんだけ煽りまくっておいてキスだけはオアズケなんて。

(・・・・ざけんじゃねーぞ)

逃れた顎をすかさず掴んで引き戻した。  何か言いかけて開いた口はむしろ好都合だ。
噛み付くような勢いで塞いで侵入して、遠慮なく堪能させてもらう。
我慢していた反動のせいか、いつもよりキモチいい。

三橋が最初こそ抵抗したものの結局すぐに応えてくれたことに、
安堵と同時に何やらフクザツな気分になった。 言われたことを守って必死で我慢していたけど。

(・・・・・強引にやっちゃっても良かったんじゃねーの・・・・?)

長い付き合いだけど、三橋の本音は未だに掴めないことが多い。

でもそれをいいことにやり過ぎた。
たっぷり楽しんでから口を離した時の三橋の顔が朦朧としているようで少し慌てた。

「・・・・・・・おまえがワリーんだかんな」
「・・・・・・・は・・・・・」
「なにしてもいい、っつったろ?」

言い訳がましく告げながらその表情を観察する。
嫌がっていない、とわかった。 それくらいはわかる。  安心した途端に正直な欲求が湧いた。

(さっきの・・・・・・・)

もう一回味わいたい。 でも咳だし。 どうすれば、と考えて。

(くすぐってみるとか)

思いついてから色気ねーなと可笑しくなった、 けど案外功を奏すんじゃないかとも
ちらりと思った。 まずはとりあえず、真面目に頼んでみる。

「もっかい咳して」

絵に描いたように三橋の顔がきょとんとした。 

「あ、出そうと思って出るもんじゃねーよなそうだよな、うん」

流石に自分で言ったことのアホさ加減に恥ずかしくなる。  
大体オレはヨくても三橋はしんどいんだから。   
と理性が戻りかけたところで。

「けほけほけほ」
「う ぁ」

ぞくぞくと這い登る快感で全身が震えた、くらいにキモチがいい。
不思議そうな顔の三橋に説明してやりながらも体が疼く。 
ぜ ひ と も もう一度させたい。

気付いたら手が勝手に三橋の脇腹をくすぐっていた。
ダメもとだし、と冗談のような気分だったけど本当にそれは効いた。
咳き込みながら三橋が体をよじったせいで抜けそうになった自身を無理矢理また深く捩じ込んだ。
咳が止まらない様子が苦しそうで、我ながらこれはちょっとひどいんじゃ、

と、掠めたのが最後のまともな思考になった。

「ダメだ。 わり・・・・」

一言言うのが精一杯で。
こんなに余裕がないのは久し振りってくらいの強い衝動が押し寄せてきて
やり過ごすなんて全然無理。  抑えが効かない。
三橋が焦ったように何か言ったのも聞こえなかった。

でも声とか顔とかがさらに苦しそうになったのがわかった。
それが自分のせいだというのもよくわかった。 
ちかちかと、頭の片隅で警笛が鳴っている。 なのに止まれない。
熱くて気持ちヨくてぎりぎりまで長引かせたくて
自分のための加減はしても三橋の体まで思いやれる余裕がない。
好き勝手に突き上げて揺さぶって味わって昇り詰めて、
弾けた瞬間にかろうじて搾り出した言葉もちゃんと言えていたか自信ない。 

それくらい、夢中だった。

けど。

快感の余韻でくらくらしながら満足の息を吐いて、直後に我に返った時の心境たるやもう。

悲惨としか言いようがない。

「我慢」 だの 「禁物」 だの 「リコン」 だの 「誕生日」 だのが一気に戻ってきた。 
何もそんなにいっぺんに戻らなくても  と呆れるほどの勢いで脳天を直撃した。
天国から地獄ってくらいの落差に別の意味で眩暈がする。
途中まで自制しながらだったのも多分悪かった。
なんてこっそりの言い訳もムナしいだけだ。

離してやりながら様子を見ればいかにも苦しそうに忙しなく呼吸していて
顔も涙だらけでいつもの倍くらいに赤い。 まるで重病人のようだ。
もしかしたら咳だけじゃなくて。

(・・・・熱も出てんじゃねーのか・・・・?)

情けなさのあまり死にたくなった。 

「・・・・・・悪かったよ」
「え、 いい よ」

ぼそぼそと謝ったら当の三橋はふらふらしながら起き上がろうとしやがったんで。

「寝てろ!!!!!!」

自己嫌悪に拍車がかかった。  何で優しく言えないんだオレは。
あの特集を見て以来それも気をつけて極力怒鳴らないように心がけていたのに、
テンパるとたちまちこれだ。  せめてもと、後始末を丁寧にして服も着せてやって
終わる頃には三橋の顔が楽そうになったんで少しだけ安心した。
額に触れると熱はないようだった。
自分も服を着ているうちに、規則正しい寝息が聞こえてきてホっとしたけど。

そのまま眠り込む気分にはとてもなれなかった。 三橋の寝顔をじっと見つめる。 
幸せそうに見えることに慰められたものの、気持ちは晴れない。
せっかくいい伴侶っぷりを発揮して頑張っていたのに。 上手くいってたのに。

最後の最後で理性がぶっ飛んだ。 あれだけ自戒していたのが全部パーになった。
きっと苦しかったろう。
何でオレってこうなんだろう。
こんな調子じゃ本当に、リコン、されるかも。

「あぁヤバいなぁ・・・・・・・」

情けないつぶやきが漏れた。 口に出すと本格的にヤバい気がしてきた。
しかも今日は。

「よりによって誕生日に、これだ・・・・・・・」

最低だ、と自分を殴ってやりたい腹立たしさをそのまま口にした、ところで
三橋の目がぱちりと開いた。 びっくりした。
もしかして今の、聞かれたか?

「お、おま 寝たんじゃなかったのかよ?!」

言い訳にもならない言葉がついて出た。 かっこわるいにも程がある。
でも三橋の目は驚いたように見開かれたかと思うと。

「あの、オレ、ほんとに嬉しかったよ・・・・・・・」

なにがだろう。  どこが嬉しかったのかわからない。
親に会えたから? と予想しながら聞いてみた。 力のない声になった。
けど口ごもりながら三橋が言ったことは予想の斜め上どころじゃなかった。

「さ、最近阿部くん、なんか 変だった から」
「・・・・・・は?」

聞き捨てならない言葉だった。

(最近変だった・・・・・・・?)

またわからない。 何が変だったんだろう。 思い当たるのは例の特集を見て以来
心がけていたことくらいしかないけど。
でもそれは変だった、と言われるようなことなんだろうか。 オレとしては心外というか。
首を捻ったところで。

「だから、さっきいつもの阿部くんに戻ってくれ て」

ぎょっとした。

(さっき、・・・・・・て)

さっきというとさっきだろう。 三橋の表情からしてもそうなんだろう。
自分的にはなかったことにしたいくらいに恥ずかしい、あの余裕のないケダモノみたいな。

愕然として、それから全身が熱くなった。 どっと汗が噴き出てくる。 きっと顔も真っ赤だ。

というくらいのショックだった。 次に脱力した。
だって何だかあんまりだ。 いや自分のせいだけど。 だけど。
脱力のあまり、その場に突っ伏してしまった。 立ち直れない。

(どうなんだそれ・・・・・・・・)

だってそれだけ普段のオレがケダモノみたいってことで
思い当たるフシはあるけど、そりゃてんこ盛りであるけど、
でもオレだって自分なりに三橋を気遣っているつもりであって。
最近怒鳴るのを意識して抑えていたのだって自分では三橋に良かれと思って頑張ってて
そんな自分に満足していて、でもそれが 「変」 で、ケダモノが 「いつもの」 ってそれって。

「・・・・・・おまえの中のオレのイメージってどんななんだ・・・・・・」

質問というよりはぼやきだった。
だから三橋がおろおろした声音で何か言っているのも半分呆けた頭で聞き流していたんだけど。

一気にクリアになったのは 「安心」 という単語のせいだ。
また聞き捨てならない。  脱力している場合じゃない。
ソッコーで起き上がりながらふいに思い出した。 ベッドに入る前に感じた違和感。

「安心・・・・・・?」
「え、 あの」

三橋の顔が慌てた。 続いて思い出した。 最中にも。

「・・・・・・・そういやさっきもそう言ったな」
「あ」

もっと慌てた。 ごまかされてたまるかとはっきり言ってやる。

「・・・・・不安だった、てか?」

三橋の口が 「あ」 の形に開かれた。   しまった、と顔に書いてある。
こういう時はわかりやすい。

(何で不安・・・・・・・?)

すぐに気付いた。 さっき本人が言った。  「変だったから」 だ。

(・・・・・そうだ、だから)

「いつものアベクン」 に安心したんだ。  重ねて問い質すと三橋は不本意そうな顔で、頷いた。

(・・・・・・・危なかった)

あやうく隠されるところだった、 と胸を撫で下ろしながらも複雑な気分になった。
オレとしてはリコンされたくなくて心を入れ替えて頑張っていたことが
逆に三橋を不安にさせていたなんて。

(なんつーか・・・・・・・)

理不尽、 という言葉が浮かんだけど。

(・・・・・・・・いやそうじゃねーな・・・・・・)

改めて思えば、三橋の性格をもってすればありそうなことだ。
でもそこまで考えが及ばなかった。
結局勝手に自己満足に浸っていただけで、そっちのほうがよっぽど。

(サイテーだ・・・・・・・)

よし、と決めた。 かっこわるいから言いたくなかったけど、三橋の安心のが大事だ。
失敗だったとわかったからには、ちゃんと不安を取り除いておきたい。

「・・・・・・・・・わかった。 言う」

前置きしてから、説明した。 三橋の顔は見れなかった。
自分の顔も見せたくなかった。 絶対情けない顔してるから。
説明を終えて密かに落ち込んでいたら 「うひっ」 という笑い声が聞こえていっそう凹んだ。

「・・・・・・・・笑うな」

こういうのって、武士の情けってやつだと思うんだけどな。
ぶつぶつと内心だけで文句を垂れながらも、どこかでホっとしていた。
安心してくれればそれでいいんだ。

(・・・・でもなあ・・・・・・)

こっそりとため息をついた。
不安になったのはともかくとして、安心できたのがアレってのはやっぱり。

(オレってそんなに普段からがっついてんのかな・・・・・・・)

どうせこの際だからその辺を突っ込んで聞いてみたい。
けど言いかけたところでマヌケな音がした。 お馴染みの音だ。 
いっしょに暮らしているとしょっちゅう聞く音。

「・・・・・・腹減ったのか?」
「そ、そうかも」

見れば三橋の顔はやけに嬉しそうだった。 ケーキを食べると言い出しておまけに。

「し、したら お腹 すいた」
「・・・・・・あっそ」

また複雑な気分になるオレ。  そりゃ、あんだけ激しくしたら腹もすくだろう。
またしても赤面しそうになって急いでキッチンに向かった。
今日は三橋のせいで赤くなってばかりいる気がする。

奮発したケーキを皿に出してやると、三橋の顔が輝いた。
それだけでもういいや、と思っている自分に気付いて苦笑してからハタと思い出した。
お祝いをまだ言ってない。  時計を見るとぎりぎりで今日だったことにホっとした。

「誕生日おめでとう、三橋」

三橋はきょとん、としてから 「あ、ありがとう!」 と言って 笑った。
また不意打ちだった。

(だからどうしてそう・・・・・・・)

瞬く間に顔が熱くなる。 一体今日何度目だ。

(なんつー顔して笑うんだ・・・・・・)

照れ隠しに浮かんだ言葉は、1時間前なら我慢していたところだったけど。
でももうしない。 正直に言ったほうが三橋が安心できるんなら言ってやる。
ぶっきらぼうな調子になったけど。

「来年は、帰さねーぞ」
「来年・・・・・・」

そのつぶやきが引っ掛かった。 三橋の顔に目を戻して。

わかってしまった。 これは絶対当たっている。
オレは30年後の心配をしているのに、三橋は来年のことすら不確かなんだ。
自分が、じゃなくてオレが傍にいるかわからないと思っている。
それはもう三橋の性みたいなもんだから、と頭では納得しつつもムカムカと怒りが湧いた。 
オレがこんだけ好きなのに。

なので結局。

思いっ切り怒鳴りつけてしまった。

けど三橋はビクつくこともなく、なぜかいっそう嬉しそうな顔でケーキを頬張ったんで、
そんなに美味いのか高かったもんなぁと脱力しながらも。

(・・・・・・まあいいか)

終わり良ければすべて良し、と思うことにした。









そんなこんなでオレの熟年離婚防止対策は一時的なもので終わってしまったんだけど。

その後少々困った現象が起きた。

三橋が風邪をひいて咳をしていると、その度にうずうずと押し倒したくなる。
その衝動を捻じ伏せるのは結構大変だった。

でもやらない。  我慢する。

だってやっぱり。


30年後に離婚されるのはイヤだもんな。















                                          30年後もいっしょに 了

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                                                    まだ言ってるし。