夢でも奇跡でもなく





実家に帰ったのは、滅多に会えない遠くの親戚が来るとかで
顔を見せに来い、と言われたからだけど。

「まとまった休みが取れたんだよ!」

電話越しのお父さんの勢いに押されて、
お父さんの休みに合わせて5日間の予定になった。
日程が決まった時 「5日間、阿部くんに会えないな」 と思った。
親に会えるのは嬉しかったけど、正直寂しさのほうが大きかった。




実家にいる間お父さんといっぱい話した。
というか、いっぱい話しかけられた。
「たまにしか会えないからって張り切りすぎよお」
とお母さんに笑われたりしていたけど、オレもやっぱり嬉しかった。
だから親戚の人が帰った2日目に
「最近近所にスーパー銭湯ってのができたんだよ!」 と
妙にはしゃいだようにお父さんが言った時にも、
次に言われることも想像がついたし、別にイヤじゃなかった。
むしろ面白そうだから行きたかった。

「いっしょに行ってみないか? 廉」

いいよ、と言おうとしたところで、あっと気付いた。
オレは、行けない。  阿部くんのせいだ。

「い 行かない・・・・・・」

断るとお父さんががっかりした顔になったんで、罪悪感が湧いた。
けど行けるわけない。
その時少しだけ、阿部くんを恨んだ。
お父さんにいろいろな意味で悪くて。

でもその日はお母さんが出かけたんで、2人で晩御飯を作った。
お父さんはずっと上機嫌だったし、オレも楽しかった。
阿部くんに教わった肉じゃがを作ったら、すごく感心してくれて
まるで阿部くんが褒められたようで嬉しかったりもした。
お風呂を断った後ろめたさがそれで薄らいだ。

3日目にはお父さんとキャッチボールをして、それも楽しかった。
でもオレは予定を繰り上げて帰ることを考えていた。

4日目にお父さんの予定が変わって仕事になっちゃった時、だからオレはホッとした。
だってオレもその日アパートに帰ろうと密かに決めていたのに
言い出せずにいたのはお父さんに悪い気がしたからだ。
お母さんは元から仕事だったから、オレがそう言うと
「そのほうがいいわね」 とむしろ安心したように笑ってくれた。

1日早くなったから家を出る前に一応電話したら
阿部くんは出先だったみたいだけど、すぐに帰ると言ってくれた。
いいのかな、と心配になったけど、早く顔を見たかったから実は嬉しかった。

帰ったら、阿部くんはちゃんといて、オレを見て笑ってくれたんだけど
その後の言葉に青くなった。

「水谷がよろしくっつってた」
「へ・・・・・・・?」
「あ、今日水谷と飲んだんだ。 ちょこっとだけど」
「えっ」

オレは焦った。 電話した時、どこか店の中のような気はしたんだけど
水谷くんがいっしょだったなんて知らなかった。

「せっかくの時間 だったのにオ、オレ、のせいで」
「それは気にすんなよ」
「・・・・・・・でも」
「いいんだって! 約束してたわけじゃねーし、もう1人あいつの友達もいたし」
「・・・・・・・。」
「1人の部屋に帰るのがヤだっただけだからさ」
「え」

阿部くんは笑いながらそんなことを言う。 それだけでドキドキする。
予定を繰り上げて帰ってきて良かったと思ってしまう。

「楽しかったか?」
「うん・・・・・・・」

頷いてから、でもふと思い出して。

「でも、お父さんに、お風呂に 誘われたんだけど」
「え?」
「行けなかった・・・・・・・」
「あ」
「オレ、行きたかった」

文句を言ってみたら、表情が変わった。 しまった、という顔になった。

「・・・・・・・怒ってる?」

聞いてくる声があんまり不安そうで、急いで首を振ったら
阿部くんはあっさりとまた笑顔になった。
ズルい、 と思った。
知ってるくせに。 阿部くんは知ってる。
結局オレが怒れないって知っている。




阿部くんに日程を告げた時 「長いな」 と言いながら
沈んだ顔になってくれたのが密かに嬉しかった。
だってきっとオレと同じなんだってわかったから。

だからその後 「じゃあ代わりに1つだけお願い聞いて?」 と
妙に甘い声で囁かれた時も、内容も聞かずに頷いた。
「今は言わねーけど」 と続けて言われた意味深な言葉にも悩まなかった。

そしてそれきり忘れていて、前日の夜になって
それもベッドの中で 「お願い」 を言われた時にまた頷いてしまったのは
阿部くんの熱を孕んだ目に煽られていたのもあったけど。

それは言い訳で、オレも寂しくてそうしてほしくて
自分で承諾したんだから 怒れるわけがないんだ。
オレがダメと言ったら阿部くんは絶対そうしないってわかってた。





「・・・・・何で予定より早く帰ってきたの?」

そう聞く阿部くんの目はもうイタズラっぽい笑みを含んでいる。

わかっている、くせに。

少し意地悪なその質問に拗ねたような気分になるのに、体が裏切る。
応えるように、オレの体中に散った赤い痕が熱を帯びてざわざわと 疼く。

シャワーを浴びるたびにイヤでも目に入ったそれは
オレにその時の記憶を生々しく呼び起こした。
阿部くんの唇がつけたそれらをなぞると、体が火照ってどうしようもなくて
一刻も早く帰りたい気持ちになってしまって、 だから。


・・・・・・・なんて言ってあげない。

オレが拗ねたのがわかったのか、阿部くんはまた慌てた顔になった。
だからオレは安心して待つ。

きっともうすぐ、望んだ言葉が聞ける。


「ごめんな?」
「・・・・・・・・・・。」
「オレが悪かったから」
「・・・・・・・・・・。」
「責任取らしてください。」

たちまち心も体もぽわぽわとあったかくなっちゃうのがちょっと悔しい。
でもどうせそれもバレているんだろうから、オレもそれ以上は意地を張らずに
阿部くんの望む言葉を言う。

「取って ください」

阿部くんが笑った。 オレも笑った。



そんな日常を  夢とか奇跡みたいだなんて   もうオレは思わない。
















                                     夢でも奇跡でもなく 了

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                                                いつのまにか三橋のが甘やかしとる。